EP 2
死の商人の地下帝国へ〜冷徹なる兵糧攻め〜
ルナミス帝国から西へ数日。
ソラト号は、雲を突き抜けてそびえ立つ赤茶けた岩の壁――『鉄鋼山脈』へと到達した。
「すごい……! 山に巨大な歯車がいくつも埋め込まれて、回ってますよ!」
甲板の先端で、ルナが兎耳を風に揺らしながら感嘆の声を上げる。
山脈の中腹には、高さ数十メートルはあろうかという巨大な魔導鋼鉄の門が口を開けていた。あそこが、ドワーフたちが築き上げた世界最高の武具生産地、地下帝国『ドンガン』の入り口だ。
「さて、目立ちすぎるのも面倒だ。ここで降りるぞ」
俺はワイバーンたちをなだめ、船を地上付近の岩場に降ろさせた。
そして、ワイバーンたちの制御ハーネスを外すと、魔法ポーチに手を当てる。
「【神の蔵】、一括収納」
シュバオンッ!
全長数十メートルの中型船と12頭のワイバーンが、瞬く間に手のひらサイズの薄汚れた皮袋へと吸い込まれて消滅した。
「……何度見ても、主人のその魔法鞄は世界の理をバカにしていますね。物理法則が泣いていますよ」
「物流の基本は『圧縮』と『効率化』だからな」
呆れるルクスをよそに、俺たちは歩いて巨大な門へと向かった。
ドンガンは「死の商人」の国だ。さぞかし活気に満ち、武器の売買を求める商人たちでごった返しているだろう――そう予想していた。
しかし。
「……なんだ? ずいぶんと静かじゃないか」
門の周辺には、何百台という商人の荷馬車が足止めを食らっていた。
そして、門を警備している屈強なはずのドワーフの戦士たちは、皆一様に顔色が悪く、重そうな斧を杖代わりにうなだれている。活気どころか、まるでお通夜のような陰惨な空気が漂っていたのだ。
「止まれ……。よそ者め、ドンガンに何の用だ……」
俺たちが近づくと、門番のドワーフがふらつく足取りで槍を突きつけてきた。
その瞬間、彼の腹から『キュルルルル……』と情けない音が鳴り響いた。
「腹、減ってんのか?」
「う、うるせぇ! 我ら誇り高きドワーフ戦士は、三日三晩メシを食わずとも……戦え……る……」
バタッ。
言い終わる前に、門番のドワーフが白目を剥いてぶっ倒れた。
「おいおい、しっかりしろ!」
「……重度の栄養失調と、魔力不足ですね。このままでは命に関わります」
ルクスが倒れた門番の首筋に触れ、静かに首を振る。
ドンガンは地下の国だ。鉱物資源や魔石は腐るほどあるが、『農地』が存在しない。そのため、食料の9割を地上の他国からの輸入(ロックバイソンの定期便など)に頼っているという世界設定だったはずだ。
「なぜ食料が届いてない? ゴルド商会の流通網はどうなってるんだ?」
俺が周囲の商人たちに尋ねると、年老いた行商人が重い口を開いた。
「ゴルド商会だよ。あの商会のエリート幹部、『冷徹のサイラス』って男が……ドンガンへ続く主要な街道を全て私兵で封鎖しちまったんだ」
「封鎖? 商人が物流を止めるなんて、自分の首を絞めるようなもんじゃないか」
「目的は『最新の魔導技術』さ。ドンガンのドワーフ王が極秘で開発したという【最新鋭魔導パワードスーツ】。サイラスはその設計図と独占販売権を『タダ』で寄越せと脅迫しているんだ」
行商人の話によれば、サイラスはドンガンの弱点である「食料自給率の低さ」を突いたのだ。
周辺の農村の作物をすべて買い占め、ドンガンへの食料輸出を物理的にストップさせた。武器の国を、武力ではなく『兵糧攻め(経済封鎖)』で屈服させようとしているのである。
「サイラスは言ったそうだ。『誇り高きドワーフどもが、飢えで這いつくばって靴の泥を舐める日が楽しみだ』とね……。あんたらも、巻き込まれないうちに帰った方がいい」
行商人はため息をつき、首を振った。
「……なるほどな。腹の虫の音が響く国ってわけだ」
俺は倒れた門番を見下ろし、低く笑った。
「社長……。ドワーフさんたち、可哀想です……」
「……ご主人様、許可を。あの上から目線の豚どもを、残らず挽肉にしてきます」
ルナが兎耳を伏せて悲しそうに呟き、カグラが金棒をギリギリと握りしめて殺気を放つ。
俺は前世で、物流センターの管理者をしていた。
荷物が届くのを待っている人がいる。生活を繋ぐためのモノを運ぶ。それが物流の誇りだった。
だからこそ、自らの利益のために『食料の流通を意図的に止める』というやり方は、物流という仕事そのものへの、最大の冒涜に思えた。
「カグラ、殴り込みはまだだ。物流を止められたなら、物流で圧倒してへし折るのが筋ってもんだ」
俺は魔法ポーチから、自動加工でホカホカに温められた『月見大根の出汁スープ』を取り出し、倒れた門番の口に流し込んだ。
「ごふっ!? むぐ、あむっ……! う、うおおおおッ!? 身体の底から力が湧いてくるゥゥッ! なんだこの極上の汁はァァッ!」
一瞬で完全復活した門番が、目をひんむいて跳ね起きた。
周囲のドワーフや商人たちが、その暴力的なまでに美味そうな出汁の匂いに釘付けになる。
「俺はソラト。しがない物流業者だ。……なぁ門番のおっさん。あんたらの国、美味い『酒』と『肉』は足りてるか?」
俺が不敵に笑いかけると、門番のドワーフは滝のような涎を流しながら、何度も何度も力強く頷いた。
「よし。ルクス、ルナ、カグラ! 堂々と正面から入るぞ。まずはこの国の現状視察と……『最高の鍛冶師』のスカウトだ」
ゴルド商会エリート幹部による、非道な兵糧攻め。
だが、彼らは相手が悪すぎた。
俺の腰にある【神の蔵】には、数万人が何年も遊んで暮らせるほどの『極上の飯』が、完全な状態で眠っているのだから。




