EP 3
拾った狼は「最強の執事」〜陽薬草と狂気の契約〜
「おいおい、冗談だろ……」
足元で血の海を作って倒伏した人狼族の執事を見下ろし、俺は頭を掻いた。
彼の息は弱く、腹部の傷からは絶えず血が流れ出ている。このまま放置すれば、間違いなく数分で失血死するだろう。
普通なら、面倒事に関わりたくないので逃げるのが正解だ。
しかし、俺の前世の『物流管理者』としての本能が、違う計算を弾き出していた。
(人狼族といえば、獣人の中でもトップクラスの闘気と嗅覚を持つ戦闘種族。しかもコイツは、わざわざ『執事』の格好をしている……。この世界を生き抜くための護衛兼案内役として、これ以上の『優良物件(人材)』はないんじゃないか?)
俺はすぐさま、腰の魔法ポーチに手を当てた。
[周辺検索を開始……。半径500m以内に『陽薬草』の群生を確認しました。]
「よし、全部収納!」
シュパパッ!
森のあちこちに自生していた太陽の光をたっぷり浴びた青々とした葉が、一瞬にしてポーチの中へと転送される。
「続けて、自動加工! 最高純度のポーションと、傷口用の湿布を作れ!」
[素材を確認。薬効成分の抽出および圧縮を開始します……完了しました。]
ポーチから取り出したのは、エメラルドグリーンに輝く液体が入った木筒と、すり潰された陽薬草のペーストだ。
俺は倒れた執事の燕尾服を乱暴に破り広げ、傷口にペーストをべっとりと塗りつけ、さらに上からポーションをぶっかけた。
「……ッ!?」
その瞬間、執事の体がビクンと跳ねた。
陽薬草の成分が血液と急激に反応し、ジュウウウという音を立てながら、パックリと開いていた肉が編み込まれるように塞がっていく。魔法すら使っていないのに、異常な再生速度だ。
「げほっ、かはっ……!」
「おっ、気がついたか。残りのポーションも飲んどけ」
俺はむせ返る執事の口に、残りのポーションを流し込んだ。
数秒後。つい先程まで瀕死だった人狼の執事は、信じられないほどスムーズな動作で立ち上がり、服の埃を払った。傷は完全に消え去っている。
「……驚きました。あの致命傷が一瞬で治癒するとは。それに、今の流れるような手妻……貴方、ただの子供ではありませんね?」
執事は黄金色の瞳を細め、俺を値踏みするように見つめてきた。
「俺はソラト。ただの家出人さ。あんた、名前は?」
「申し遅れました。私は人狼族の『ルクス』と申します。しがない執事をしておりましたが……先程、前の主人の『破滅』を見届けてきたばかりでして」
ルクスは優雅に微笑んだ。
人狼族の執事は、欲望に忠実で『刺激的な主人』を求めるという。主人が凡庸で退屈な人間だと見限った瞬間、容赦なく破滅へと導く愉快犯的な気質を持っているらしい。どうやら彼の前の主人は、そのテストに不合格だったようだ。
「で、命の恩人である俺のことはどう見える?」
「……ええ、極上の『刺激』に満ちています」
ルクスはぺろりと唇を舐めた。
「魔力を一切感じないにも関わらず、底知れない容量を持つ異常な魔法鞄。そこから一瞬で生み出された特級品の薬。そして……先程から私の鼻腔を狂わせている、その『肉シイ丼』とやらの圧倒的な暴力の香り。貴方の傍にいれば、退屈とは無縁の『最高の愉悦』が味わえそうだ」
ルクスは俺の足元に恭しく片膝をつき、胸に手を当てた。
「ソラト様。このルクス、貴方様が『つまらない男』に成り下がるその日まで……絶対の忠誠を誓いましょう」
(要するに、俺の才能が枯れたら殺すってことだな。まあいい、ブラック企業の社長よりは分かりやすい条件だ)
「採用だ、ルクス。俺はこれから、大陸全土の物流と常識をひっくり返す。手伝ってくれ」
「御意のままに。して、ご主人様。まずは……」
ルクスの腹の虫が、盛大にグゥゥゥと鳴った。
「その、先程の素晴らしいお食事を、私にも分けてはいただけないでしょうか? 執事たるもの、腹が減っては最高の奉仕ができませんので」
「ははっ、いいぜ」
俺は魔法ポーチから、時間停止でアツアツのまま保存されていた『肉シイ丼』をもう一杯取り出した。
ルクスは目を輝かせ、上品さを保ちながらも猛烈な速度で肉椎茸のステーキと米麦草を掻き込んでいく。
「美味い……! 肉の弾力とキノコの旨味、そしてこの黒いソース(醤油草)の塩気が、限界まで食欲を引き出します! 一体どうやってこんな料理を……ッ!」
最強の武闘派執事を『飯』で完全に胃袋から掌握した瞬間だった。
「よしルクス、食ったら仕事だ。まずは一番近い街を目指すぞ」
「かしこまりました、ソラト様。我が闘気をもって、貴方様の道を切り拓きましょう」
ルクスが胸元のネクタイにスッと手を触れると、柔らかな布が闘気を纏い、鋼鉄の剣のように鋭い輝きを放ち始めた。
俺と狂気の執事による、規格外の商会設立への旅が幕を開けた。




