兄のふり
名前呼びっていいですよね。私は非リアなのでめちゃくちゃに羨ましいです。
堀切菖蒲園駅に向かう途中なぜかかなり緊張した。
まあそりゃ千秋以外の女子と会うなんて俺には全くない経験だ。この服で良いのだろうか。
いつもは在宅勤務の母さんも今日はいない。これはシンプルな服が一番いいだろう。
ということで押し入れに入っていた黒いシャツを着て青いジーンズを履く。鏡で見るがものすごくシンプルだ。そして今日は自信がある。
なんてったって母さんのダンデブランドのシャンプーとコンディショナー、俺用のボディーソープ二回はしたからだ。
家を出る前に昨日のことを少し思い出す。
雨が降ってる中、彼女の頭を撫でながら精一杯の言葉をかける。その中で言われたひと言
「まだこのままがいいです」と……
あの瞬間に俺の心臓は爆発的に心拍数を上げたろう。
その後もタメ口で喋っていたが平静をとりつくろっているだけで、自分でも何を喋っていたかをわからないくらいだ。
そろそろ行かなければ、今日は彼女も学校だったんだ。
堀切菖蒲園についた頃にはもう一ノ瀬さんはいた。
紺色のブレザーに青の蝶ネクタイ、赤色気味のスカートを履いている。制服でどうこう言える立場の俺ではないがかなり似合っている。大人っぽい印象もより強調されてるというか…
まだ気づいていない一ノ瀬さんに向かって
「おまたせ」
とわざと上品ぶって言う。
直後スベったのごとく間があいたが
「じゃ、じゃあ行きましょう!」
と焦った口調で一ノ瀬さんが言った。あ、完全に終わったな俺のイメージ。
ホームに行って話を切り出す。俺がどんな役でどのようにするのかなど。そして話してるとふと言葉が出た。
「そういえばまだ敬語だね。癖になってるの?」
数秒後顔を少し赤らめた一ノ瀬さんが
「その…田道さんとタメ口で喋るの…なんか新鮮で恥ずかしくて」
と言った。直後、俺の心拍数はゆうに平常時の2倍はあったろう。
そこからは二人とも顔を赤くして電車が来るのを待った。
今日はいつもの2、3倍は混んでいる。
中2の頃に一度池袋まで行ったことがあるがそれとほぼ同じくらいの密度だ。
発車するタイミングで大衆が大きく傾き一ノ瀬さんの頭がコツンと俺の肩に当たる。
小さい頭の髪からいい匂いがする。勇斗から教わった紳士の返し方を今ここで使うべきだろう。
「一ノ瀬さん大丈夫?」
「あ、うん。だい…じょうぶ」
と再び顔を赤くする。この人、ものすごく照れ屋だ。そこがまた可愛い。
3日しか会っていないがよく思えばこれはかなりの展開の速さだ。最後の方で裏切られますよって感じのパターンな気がしなくもないけど…
青砥について作戦を思い返す。まずメッセージで
『知り合いの人と会ったからその人と行くね』と言う。
気づかないふりをして沙耶香(さん?)の前を通り過ぎる。その沙耶香が振り向いて言葉を投げてきたタイミングで反撃をする、という作戦だ。
以外に無茶があるぞ、面倒くさいことにならなければいいが。メッセージを送った直後すぐに返信が来た。
『は?何があっても来てよね?その人連れてきてもいいから』予想大的中だ。女子ってこうなるよなぁ普通。
俺が何か言う前にシュタタタッと一ノ瀬さんはメッセージをうつ。『ごめん、無理そう』と俺の目に見えた。うわぁ、一ノ瀬さん強いな。
「さあ、いきますよ!」
素早く階段を降りる一ノ瀬さんに続いて俺も急ぐ。
改札を出た瞬間から勝負は始まっているのだ。
鳥のような改札音とともに「あっ」という声も聞こえた。
横をうっすら見る。こっちを見て口を空けているのは顔が可愛い、いや美しい少女であった。
「ごめんなさい、ちょっとくっつくね。兄役でお願い!」
「えっ…」俺が言葉を言う前にぐんと距離を詰める一ノ瀬さん。
肩と肩がぶつかるなかで後ろの声が響いた。
「夏海!早くこっち来なよ〜」
来た。これが女子の必殺「知ったかぶり」だ。
普段は一ノ瀬さんのことを夏海などとは言わないのだろう。その言葉を聞いた瞬間一ノ瀬さんの肩がビクッと揺れる。
本当に怖いんだな…
だが今の俺の立場は兄、妹を守るためなら何でもしよう。それがたとえ美少女でも。
「はい、夏海がどうしました?」
まずいぞこれ。あとで絶対一ノ瀬さんに怒られる。あまり友好的ではない人に名前呼びはとんでもなくまずいぞ。
「え〜とぉ、彼氏さんですか?」
それだったらこっちがどれだけ歓喜するか分かったもんじゃない。
「いえ、兄です。一ノ瀬……勇斗です」
ごめんな勇斗。隣の人を守るために使わせてもらうぞ。すると沙耶香さんは俺の顔のすぐ近くに来て
「今日は私たちで一緒に行くんですよー!だから今日はもう帰ってもらっていいですか?」
「すみませんねぇ、できなさそうにありませんね」
えっと驚愕の表情を浮かべた沙耶香さんはもっと距離を詰める。
まさか現実でここまで顔がきれいな女子がいるとは俺も驚く。だが赤面はしないな。なんでだ……
沙耶香さんはかなり距離を詰めてくる。顔と顔の幅が数センチしかない。
これでも恥ずかしくもならないし興奮もしない。
信じられないくらいに真顔なのだろう、沙耶香さんの後ろにいる取り巻きらしき女子は目を大きく開いている。後ろにいる一ノ瀬さんはどうだろうか。
「あの、ごめんねお兄ちゃんが。今日は先に行くから」
そう言って俺の手を引っ張って足早に去る。
青砥の出口を出て薬局の前を通り真っ直ぐ走る。
青砥が見えなくなったところで歩きに変わる。
「一ノ瀬さんあれでよかったの?学校でなんか言われない?」
前を向いたまま一ノ瀬さんは「たぶん絡まれるけど大丈夫。なんかあったらまた言うし、快くんにも頼るから」
ふぅん、まだ絡まれるかもなのか。結構女子って執念深いな。
え?待て待て…
名前呼び……快くんって今言わなかったか。
なぜか急に顔が熱くなる俺であった。
調子に乗って書いた作品十一号です。もうそろそろあらすじみたいな展開にしようかと考え中です。




