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EP 6

月兎族の令嬢をデリバリー〜月見大根と規格外のウサギ〜

アッシュ村から半日の道のりを経て、俺とルクスは地方都市『ガレリア』に到着した。

ルナミス帝国南部の流通拠点であるこの街は、多くの商人や冒険者でごった返している。だが、街のメインストリートを我が物顔で占拠しているのは、あの見慣れた『ゴルド商会』の紋章を掲げた荷馬車ばかりだった。

「どこもかしこもゴルド商会ですね。……物流の独占。実に退屈で吐き気がする光景です」

「まあな。だが、競合他社がいない独占企業ってのは、足元がお留守になりやすいんだよ」

俺たちが冒険者ギルドへ向かおうとした、その時だった。

路地裏の暗がりから、ひときわ厳重な装甲を施されたゴルド商会の馬車が姿を現した。周囲には完全武装の傭兵が十人以上も護衛についている。

「……おや?」

ルクスがピクリと犬耳(いや、狼耳か)を動かし、鼻を鳴らした。

「ご主人様。あの馬車の中から、ひどく淀んだ血の匂いと……極上の『闘気』の残滓が漂ってきます。どうやら、ただの積荷ではないようですよ」

「違法な密輸品か? ちょっと積荷検査インスペクションといくか」

俺たちはさりげなく路地裏に回り込み、馬車の進行方向を塞ぐように立った。

「おいコラ! どけガキ! これはゴルド商会様が、帝都の貴族様へ献上する極上の『愛玩動物』だぞ!」

先頭を歩いていた傭兵が、剣の柄に手をかけながら威嚇してくる。

愛玩動物だと?

「……なるほど。荷馬車の隙間から見える白い耳。あれは獣人族の上位種、『月兎族げっとぞく』ですね」

ルクスが目を細める。

月兎族。月の満ち欠けによって身体能力が劇的に変動し、満月時にはマッハ1を超える速度と死者すら蘇生させる伝説を持つ種族だ。その希少性と美貌から、帝国の王族や貴族がこぞって近衛騎士や妾にしたがるという。

「だが、あの個体はひどく衰弱しているな。満月じゃないからか?」

「おそらく。月兎族は通常時でも高い能力を持ちますが、あの令嬢は魔封じの鎖に繋がれ、食事も与えられていないようです。『商品』の管理としては三流以下ですね」

前世で「荷物の温度管理」や「品質保持」に命を懸けていた俺にとって、その杜撰な扱いは到底見過ごせるものではなかった。

「ルクス。あの荷物、ウチの商会で『引き取り』だ」

「御意のままに。……では、少々『開梱作業』を手伝わせていただきましょう」

ルクスが一歩前に出た。

傭兵たちが鼻で笑いながら剣を抜くよりも早く、ルクスの手から真っ白なハンカチが放たれた。

「【剥離ディセクト】」

スパンッ!!

美しい軌道を描いたハンカチが空気を切り裂き、装甲馬車の分厚い鉄の扉を、鍵ごと豆腐のように真っ二つに切断した。

「なっ……!? ま、魔法か!?」

「てめぇら、ぶっ殺し――」

傭兵たちが怒号を上げるが、ルクスはすでに彼らの懐に潜り込んでいた。

舞踏を踊るような優雅なステップ。ネクタイの刃が閃くたびに、傭兵たちの武器と防具だけが正確に破壊され、彼らは白目を剥いて次々と地面に崩れ落ちていく。わずか数秒の蹂躙劇だった。

俺は静まり返った馬車の中に足を踏み入れた。

檻の中にいたのは、ボロボロの貫頭衣を着た、白い兎耳を持つ銀髪の少女だった。歳は俺と同じ15、6歳くらいだろうか。

「……殺すなら、殺して。私は『不良品』だから。満月の日でも、闘気がうまく練れない……落ちこぼれのウサギだから……」

少女は虚ろな目で呟いた。

どうやら、月兎族特有の「満月時のハイ状態」になれない特殊個体らしい。だからゴルド商会も、戦力としてではなく「愛玩用の妾」として貴族に売り飛ばそうとしていたのか。

「不良品なんてこの世に存在しない。使い道と、メンテナンスが間違ってるだけだ」

俺は檻の鉄格子を蹴り破り、彼女の前にしゃがみ込んだ。

「まずは栄養補給だ。……【神の蔵】、自動加工クラフト!」

俺が魔法ポーチに手を入れると、システム音が鳴り響く。

[素材『月見大根』『肉椎茸の出汁』『醤油草』を確認。]

[レシピ『月見大根のふろふき〜特製肉シイ茸餡掛け〜』の構築を開始します。完了しました。]

ポーチから取り出したのは、湯気を立てる熱々の椀だ。

満月のように真ん丸な『月見大根』。それが分厚く輪切りにされ、肉椎茸の強烈な旨味と醤油草の香ばしさを凝縮したトロトロのあんがたっぷりとかかっている。

「食え。話はそれからだ」

「こんなもの……食べたって、私は……」

少女は力なく首を振ろうとしたが、立ち昇る圧倒的な『暴力的なまでの良い匂い』に、ウサギの鼻がピクピクと痙攣した。

彼女は震える手で大根を受け取ると、たまらず一口かじりついた。

「…………っ!!」

少女の瞳が、見開かれた。

箸でスッと切れるほど柔らかく煮込まれた月見大根。噛み締めた瞬間、大根の奥深くまで染み込んでいた肉椎茸の濃厚な旨味が、ジュワァァッと口の中いっぱいに大爆発を起こす。さらに、大根の葉に含まれる微弱な魔力が、空っぽだった彼女の体に染み渡っていく。

「あ、あぁっ……! おいしい……! なにこれ、あったかい……!」

少女はボロボロと涙をこぼしながら、素手で椀の餡まで舐め回すように完食した。

その直後だった。

ドクンッ!

少女の体から、目に見えるほどの凄まじい『白い闘気』が立ち昇り始めたのだ。

「おお? こいつはすげえな」

「……なるほど。彼女は満月の光ではなく、『月見大根』という月の魔力を宿した植物から直接エネルギーを摂取することで、常時ハイ状態を引き出せる『突然変異種』だったのですね」

ルクスが感心したように頷く。

縛られていた魔封じの鎖が、彼女の膨れ上がった闘気によってパキンッ! と飴細工のように弾け飛んだ。

「体が、軽い……。力が、湧いてくる……!」

少女は立ち上がり、自分の両手を見つめた。

その瞳にはもう、絶望の光はない。

「お腹はいっぱいになったか? 俺はソラト。しがない物流業者だ。お前、名前は?」

「……ルナ。ルナって言います!」

ルナはバッと俺の前にひざまずき、深く頭を下げた。

「助けてくれて、ありがとうございます! 私、ソラト様のためなら何でもします! 荷物持ちでも、護衛でも!」

「よし、採用だ。ウチの商会の『特装配達員スピード・デリバリー』を任せる」

これで、圧倒的な破壊力を持つ執事と、マッハで駆ける美少女配達員が手に入った。

ゴルド商会の連中が目を覚ます前に、俺たちはこの大量の『芋酒』と『魔石』をギルドに叩き込み、一気に市場を荒らしに行くとするか。

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