EP 8
鬼人メイド、爆誕〜規格外の魔力供給と熱波の金棒〜
「空飛ぶ屋台」の圧倒的な集客力により、ガレリアの街におけるゴルド商会の飲食店は、わずか半日で事実上の機能停止に追い込まれた。
「社長! お昼の分の『肉シイステーキ丼』、完売しました!」
マッハの速度で配達を終えたルナが、屋台の板張りにピタッと着地して報告する。彼女の額にはうっすらと汗が浮かんでいるが、その顔は充実感に満ちていた。
「ご苦労さん、ルナ。バード族の皆も、一旦高度を下げて休憩だ」
俺の指示で、バード族たちが屋台を街の外れの広場へと降ろす。
第一段階の『市場破壊』は完了した。だが、商会を本格的に運営・防衛していくには、まだまだ「手駒」が足りない。
「ルクス。お前はここで屋台の警備と、ルナたちの賄い飯の用意を頼む。俺はちょっと、この街の『人材ギルド』へ行ってくる」
「かしこまりました。……ふふ、どんな面白い『刺激』を拾っていらっしゃるのか、楽しみにお待ちしておりますよ」
ルクスの妖しい笑顔に見送られながら、俺は一人、ガレリアの人材ギルド支部へと足を運んだ。
人材ギルドは、冒険者ギルドや商業ギルドと並ぶ大陸の三大ギルドの一つだ。
中に入ると、ドワーフの工員や獣人族の労働者たちが、仕事の斡旋を待って壁際に座り込んでいる。俺はまっすぐ受付へと向かった。
「すまない。俺の商会で雇う『護衛兼、身の回りの世話ができる人材』を探しているんだが」
「はあ? ガキの冷やかしなら帰ってくれ。ウチが斡旋する人材は安くないんだよ。ゴルド商会様からの指名案件で手一杯でね」
ギルドの受付職員は、俺の身なり(家を出た時の質素な服のままだった)を見て、あからさまに面倒くさそうな態度を取った。
俺は無言で、先ほどのゴブリン討伐で得た魔石の山から、一番大きなものをカウンターにゴトンと置いた。
「……っ!! こ、これは上位種族の魔石!? 失礼いたしました、旦那様! すぐに極上の人材をご案内します!」
手のひらをドリル級に返す受付職員。金(魔石)の力は偉大だ。
奥の特別室に通された俺の前に、数人の奴隷や契約労働者が引き出された。だが、どれもピンとこない。
「もっと、こう……一騎当千の戦闘力があって、ついでに掃除もできるような奴はいないのか?」
「そ、そう言われましても……。あっ! 一人だけ、条件に合う『鬼人族』のメイドがおりますが……お勧めはしません」
職員が奥から連れてきたのは、メイド服を着た長身の女性だった。
美しい黒髪。額からは二本の小さな赤い角が生えている。鬼人族は魔族と魔獣の掛け合わせで生まれた、身体能力と魔力のハイブリッド種族だ。女性個体はメイドとして非常に人気が高いはずだが。
「彼女の名前は『カグラ』。戦闘力は申し分ないのですが……魔力消費が激しすぎる『燃費の悪さ』と、掃除の際に邪魔な壁ごと破壊してしまう『手加減の無さ』から、どの貴族からも返品され続けている『不良債権』でして」
「……」
カグラは虚ろな目で床を見つめ、自分の身の丈ほどもある無骨な『鉄の金棒』を引きずっていた。魔力不足のせいか、肌のツヤもなく、立っているのがやっとという状態だ。
「よし、買った。ウチの商会で引き取る」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! すぐに契約書を!」
またしても『不良品』扱いされていた原石をゲットした。
俺はカグラの手を引き、ギルドの外へ出た。
「……貴方が、私の新しいご主人様ですか。言っておきますが、私は魔力の燃費が悪いです。三日もすれば、貴方の魔力も枯渇して倒れるでしょう」
カグラが冷たい声で忠告してくる。
鬼人メイドは、主人の魔力を少しずつ吸い上げることでその身体能力を維持するのだ。魔力ゼロの俺にとっては、本来なら絶対に雇ってはいけない人材である。
「安心しろ。俺の魔力はゼロだ」
「は? なら、なぜ私を……」
「魔力で動くなら、外部から高カロリーの魔力を『補給』すればいいだけの話だ。食え」
俺は魔法ポーチから、先ほど自動加工で作っておいた『ハニーかぼちゃとシープピッグの特濃シチュー』を取り出し、カグラに手渡した。
「……食事で、私の膨大な魔力消費を補えるとでも? 莫迦な……」
言いながらも、シチューの暴力的な甘い香りに抗えず、カグラはスプーンを口に運んだ。
その瞬間。
「な……ッ!?」
カグラの額の角が、カッと赤く発光した。
シープピッグの肉に蓄えられた濃厚なマナと、ハニーかぼちゃの爆発的な糖質エネルギー。それが、時間停止の魔法ポーチから出された『鮮度100%』の状態で胃袋に叩き込まれたのだ。
「あ、熱い……! 体の底から、無限に力が……魔力が湧いてきます! こんなの、初めて……!」
カグラの肌に血色が戻り、美しい黒髪が闘気と魔力の混ざり合ったオーラで逆立つ。
俺はさらに、彼女が持っていたボロボロの金棒をひったくり、魔法ポーチの中に突っ込んだ。
「【神の蔵】、自動加工! 素材『金棒』+『火炎系魔石』。魔力伝導率を限界まで引き上げろ!」
[レシピ『熱波の金棒』を構築……完了。]
俺がポーチから引きずり出したのは、赤熱する刀身を持った、流線型の美しい金棒だった。
「受け取れ、カグラ。今日からそれがお前の『掃除道具』だ」
「これは……私の有り余る魔力を、すべて熱変換してくれる……最高の魔導器……!」
カグラがその金棒を握りしめた時、周囲の空気が陽炎のように揺らいだ。
と、そこへタイミング悪く、路地の奥からチンピラどもがぞろぞろと現れた。ゴルド商会の紋章をつけた、先ほどのレストランの用心棒たちだ。
「おいガキ! さっきはよくも商売の邪魔をしてくれたな! そのポーチ、置いていけ!」
「……ご主人様」
カグラが一歩、俺の前に出た。
その瞳には、メイドとしての絶対的な忠誠心と、圧倒的な破壊衝動が宿っていた。
「私の最初の仕事、始めてもよろしいでしょうか?」
「許可する。ただし、街に被害は出すなよ」
「御意」
カグラが『熱波の金棒』を軽く一振りした。
――ゴウッ!!
それだけで、凄まじい熱風の衝撃波が路地を駆け抜け、用心棒たちが構えていた鋼鉄の剣がドロドロに溶け落ちた。
「「「あ、あぢィィィィッ!?」」」
戦意を喪失し、武器を捨てて逃げ惑う用心棒たちを、カグラは無表情のまま金棒の峰打ちで次々とホームランしていく。
空の彼方へ飛んでいくチンピラたちを見上げながら、俺は満足げに頷いた。
「よし、これで陸の防衛力も完璧だ。……だが、ゴルド商会もそろそろ本気を出してくる頃だろうな」
俺の予感は的中していた。
その日の夕刻。
ルナミス帝国に駐留するゴルド商会の要請を受け、空の脅威である『飛竜騎士団』が、俺たちの屋台を叩き潰すためにガレリアの街へ向けて出撃したのだった。




