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2章4話 拳闘士ユウ

シン、ミカ、カレンの三人は、王都に向かう商隊に護衛として同行することになった。


「旅支度の服は、こちらで用意させてくだされ。

アンナ、案内を頼むぞ」隊商の主人、ニコラオス は微笑んで娘のアンナに言った。  


「はい、お父様。かわいい服がお二人には似合いますね」


「ほっほっほっ」お目付け役として、女性兵士ソフィアも同行することになった。




挿絵(By みてみん)    


ミカ、カレン、アンナ、ソフィアの女子4人は「布地・仕立て屋の市場」 を歩いていた。 


店先には美しい高級な布が吊り下げられている。

行き交う人々の熱気と華やかで、少し目眩がするような空間だった。




アンナが案内したのは、通りに面した小さな仕立屋だった。

壁には刺繍を施したチュニックや色鮮やかな帯が数着吊られ、棚には折り畳まれた服が積まれている。


華やかなものばかりではなく、旅人向けの丈夫な服も扱っているようだった。


「このリボン可愛い.......この刺繍も綺麗.......カレンとミカに似合っていそう」

アンナが目を輝かせる。


「お嬢様。旅の服ですので、もう少し丈夫なものを.......かわいいですけど」

ソフィアが穏やかにたしなめた。


「ソフィアも気になっているんじゃないの?」

ソフィアの頬が少し赤くなった。


カレンは一着の、青みがかった灰色の服の生地を触った。指先に、しっかりした厚みが伝わる。

「これなら……棒を振った時に、すぐに破れなさそう」


「カレン、その格子柄の刺繍、お洒落だね」

アンナが覗き込んで言った。


カレンは少し照れたように目を細めた。

華やかさより実用性を選んだけれど、刺繍の存在は、どこか気持ちを軽くしてくれるようだった。


一方、ミカが選んだのは、これまで着ていたものとよく似た淡い色の上着だった。  


「せっかく新しくするのに、前とほとんど同じじゃない」

アンナが少し不満そうに言って、葉の刺繍が入った帯を重ねた。

「これなら、派手じゃないでしょう?」


「……うん。かわいいいね」ミカは微笑んだ。


「決まりだね!」

アンナの明るい声が、店の中に響いた。


(まだ、お父さんの選んでくれていたような服を着ていたいな)

ミカはそっと、心の中で言った。



挿絵(By みてみん)


そのころ、シンはニコラオスに同行して、コロセウムの試合を見に来ていた。


護衛隊長のナルセス、副隊長のペトロスも一緒だ。


古い時代から残る、円形闘技場 —---コロセウムに足を踏み入れる。


「シン君はこういった試合は好きかね?」

ニコラオスは機嫌良く尋ねた。


「いえ、あまり人が傷つけ合うのは」


ニコラオスの護衛の立場ではあるが------闘士が王都に集められているという噂が、シンには気になっていた。


「シン殿は真面目ですな! ハッハッハ!」

隊長のナルセスが豪快に笑う。


「貴族との付き合いで来ていてな。本当はわしも真面目なんじゃよ」

ニコラオスとナルセスは盛大に笑った。


副隊長ペトロスは黙って周囲を見回していた。


試合が始まる。盾を構えた剣使いと、槍使い。

手斧の戦士と、投げ網から槍で仕留める戦士。


彼らは訓練によって一対一の戦いに熟練していて、戦いには「華」があった。

試合は必ず死者が出るわけではない。

しかし、血の匂いと、観客の熱気が混じり合っている、特別な空間だった。


「シン君、次の試合の拳闘士は、わしらの隊商に同行する予定なんじゃ。

ユウといってな、拳で剣闘士と戦いよる」ニコラオスが話しかけた。


「拳......ですか。不利な戦いになりますね」

拳闘士はカエストゥス------金属の鋲が組み込まれた革バンドを装着しているが、刃物は皮膚に触れれば簡単に切れる。


やがて、 滑車のきしむ音が響き、地下からユウが姿を現した。


身体は引き締まった筋肉に覆われているが、まだ二十歳前のように見えた。


対戦相手はナイフ使いだ。


試合が始まった。

ナイフ使いは奥手の手に刃を握り、時折牽制の刺突を繰り出す。

ユウは足を使って距離を外す。


「もっとやり合え!」しばらく同じ展開が続き、観客席からヤジが飛んだ。 


声援に答えるように、ナイフ使いの踏み込みは深くなり、ユウの肩や太ももを掠るようになった。


その時、ユウの体が一瞬止まったように見えた。

そして、それまでとは何か、雰囲気が変わった。


さらに深く——腹部を狙った刺突が繰り出される。


その瞬間、ユウが半歩だけ斜めに踏み出た。ナイフが空を切ると同時に拳が頭部を捉え、ナイフ使いは崩れ落ちた。


歓声が波の様に広がった。    


「動きが速い」

「ええ......。反応は難しいでしょう」

ナルセスとペトロスが低く言葉を交わす。


割れんばかりの声援の中、自分の心臓の音だけが聞こえていた。


(あれは......後の先。

「相手が攻めてくるのを待ち、動き出しに合わせて、同時に、あるいは先んじて技を出す」)


シンの頭に、亡き父の言葉が浮かんだ。


(あの父が......強かった父が、なぜ死んだのか)

シンは、一人、静かにその問いを反芻していた。



夕方近く、護衛隊の他のメンバーとも簡単な顔合わせが行われた。

名前と役割を交わし、短い挨拶を済ませる。


「それでは、明朝、出発といこう」ニコラオスが満足げに言った。


王都への道が、いよいよ始まろうとしていた。



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