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EP 9

新たな通貨『S-Pay』と、皇帝の目覚め~次なる覇権への胎動~

「なんだよこれ!? L-Payの画面が真っ暗で、決済ができないぞ!」

「魔導通信網(T-ネットワーク)が完全に死んでる! ルナキンでの食事代、どうやって払えばいいんだ!?」

帝都ルナミスを中心に、大陸の経済は未曾有の大パニックに陥っていた。

通貨のデジタル化という「便利さ」に頼り切っていた市民たちは、ネットワークというインフラが崩壊した瞬間、ただの無力な群衆へと成り下がったのだ。

現金(銅貨)を持たない彼らは、食料を買うことも、移動手段の魔導車に乗ることもできず、街角で右往左往するしかない。

だが、その混乱から完全に切り離された場所が一つだけあった。

中立地帯、ポポロ村である。

「はい、ロックバイソンの素材提供、確かに受け取ったぞ! これで『S-Payソラト・ポイント』100ポイント付与だ!」

「オレは昨日、ルナ姉ちゃんと一緒に配達を手伝ったぜ!」

「よし、それなら労働対価として50ポイントだ。……はいよ、貯まったポイントで『トライバードの特大唐揚げ弁当』と『マグナギア(ルナ型)』と交換だな!」

ポポロ村の広場は、凄まじい熱気と活気に包まれていた。

俺が新しく立ち上げた独自経済システム――『S-Payソラト・ペイ』。

それはデジタルな通信網に依存しない、アナログなポイント手帳とスタンプによる決済システムだ。

素材の提供や、ソラト物流の配達手伝いといった『労働』に対してポイントを付与し、それを【神の蔵】から出力される「極上のメシ」や「限定ホビー」と交換できる仕組みである。

「すっげぇ! ゴルド商会の流通が止まっても、ソラト社長がいれば何でも手に入るぞ!」

「L-Payなんてなくても、こっちのポイントの方がずっと価値があるじゃねぇか!」

周辺都市から逃れてきた商人や難民たちも、次々とS-Payのシステムに組み込まれ、労働と引き換えに美味い飯を手に入れていく。

ソラト物流は今や、単なる運送屋の枠を超え、ひとつの「巨大な経済圏」を形成し始めていた。

「ふふっ。完全に社長の思惑通りだね」

キャルルが、ポイント交換所で手に入れた『ハニーかぼちゃの特製プリン』を頬張りながら、満足げに笑いかけてきた。

「帝国が作った『見えない鎖(L-Pay)』を断ち切って、自らの汗と労働で対価を得る。……まさに『自由の味』だ」

「ああ。便利すぎるシステムは、人間をただの『消費する歯車』にしちまう。前世で嫌というほど味わったからな」

俺が肩をすくめると、キャルルはプリンの空き瓶を置き、スッと真面目な顔になった。

「ソラト社長。ポポロ村を代表して、改めて礼を言うよ。村を、そして私の大根の仇を討ってくれてありがとう」

「こっちこそ、最高の飛び蹴り(護衛)だった。これからも、俺の大切な顧客パートナーでいてくれよな、最強の村長さん」

俺が手を差し出すと、キャルルはふにゃっと笑って、その手を力強く握り返した。

「うん! 同盟成立だね! ……あ、明日の朝定食は、トーストじゃなくて『米麦草の炊きたてご飯と納豆』にしてもらえる?」

「相変わらず食欲第一だな、あんたは」

俺たちの笑い声が、活気あふれるポポロ村の青空に響き渡った。

一方、その頃。

暗闇に包まれた帝都ルナミス、内務省の執務室。

「……申し訳、ありません。全ては私の、計算ミスです」

オルウェルは、冷や汗に塗れながら膝をつき、深く頭を垂れていた。

システムの中枢は数億個のネタキャベツによって完全に物理破壊され、復旧の目処は立っていない。

彼が恐れていたのは、自らの失脚ではない。自らの「無能」によって、この帝国の絶対的支配者に顔向けできなくなったことだ。

「よい。面を上げろ、オルウェル」

暗闇の中、静かな、しかし有無を言わせぬ重低音の声が響いた。

コツ、コツと革靴の足音を響かせて現れたのは、常にアイロンの利いた現代的なスーツの上から、帝国の象徴である『魔導防弾マント』を羽織った初老の男。

ルナミス帝国皇帝、マルクス・ルナミス・サトウ。

「へ、陛下……! しかし、私の失態により帝国の通信網が……!」

「気にするな。私は『歴史の研究』を通じて学んでいる。文明というものは、外部からの過酷な挑戦トラブルに対し、創造的な応戦をすることで初めて成長するものだ」

マルクス皇帝は、眼鏡の奥の論理的な瞳で、窓の外の混乱する帝都を見下ろした。

「あまりにも便利になりすぎた帝国市民たちは、自ら考えることを放棄し、惰眠を貪っていた。この程度のシステムダウンでパニックを起こすほどに、弱体化していたのだ。……良い荒療治になったではないか」

「……陛下の御心の広さには、恐れ入ります」

「皇帝陛下の仰る通りですな。精神の伴わない便利さなど、いざという時の前では砂上の楼閣に過ぎない」

闇の中からもう一人、重厚な陣羽織を羽織り、腰に魔導名刀『残心』を帯びた男が進み出た。

近衛騎士団長、キュロスである。

「キュロス団長……貴様、私の失態を笑いに来たか」

「事実を述べたまでだ、内務卿。お前の『データ』とやらが、たかがキャベツに敗れたのは痛快だがな」

「やめよ、二人とも」

マルクスが静かに制すると、二人の腹心は即座に口を閉ざした。

「ソラト物流、か。100年前、偉大なる初代皇帝タロウ様が持ち込んだ『知識』を、我々とは全く違うアプローチで、しかも極めてアナログな熱量で運用している少年のようだな」

マルクス皇帝の唇の端が、微かに吊り上がった。

「面白い。実に面白い商人が現れたものだ。この私が直々に、『国富論』の真髄をもって、彼と盤面を囲んでみようではないか」

「陛下が、自らお出ましになると!?」

オルウェルが驚愕に目を見開く。

マルクス皇帝は、自らの『魔導防弾マント』をバサリと翻した。

「帝国は止まらない。停滞は即ち死を意味するからだ。ソラトよ、貴様の『物流』が、このルナミスの『国家という魔導機械』をどう動かすか……見せてもらおう」

デジタルを粉砕したアナログの熱波。

だが、最強の帝国の主は、そのトラブルすらも国家を成長させる「糧」として飲み込もうとしていた。

中立地帯を拠点に新たな経済網を築いた「ソラト物流」と、大陸の覇権を握る「ルナミス帝国」の真の激突が、今、静かに幕を開けようとしていた。


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