2章4話 拳闘士ユウ
シン、ミカ、カレンの三人は、王都に向かう商隊に護衛として同行することになった。
「旅支度の服は、こちらで用意させてくだされ。
アンナ、案内を頼むぞ」隊商の主人、ニコラオス は微笑んで娘のアンナに言った。
「はい、お父様。かわいい服がお二人には似合いますね」
「ほっほっほっ」お目付け役として、女性兵士ソフィアも同行することになった。
◇
ミカ、カレン、アンナ、ソフィアの女子4人は「布地・仕立て屋の市場」 を歩いていた。
店先には美しい高級な布が吊り下げられている。
行き交う人々の熱気と華やかで、少し目眩がするような空間だった。
アンナが案内したのは、通りに面した小さな仕立屋だった。
壁には刺繍を施したチュニックや色鮮やかな帯が数着吊られ、棚には折り畳まれた服が積まれている。
華やかなものばかりではなく、旅人向けの丈夫な服も扱っているようだった。
「このリボン可愛い.......この刺繍も綺麗.......カレンとミカに似合っていそう」
アンナが目を輝かせる。
「お嬢様。旅の服ですので、もう少し丈夫なものを.......かわいいですけど」
ソフィアが穏やかにたしなめた。
「ソフィアも気になっているんじゃないの?」
ソフィアの頬が少し赤くなった。
カレンは一着の、青みがかった灰色の服の生地を触った。指先に、しっかりした厚みが伝わる。
「これなら……棒を振った時に、すぐに破れなさそう」
「カレン、その格子柄の刺繍、お洒落だね」
アンナが覗き込んで言った。
カレンは少し照れたように目を細めた。
華やかさより実用性を選んだけれど、刺繍の存在は、どこか気持ちを軽くしてくれるようだった。
一方、ミカが選んだのは、これまで着ていたものとよく似た淡い色の上着だった。
「せっかく新しくするのに、前とほとんど同じじゃない」
アンナが少し不満そうに言って、葉の刺繍が入った帯を重ねた。
「これなら、派手じゃないでしょう?」
「……うん。かわいいいね」ミカは微笑んだ。
「決まりだね!」
アンナの明るい声が、店の中に響いた。
(まだ、お父さんの選んでくれていたような服を着ていたいな)
ミカはそっと、心の中で言った。
◇
そのころ、シンはニコラオスに同行して、コロセウムの試合を見に来ていた。
護衛隊長のナルセス、副隊長のペトロスも一緒だ。
古い時代から残る、円形闘技場 —---コロセウムに足を踏み入れる。
「シン君はこういった試合は好きかね?」
ニコラオスは機嫌良く尋ねた。
「いえ、あまり人が傷つけ合うのは」
ニコラオスの護衛の立場ではあるが------闘士が王都に集められているという噂が、シンには気になっていた。
「シン殿は真面目ですな! ハッハッハ!」
隊長のナルセスが豪快に笑う。
「貴族との付き合いで来ていてな。本当はわしも真面目なんじゃよ」
ニコラオスとナルセスは盛大に笑った。
副隊長ペトロスは黙って周囲を見回していた。
試合が始まる。盾を構えた剣使いと、槍使い。
手斧の戦士と、投げ網から槍で仕留める戦士。
彼らは訓練によって一対一の戦いに熟練していて、戦いには「華」があった。
試合は必ず死者が出るわけではない。
しかし、血の匂いと、観客の熱気が混じり合っている、特別な空間だった。
「シン君、次の試合の拳闘士は、わしらの隊商に同行する予定なんじゃ。
ユウといってな、拳で剣闘士と戦いよる」ニコラオスが話しかけた。
「拳......ですか。不利な戦いになりますね」
拳闘士はカエストゥス------金属の鋲が組み込まれた革バンドを装着しているが、刃物は皮膚に触れれば簡単に切れる。
やがて、 滑車のきしむ音が響き、地下からユウが姿を現した。
身体は引き締まった筋肉に覆われているが、まだ二十歳前のように見えた。
対戦相手はナイフ使いだ。
試合が始まった。
ナイフ使いは奥手の手に刃を握り、時折牽制の刺突を繰り出す。
ユウは足を使って距離を外す。
「もっとやり合え!」しばらく同じ展開が続き、観客席からヤジが飛んだ。
声援に答えるように、ナイフ使いの踏み込みは深くなり、ユウの肩や太ももを掠るようになった。
その時、ユウの体が一瞬止まったように見えた。
そして、それまでとは何か、雰囲気が変わった。
さらに深く——腹部を狙った刺突が繰り出される。
その瞬間、ユウが半歩だけ斜めに踏み出た。ナイフが空を切ると同時に拳が頭部を捉え、ナイフ使いは崩れ落ちた。
歓声が波の様に広がった。
「動きが速い」
「ええ......。反応は難しいでしょう」
ナルセスとペトロスが低く言葉を交わす。
割れんばかりの声援の中、自分の心臓の音だけが聞こえていた。
(あれは......後の先。
「相手が攻めてくるのを待ち、動き出しに合わせて、同時に、あるいは先んじて技を出す」)
シンの頭に、亡き父の言葉が浮かんだ。
(あの父が......強かった父が、なぜ死んだのか)
シンは、一人、静かにその問いを反芻していた。
◇
夕方近く、護衛隊の他のメンバーとも簡単な顔合わせが行われた。
名前と役割を交わし、短い挨拶を済ませる。
「それでは、明朝、出発といこう」ニコラオスが満足げに言った。
王都への道が、いよいよ始まろうとしていた。




