EP 7
月兎族の雷神、舞う〜マッハの兎と277トンの怒り〜
燃え上がる月見大根の畑。
その炎を背に立ち尽くすキャルルの全身から、尋常ではない密度の『闘気』が黄金色のオーラとなって噴き出していた。
「……私の、村の、大根を」
雲が晴れ、夜空に浮かぶ完全な満月の光が彼女を照らし出す。
月兎族――月の満ち欠けによって能力が劇的に変動する獣人族の最上位種。その真の力である『ハイ状態』が、最悪のトリガー(大根の焼失)によって完全に引き出されてしまったのだ。
「す、すごい……! これが、満月の月兎族の闘気……! 空気が、重くて息ができないくらい……!」
ルナが恐怖と畏敬の混ざった声で震える。
「……驚きましたね。まさか、あれほどまでに温厚だった村長殿が、これほどの『怪物』を内に飼っていたとは。獣王アーサーの血筋、伊達ではありません」
ルクスでさえ、冷や汗を流して燕尾服の襟を正した。
キャルルは無言のまま、普段履き潰している健康サンダルをポイッと脱ぎ捨てた。
そして、亜空間収納から、禍々しい紫電を放つ『特注の強化靴』を取り出し、ゆっくりと足を通す。
踵の部分には、莫大な雷属性の魔力を秘めた『雷竜石』が埋め込まれていた。
「ソラト社長」
振り返ったキャルルの瞳は、普段の愛嬌ある形から、鋭く光る捕食者のそれへと変わっていた。
「……上空、雲の中に隠れてる『親玉』。私がぶっ壊してきてもいい?」
俺は【神の蔵】の索敵を最大出力で上空へ向けた。
……ビンゴだ。高度1万メートルの分厚い雲の中に、光学迷彩で身を隠し、先ほどのドローン群を指揮していたであろう巨大な『無人空中指令艦』が鎮座している。
「許可する。……村長の『お怒り』、たっぷりぶち込んでこい」
「ありがと。……じゃあ、ちょっとヤキ入れてくる」
キャルルは強化靴のバックルを締めると、陸上選手のようなクラウチングスタートの姿勢をとった。
ギリッ……。
彼女が踏み込んだ大地が、その脚力に耐えきれずにクレーター状に陥没する。
通常時でも100mを5秒台で走る月兎族の脚力。それが満月のハイ状態によってリミッターを解除され、さらに強化靴の『雷竜石』のエネルギーが脚部に直結する。
「――いくよ」
ズドォォォォォォンッ!!!
キャルルが地面を蹴った瞬間、ポポロ村全体が地震のように揺れた。
踏み込みの反動だけで、音速の壁が粉々に砕け散り、白い衝撃波のリングが地上に発生する。
「は……!?」
俺の動体視力ですら、彼女の姿を全く捉えられなかった。
マッハ1を超える超音速。まさに巡航ミサイルがそのまま空へ打ち上がったのと同じだ。
キャルルは空気を蹴り、時には飛来するドローンの残骸を蹴りつけながら、ジグザグに軌道を変えて天高く駆け上がっていく(月影流・乱れ流星脚の応用だ)。
彼女の軌跡には、紫電の雷光が一本の線となって夜空に刻まれていた。
『――ピピピ……!? 警告、急速接近スル異常ナ高エネルギー体ヲ検知。迎撃システム、起動――』
雲に隠れていた巨大な無人空中指令艦が、キャルルの異常な接近に気づき、腹部から無数の対空魔砲を展開した。
だが、遅すぎる。
「村の畑を荒らした落とし前……キッチリ払ってもらうよ!!」
高度1万メートル。
キャルルは空中指令艦の真上で、身体を丸めて前方へ一回転。
遠心力と重力、そして雷竜石から解放された1億ボルトの電撃と、極限まで練り上げられた闘気を、その右足の踵にすべて一点集中させる。
その破壊力たるや、熱量1000メガジュール、物理衝撃力にして『277トン』。
神の雷にも等しい、月兎族の最強奥義。
「【超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)】!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
紫電を纏ったキャルルの飛び蹴りが、空中指令艦の分厚い魔導鋼鉄の装甲に突き刺さった。
夜空に、太陽がもう一つ生まれたかのような圧倒的な閃光が弾ける。
277トンの物理衝撃と1億ボルトの雷撃は、全長数百メートルに及ぶ巨大な指令艦を、内部の魔導炉ごと一瞬にして粉砕。
空に浮かぶ巨大な鉄の城が、文字通り「塵一つ残さず」完全消滅したのだ。
爆発の余波で上空の雲が吹き飛び、美しい満月が再び地上を照らし出す。
「…………す、すげぇ」
俺は空中で散っていく鉄屑の残骸を見上げながら、思わず口をぽかんと開けた。
カグラとルクスも、その圧倒的な単体破壊力に絶句している。
「ふぅ。着地っと」
トンッ。
マッハの速度で地上へ帰還したキャルルが、何事もなかったかのように俺の目の前に舞い降りた。
彼女の靴から、チリチリと紫電の残滓が火花を散らしている。
「あー、スッキリした! これで大根の恨みは晴らしたよ!」
キャルルは強化靴を脱ぐと、再びポッケから出した飴玉を口に放り込み、ふにゃっとしたいつもの笑顔に戻った。
満月のハイ状態が少し落ち着いたのか、いつもの愛嬌ある村長だ。
「……おいキャルル。あんた、レオンハートの近衛騎士団長より強いんじゃないか?」
「えー? さすがにハガル団長にはタイマンじゃ勝てないよ。私はただの、朝定食と平和な村が好きな、しがない村長だもん」
ケラケラと笑うキャルル。
だが、これで事態が収束したわけではない。
「……物理的な脅威は排除できた。だが、オルウェルはまだ帝都の中枢にふんぞり返って、安全圏から俺たちを監視してるはずだ」
俺は魔法ポーチ【神の蔵】をポンと叩き、悪い笑みを浮かべた。
「キャルル、最高の一撃だった。……さて、次は俺たち物流業者の番だ。安全圏から情報と経済を操作してるエリート様を、通信網ごと『物理的』にパンクさせてやろうぜ」
「えっ? 通信網を物理で?」
俺の視線の先には、キャルルの回し蹴りで吹き飛んだルナミスの役人たちが突っ込み、散乱している『ネタキャベツ』の畑があった。
今もなお、「号外! 号外!」とやかましく喋り続けているこのギャグみたいな農作物が、帝国全土を揺るがす最凶の『サイバーテロ兵器』へと変貌することを、オルウェルはまだ知らない。




