EP 2
天然エルフの純金年金〜為替介入と悪徳猫耳の空売り〜
「黄色い……石?」
ポポロ村の広場で、ハイパーインフレの恐怖に顔を引き攣らせていた村人たちが、エルフのルナ・シンフォニアの言葉に首を傾げた。
だが、財務担当のニャングルの猫耳だけは、危険なほどにピンと直立していた。
「……ルナはん。あんた、世界樹の森の次期女王候補でしたな。まさか、その『お小遣い』っちゅうのは……」
「はい。毎月、世界樹様から仕送りが届くんですけど、使い道がなくて。村長さんの家の地下室に、塩漬けにさせてもらってるんです」
「ちょっと見せてもろても、よろしいか?」
ニャングルの声が震えていた。
俺たちはルナの案内で、キャルルが住むシェアハウス(4LDKのマンション)の地下室へと向かった。
ガチャリ。
キャルルが重い鉄の扉を開けた瞬間。
「「「…………っ!!?」」」
薄暗いはずの地下室から、暴力的なまでの『黄金の輝き』が溢れ出し、俺たちの目を焼いた。
部屋の床から天井まで、隙間なく積み上げられていたのは、純度100%、魔力を帯びた『世界樹の純金』の山だった。
「ひ、ひぃぃ……っ!? な、なんじゃこりゃあぁぁっ!?」
ニャングルが腰を抜かし、算盤を床に落とした。
「えへへ……。毎月100kgずつ届くから、結構な量になっちゃって。市場に出したら迷惑がかかるって、キャルルちゃんに止められてたんですけど……」
ルナがドレスの裾を揺らしながら、天然100%の笑顔で首を傾げる。
「迷惑どころの騒ぎやあれへん!! これだけの純金、ルナミス帝国の国家予算の数年分に匹敵しまっせ! あんた、歩く中央銀行かいな!!」
ニャングルは黄金の山にすがりつき、頬擦りしながら狂ったように叫んだ。
だが、次の瞬間。
コテコテの関西弁を操る悪徳商人の瞳孔が、極限まで細く絞り込まれた。彼のユニークスキル【神眼の動体視力】が、ただの金貨の計算ではなく、「大陸全土の経済グラフ」を脳内で描き始めたのだ。
「……ソラト社長」
ニャングルが振り返る。その顔には、最高に悪辣で、最高に頼もしい『商人の笑み』が張り付いていた。
「帝国のインフレ攻撃、完璧に弾き返せまっせ。それどころか……帝国の経済圏、根こそぎ『空売り』でぶっ潰せますわ」
「空売り、だと?」
俺は目を細めた。
ニャングルは立ち上がり、算盤を弾きながら早口で説明を始めた。
「帝国はS-Payの偽造ポイントを大量に刷って、ウチの物資を買い叩きに来た。普通の村ならここで終わりや。でもな、ウチには今、この『無限の金塊』がある。……ソラト社長、あんたの【神の蔵】の『空間連結』を使えば、大陸中の全ての商業ギルドに、同時にアクセスできますな?」
「ああ。0.1秒のタイムラグもなく、大陸中の全市場にモノを運べる」
「完璧や。……『反脆弱性(カオスからの利益)』の理論の応用でっせ。今から社長のポータルを使って、大陸中の闇市場と商業ギルドにこの金塊を叩きつけ、ルナミス帝国の通貨を限界まで『空売り』しまっす!」
ニャングルの作戦はこうだ。
まず、ルナの純金を担保に、大陸の商人たちからルナミス帝国の通貨を大量に借り入れる。
そして、その帝国通貨を一斉に市場へ投げ売り(ダンピング)するのだ。
空間連結という「遅延ゼロの物流網」を持つソラト物流だからこそ可能な、超広域同時多発・為替介入。
「突然市場に帝国通貨が溢れ返れば、通貨の価値は大暴落を起こす! 帝国市民は紙切れになった自国通貨を捨てて、新しい『安全資産』を求めるようになりまっせ!」
「……そこで、俺たちが『金本位制』を宣言するわけか」
俺がニヤリと笑うと、ニャングルは深く頷いた。
「その通り! 『S-Payは、世界樹の純金と交換保証がある最強の基軸通貨である』と宣言するんや! そうなれば、帝国が刷った偽造ポイントすらも、全て『純金に裏打ちされた本物のS-Pay』として市場に信用されてしまう。帝国は、わざわざ自分たちの手で、ウチの通貨を大陸中に普及させてくれたってことになりまっせ!!」
偽造によるインフレを、本物の純金(物理)で殴りつけ、逆に基軸通貨の座を奪い取る。
悪徳猫耳商人と、物流チートの最凶のコラボレーションだ。
「よし、乗った。俺の物流網の全出力を、お前の経済操作に貸してやる!」
「おおきに! ほな、帝国のエリート様共に、商売の真髄を教えたるわ!」
俺は【神の蔵】を展開し、地下室の金塊の山を一瞬で吸い込んだ。
そして、広場に多数のポータルを開き、大陸各地の市場へと直結させる。
「全市場、ゲートオープン! ニャングル、指示を出せ!」
「よっしゃ! 帝国通貨の空売り、全ツッパや!! 売り浴びせぇぇぇっ!!」
同刻。帝都ルナミス、内務省情報統括局。
「……ふふふ。順調です、陛下。ポポロ村のS-Payの価値は暴落し、村の経済はパニック状態。間もなくソラト物流は自重で崩壊するでしょう」
オルウェルは、報告書を手に満足げな笑みを浮かべていた。
マルクス皇帝も、無言のまま葉巻を燻らせている。
だが。
『――緊急警報! 緊急警報!!』
突如、復旧作業中だった一部の魔導モニターが真っ赤に染まり、けたたましいエラー音を吐き出し始めた。
「なんだ!? 今度はキャベツの生き残りか!?」
オルウェルが血相を変えて魔導盤を叩く。
『違います! 大陸中の全商業ギルドにおいて、ルナミス帝国通貨への異常な「売り注文」が同時多発的に発生! 帝国通貨の価値が……1分で50%下落! 80%下落! 止まりません!!』
「な、なにぃぃっ!?」
オルウェルのモノクルが、カチャリと音を立てて床に落ちた。
「ば、馬鹿な! これほどの規模の為替介入を行うには、国家予算級の『純金』を、大陸全土へ同時に輸送する物理的なインフラが必要なはず! そんなことを一瞬でやってのける組織など……!」
そこまで言って、オルウェルはハッと息を呑んだ。
空間を無視してモノを運ぶ、規格外の物流業者。ソラト物流。
『さらに報告! ソラト物流が「S-Payの金本位制」を宣言! 我々が市場にバラ撒いた偽造S-Payが、全て「純金と交換可能な最強の通貨」として民衆に熱狂的に受け入れられています! 帝国市民すらも、紙切れになった自国通貨を捨て、S-Payを求め始めています!』
「…………あ、あぁ……」
オルウェルは、三度目となる絶望に顔を覆った。
デジタルをキャベツ(物理)で壊され、アナログな偽造通貨攻撃を、天然エルフの莫大な純金(物理)で倍返しされた。
「……私の、私の完璧な……資本のロジックが……」
膝から崩れ落ちるオルウェル。
だが、その背後で。
マルクス皇帝は、暴落していく自国通貨のグラフを見つめながら、静かに、そして楽しげに笑い声を漏らした。
「ククク……ハハハハハッ! 見事だ、ソラト。まさか我々の偽造攻撃を逆利用し、自らの通貨の信用を大陸全土に確立させるとはな」
皇帝の瞳に、明確な闘志の炎が宿る。
「経済の盤面は、完全に奪われた。……ならば、次は純粋な『武』をもって、貴様の物流網を物理的に断ち切るまでだ」
マルクス皇帝の合図と共に。
帝都の奥深くから、ルナミス帝国最強の特務制圧部隊が、ポポロ村へ向けて密かに出撃を開始した。
経済戦争から、血で血を洗う物理的な防衛戦へ。
戦局は、次なるフェーズへと移行しようとしていた。




