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第四章 ポポロ村防衛戦・頂上決戦編

皇帝の資本論~S-Pay偽造とハイパーインフレの罠~

帝都ルナミス、皇帝の執務室。

窓の外では、T-ネットワークの崩壊によって信号や魔導車が停止し、混乱する大都市の姿が広がっていた。

だが、執務室の主である皇帝マルクス・ルナミス・サトウは、その様子をまるでチェス盤を眺めるかのように冷徹な瞳で見下ろしていた。

「……陛下。魔導サーバーの物理的修復には、ドワーフの技術者をかき集めても最低一週間はかかります。L-Payは現在、完全に機能停止状態です」

内務卿オルウェルが、かつてないほど屈辱に塗れた顔で報告する。

彼の顔には、数億個の「ネタキャベツ」がもたらしたトラウマが色濃く残っていた。

「構わん。むしろ良いデータが取れた。完全無欠に思えたシステムにも、アナログな『物量』という暴力による脆弱性が存在したということだ」

マルクスは手元の書物――『国富論』のページをゆっくりとめくった。

「しかし、ソラト物流とやらが立ち上げた『S-Payソラト・ペイ』……スタンプと手帳によるアナログなポイント経済圏。あれはいただけない。不格好すぎる」

「はい。現在、難民や周辺都市の商人たちがポポロ村へ流入し、労働と引き換えにS-Payを得て、ソラトの提供する食料や物資と交換しています。彼らの経済圏は、帝国の統制を離れて急速に拡大しつつあります」

「オルウェルよ。お前は情報を愛しすぎた。だからアナログの強さに足元を掬われたのだ。……だが、アナログにはアナログの『致命的な弱点』がある。経済の基本だ」

マルクスは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷たい笑みを浮かべた。

偽造フェイクと、インフレだ。……我がルナミス帝国の造幣局と、ドワーフから接収した最高精度の魔導印刷機をフル稼働させろ」

「はっ……! ま、まさか」

「S-Payのポイント手帳とスタンプを、一寸の狂いもなく完全に『偽造』するのだ。そして、帝国の工作員を難民に紛れ込ませ、ポポロ村の市場で偽造ポイントを無尽蔵にバラ撒け」

皇帝の恐るべき命に、オルウェルは息を呑んだ。

これは武力による制圧ではない。国家の圧倒的な「資本力」と「印刷技術」を使った、極めて暴力的な『経済攻撃』だ。

「市場にポイント(通貨)が溢れかえれば、価値は暴落し、ハイパーインフレが起きる。ソラトの【神の蔵】にどれほどの在庫があろうと、価値のない偽の紙屑と交換させられ続ければ、やがてシステムは崩壊し、暴動が起きるだろう。……資本の恐怖を、あの少年に教えてやろう」

「……御意に。直ちに手配いたします」

オルウェルの顔に、再び冷酷な管理者の光が戻った。

翌日のポポロ村。

S-Payの導入により、村はかつてないほどの活気に満ちていた。

「はいよ! トライバード唐揚げ弁当、100ポイントでお買い上げ! 毎度あり!」

ソラト・エクスプレスの甲板から、俺は次々と弁当や日用品を出力し、難民や商人たちとポイントで取引を行っていた。

L-Payが死んだ今、美味い飯と確実に交換できるS-Payは、この一帯で最も信用される「通貨」となっていた。

「社長! 今日の労働ポイント、また貯まったよ! これで新作のマグナギアと交換して!」

「俺はロックバイソンの素材を持ってきたぜ! ポイントにしてくれ!」

ルナや自警団のダイヤが、列の整理や荷物の運び込みで汗を流している。

全ては順調。ゴルド商会の支配を完全に脱却し、俺たちの経済圏が大陸に根を下ろしつつある。そう確信していた。

だが。

「……しゃ、社長。ちょっと、あきまへんわ」

村の片隅で、S-Payの帳簿と算盤を弾いていた男――ポポロ村の財務担当であり、ゴルド商会の凄腕商人(現在はこっちに寝返っている)である猫耳族のニャングルが、顔面を蒼白にして駆け寄ってきた。

トレードマークの煙管を持つ手が、微かに震えている。

「どうしたニャングル。ポイントの計算が合わないか?」

「合わへんどころの騒ぎやおまへん。……今日の午前中だけで、市場に流通しとるS-Payの量が、昨日までの『50倍』に膨れ上がってまっせ!」

「50倍……!? あり得ない、労働の対価として俺たちが発行したポイントには上限があるはずだ!」

俺が叫んだその時、ポイント交換所の前に、見慣れない身なりをした十数人の男たちが大きな袋を抱えてやってきた。

「おい、ソラト物流! 俺たちもS-Payを持ってきたぞ! ここにある10万ポイントで、あんたのところの最高級戦闘糧食『PRO型』と、ドワーフ製の魔導鋼鉄をありったけ交換してくれ!」

男たちがカウンターにドンッ!と積み上げたのは、俺たちが発行しているのと同じ、S-Payのポイント手帳の山だった。

しかし、そのスタンプの数は尋常ではない。何十年働いても貯まらないような莫大なポイントが、そこには刻印されていた。

「ちょっと待て、あんたたち! そのポイント、どこで……!」

キャルルが鋭く前に出るが、男たちはニヤニヤと笑うだけだ。

俺は嫌な予感を覚え、男たちの手帳を手に取り、【神の蔵】の解析機能スキャンにかけた。

[解析完了。……紙質、インクの魔力痕、スタンプの形状。すべて『ルナミス帝国造幣局』の魔導印刷機による最高精度の偽造品です。真贋の判定は物理的に不可能です。]

「……ッ!! マルクスの野郎……!」

俺は奥歯を強く噛み締めた。

やられた。L-Payデジタルの次は、国家権力を総動員した『偽造アナログ攻撃』だ。

「ソラト社長! アカン、広場を見てみい!」

ニャングルが悲鳴のような声を上げる。

広場では、突然の大金(偽造ポイント)を手にした工作員たちが、村の商人たちから次々と物資を高値で買い漁っていた。

「50ポイントの太陽芋を、1000ポイントで買ってやる!」

「こっちの服は1万ポイントでどうだ!」

瞬く間に、S-Payの価値は暴落していく。

これまで真面目に労働して100ポイントを貯め、唐揚げ弁当を楽しみにしていた村人たちが、信じられないものを見るような目で暴騰する物価を見つめていた。

「嘘だろ……。俺の100ポイントじゃ、もう水一杯も買えないのか……?」

「ふざけるな! 俺たちが汗水垂らして稼いだポイントの価値を返せ!」

昨日までの笑顔と活気は消え失せ、広場には疑心暗鬼と怒号が渦巻き始めた。

通貨の信用が崩壊する恐怖。それこそが、ハイパーインフレだ。

「……社長。このままじゃ、村の経済が完全に死にます。いや、それどころか、暴動が起きてソラト物流の信用は地に堕ちまっせ……!」

ニャングルが算盤を握りしめながら、冷や汗を流す。

デジタルな壁をアナログなキャベツでぶち壊した俺たちに、帝国は「究極のアナログ(資本主義の暴力)」で逆襲してきた。

無限の物量を持つ帝国に対し、小さな村の経済圏は為す術もなく押し潰されようとしていた。

だが、俺の傍らにいた一人のエルフが、ふわふわとしたお嬢様ドレスを揺らして、小首を傾げた。

「あらあら? 皆さん、おポイントのことでお困りですか?」

世界樹の森の次期女王候補にして、天然災害級のお嬢様。

ルナ・シンフォニアが、ニコニコと微笑みながら手を挙げた。

「そういうことでしたら、私が毎月世界樹様からいただいている『お小遣い』……村長さんの家の地下室に置かせてもらっている、あの『黄色い石』を使えばよろしいのではなくて?」

その言葉に、ニャングルの猫耳がピクンと反応し、神眼の瞳孔が限界まで見開かれた。

帝国の偽造インフレを粉砕する、規格外の「物理的・為替介入」が、今、天然エルフの善意によって引き起こされようとしていた。

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