EP 2
肉椎茸と醤油草の衝撃〜俺の鞄は全自動調理器〜
街道から少し外れた名もなき森。
ルナミス帝国の周辺は比較的治安が良いとはいえ、野生のピラダイが川から飛び出してきたり、はぐれた魔獣がうろついている危険なエリアだ。しかし、俺の足取りは羽のように軽かった。
「おっ、あったあった! これが『米麦草』か」
足元に群生しているのは、先端にふっくらとした米粒をつけ、根元には小麦の粉末を宿すというファンタジー世界の奇跡の植物。
俺がそれに手をかざすと、脳内にシステム音が響いた。
[対象アイテム『米麦草』×20を【神の蔵】へ収納しますか?]
「イエス!」
シュパッ!
俺が指を鳴らした瞬間、目の前に生えていた米麦草が根こそぎ消失し、腰に下げた魔法ポーチへと吸い込まれた。
採取の労力ゼロ。インベントリ管理の極致である。
「よし、次はメインディッシュだ」
俺は脳内のスキャンレーダーに従い、森の奥へと進む。
大木の根元に群生していたのは、傘の厚みが3センチ以上もある巨大なキノコ――『肉椎茸』だ。さらにそのすぐ横には、鞘の中に香ばしい塩味の液体を溜め込んだ『醤油草』が自生していた。
[『肉椎茸』×5、『醤油草』×10を収納しました]
「さて、ここからが俺の【神の蔵】の真骨頂だ」
俺は魔法ポーチの口を開き、中に手を入れたまま念じる。
前世の物流センターでは、荷物をただ保管するだけでなく、箱詰めやラベル貼りといった「流通加工」も行っていた。俺のスキルは、その概念すらも取り込んでいる。
「発動しろ、『自動加工』!」
[素材を確認。レシピ『肉シイ丼』の構築を開始します。]
[米麦草の脱穀・炊飯(完了)]
[肉椎茸の熱源加工・ステーキ化(完了)]
[醤油草の抽出・ソース化(完了)]
[……全工程完了。取り出しますか?]
「来い!」
俺がポーチから手を取り出すと、そこにはホカホカと湯気を立てる木製の丼(これもポーチ内の倒木から自動生成した)が握られていた。
ツヤツヤに炊き上がった米麦草の白米。
その上にどっさりと乗せられた、分厚い肉椎茸のステーキ。
キノコが熱されることで滲み出た動物性タンパク質に近い極上の脂が、醤油草の焦げたような香ばしい匂いと絡み合い、食欲を暴力的に刺激してくる。
「いただきます!」
たまらず肉椎茸に噛み付く。
――美味い!!
なんだこれ!? 噛んだ瞬間、肉のような強烈な弾力と旨味が溢れ出し、後からキノコ特有の芳醇な香りが鼻腔を抜けていく。そこに醤油草の絶妙な塩気が加わり、下にある白米を無限に欲するサイクルが完成していた。
「最高だ……! 実家の冷え切ったパサパサのパンとは大違いだぜ!」
俺は一心不乱に肉シイ丼を掻き込んだ。
時間停止機能のおかげで、ポーチの中に入れておけばこの「出来立てアツアツ」の状態を10年後でも維持できる。
つまり、俺は**「一生食いっぱぐれない無限の厨房」**を手に入れたに等しいのだ。
「ふぅ……ごちそうさまでした。さて、これからどうするか……」
とりあえずどこかの街に出て、人材ギルドにでも顔を出してみるか。
そう考えて立ち上がろうとした、その時だった。
――ガサッ。
――ポタッ、ポタッ。
背後の茂みが揺れ、濃厚な血の匂いが漂ってきた。
反射的に腰のポーチに手を当て(いつでもクロスボウを生成できるように)警戒する。
「……こんな所で、誰かが極上の食事を楽しんでいるとは。私の鼻も、まだまだ捨てたものではありませんね」
茂みをかき分けて現れたのは、一人の男だった。
ボロボロに引き裂かれた、仕立ての良い燕尾服。
人間の姿をしているが、頭には獣の耳が、背中には豊かな尻尾が生えている。獣人族の中でも最上位に位置する種族。
「人狼族……しかも、執事?」
男の腹部には、何かの魔獣にえぐられたような致命的な傷がパックリと口を開いていた。
普通ならとっくに死んでいる重傷だ。しかし、彼はその傷口を血濡れたハンカチで優雅に押さえながら、俺に向かって完璧な角度で一礼した。
「初めまして、見知らぬ御方。……どうやら私は、刺激のない愚かな元主人のせいで、少々破滅の淵に立たされているようです。もしよろしければ、最後にもう一度だけ……その芳醇な香りのする『肉シイ丼』とやらを、恵んではいただけないでしょうか?」
そう言って、人狼の執事はバタリと俺の目の前に倒れ込んだ。




