EP 4
ゴルド商会を鼻で笑う〜規格外の物流革命〜
森を抜け、ルクスと共に歩くこと数時間。
俺たちは、ルナミス帝国辺境の農業村『アッシュ』に到着した。
「ふむ……長閑な村ですが、何やら随分と殺気立っていますね」
ルクスの言う通り、村の広場は異様な熱気に包まれていた。
広場には、山のように積まれた『太陽芋』の籠。そして、それを前にして村の長らしき老人が、派手な絹の服を着た太った商人に泣きついていた。
「お願いだ、ゴルド商会の旦那! 今日中にこの太陽芋を出荷してくれねぇと、芽が出て売り物にならなくなっちまう! 例年通り、ロックバイソンの荷馬車を手配してくれ!」
「うるさいねぇ! ゴルド商会の荷馬車は今、帝都の貴族様の依頼で出払ってんだよ!」
太った商人は、胸に輝く『ゴルド商会』の紋章を見せつけながら鼻で嗤った。
「どーしても今すぐ運びたいなら、俺の持ってる『魔法ポーチ(牛1頭サイズ)』を使ってやってもいいぜ? ただし、運送料として売り上げの8割をいただくがな!」
「は、8割!? そんな無茶苦茶な……! それじゃあ村の衆は冬を越せねぇ!」
商人による絵に描いたような買い叩き、いや、物流の独占を利用した暴力だ。
前世で運行管理者として『適正運賃』と『物流の最適化』に命を懸けていた俺としては、最高に胸糞の悪い光景だった。
「ご主人様。あの豚、私の『剥離』を付与したハンカチで、薄切りのベーコンにして差し上げましょうか?」
「いや、待てルクス。物流の喧嘩は、物流で勝つのが一番ダメージがデカい」
俺はルクスを制止し、広場の中央へと歩み出た。
「おい、そこのゴルド商会。ずいぶんと阿漕な商売をしてるじゃないか。荷車がないなら、俺が適正価格で運んでやるよ」
俺の言葉に、村人たちと太った商人の視線が一斉に集まる。
「ああん? どこぞのガキかと思えば……魔力も感じねぇじゃねえか。お前みたいな貧乏人が、どうやってこの大量の太陽芋を運ぶってんだ? 魔法ポーチ一つ持ってねぇクセに!」
「持ってるさ。親父から貰った、最高のやつをな」
俺は腰から薄汚れた皮袋を取り出した。
商人はそれを見て、腹を抱えて爆笑した。
「ギャハハハ! おい見ろよ、あれは『魔力回路がイカれた不良品』じゃねえか! あんなモンに物を入れたら亜空間の塵になるだけだぞ!」
「……そう見えるか? まあ、見てな」
俺は山積みになった太陽芋の籠の前に立ち、皮袋の口を開けた。
そして、システムに念じる。
「【神の蔵】、全量収納(一括ピックアップ)」
[対象アイテム『太陽芋』×5000kgを確認。収納を実行します]
シュバオンッ!!
竜巻のような風が広場に巻き起こり、数十個あった巨大な籠が、一瞬にして俺の小さな皮袋の中へと吸い込まれた。
「「「…………は?」」」
村人たちも、ゴルド商会の商人も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
無理もない。本来、牛1頭(500kg)しか入らない魔法ポーチの常識を、俺の【神の蔵】は軽々と10倍以上も凌駕して見せたのだから。
「な、ななな……!? ば、馬鹿な! 不良品のポーチにそんな容量があるわけがッ! いや、お前どうせ亜空間に消し飛ばしただけだろ!」
「なら、確認してみるか? ついでに、ちょっとした『流通加工』も添えてな」
俺は皮袋の中で、さらにスキルを連動させる。
太陽芋はそのまま売れば安い庶民の穀物だが、加工すれば話は別だ。
「発動しろ、『自動加工』!」
[素材『太陽芋』を確認。レシピ『芋酒(度数25度)』の構築を開始します。]
[洗浄・発酵・蒸留(完了)]
[樽詰め(完了)]
[……取り出しますか?]
「ドンッと出せ」
ドスゥゥゥンッ!!
俺が指を鳴らした瞬間、広場に「20個の巨大な木樽」が姿を現した。
樽の隙間から、ガツンと来るアルコールの強烈な香りが漂い始める。
「こ、これは……ッ! まさか、太陽芋を発酵させた『芋酒』!? しかもこの短時間で、これほどの極上品を……!?」
「ただ運ぶだけじゃ三流の物流だろ? 移動時間ゼロ、加工時間ゼロ。これが俺のやり方だ」
村長が震える手で樽に触れる。
太陽芋のままなら銅貨数枚の価値にしかならないが、芋酒として完成していれば、その価値は数十倍に跳ね上がる。
「村長さん、この芋酒、次の街まで俺が運んでやるよ。運送料は売り上げの1割でどうだ?」
「い、1割!? そんなに安くて良いのか!? おお、ルチアナ女神様の使いか、お前様は……ッ!」
村人たちが歓声を上げ、俺を拝み始める。
一方、完全にメンツを潰され、独占していた利益をフイにされたゴルド商会の商人は、顔を真っ赤にして激昂した。
「ふ、ふざけるなァ! ゴルド商会のシマで勝手なマネをして、タダで済むと思ってんのか! おい護衛! このガキを殺して、そのポーチを奪えッ!」
商人の背後から、闘気を纏った柄の悪い傭兵が3人、剣を抜いて飛び出してきた。
「やれやれ……」
俺がため息をついた瞬間。
黒い旋風が、俺と傭兵の間に割り込んだ。
「――おやめなさい。ソラト様の極上の物流の妨げになります」
優雅な燕尾服に身を包んだルクスが、いつの間にか傭兵の背後に立っていた。
その手には、自らのネクタイが握られている。
柔らかな絹のネクタイは、人狼の圧倒的な闘気を流し込まれたことで『剥離』の刃と化していた。
チャキンッ。
ルクスがネクタイを軽く振るうと、3人の傭兵が持っていた鋼鉄の剣が、豆腐のように音もなく真っ二つに切断された。
「ひぃッ!?」
「私の主人の機嫌を損ねる前に、お引き取りを。……それとも、このまま私が貴方たちの『破滅』をエスコートしましょうか?」
黄金の瞳を妖しく光らせ、極上の笑みを浮かべるルクス。
その圧倒的な強者のプレッシャーに当てられ、傭兵たちと太った商人は、腰を抜かしながら這うようにして逃げ出していった。
「憶えてろよクソガキィィィッ!! ゴルド商会を敵に回して、この大陸で生きていけると思うなよォォッ!」
商人の負け惜しみが遠ざかっていく。
「さて、と。邪魔者も消えたし、景気良く商売を始めようか」
俺は笑いながら、村人たちに向き直った。
『ソラト物流』が、このアナステシア世界に産声を上げた瞬間だった。




