第三話 災いと遺物
「アンナ、大丈夫か?!」
荷馬車の方から、恰幅の良い商人風の男が駆け寄ってきた。
少女——アンナは涙を浮かべながら父にしがみついた。
「お父さん……少し、痛いです」
「すぐに手当てをしましょう」
ミカの声は落ち着いていて、安心させるような柔らかさがあった。
アンナを椅子に腰掛けさせ、優しく袖をまくる。
異形の爪がかすめた前腕には、赤い筋が走っていた。
「腕や指は動く?痛くない?」
アンナが恐る恐る指を動かし、首を振った。
「大丈夫。少し、しみるよ 」
ミカは傷についた砂を洗い流し、軟膏を薄く塗る。
その上に清潔な麻布を当て、細い布で固定した。
「ありがとう」
「…… 大丈夫よ」
ミカは優しく微笑んだ。
「腫れたり、熱を持ったら医師に診せてください」
ミカはアンナの父に伝えた。
(お父さんも、こうして手当てをしていたな……)
ミカの胸に、温かい記憶がよみがえる。
「君たちがいたから大事なく済んだ。本当にありがとう」
アンナの父——ニコラオスは、王都や教会とも取引のある商人だった。
「そうだ、今日は宿に招待させてくれないか?」
カレンがシンを見る。
「無下にもできん」
シンが短く頷いた。
「決まりだね」
ミカが微笑んだ。
◇
三人は宿の石造りの浴室で旅の埃を流した。
ニコラオスが用意してくれていた着替えに袖を通す。
その日の夕飯は旅の途中とは思えないほどのご馳走だった。
子羊肉の香草焼きに、麦と野菜の煮込み。
干しぶどうやナッツが練り込まれた白パン。
食卓には、南方から運ばれたオリーブ油や香辛料まで並んでいる。
「おいしい!カレンのご飯もおいしいけど」
ミカが目を輝かせる。
「やだ、ミカったら」
カレンは照れくさそうに目を細めた。
「俺の護衛たちにも、美味い肉といいワインを一杯ずつ振る舞ってやってくれ」
ニコラオスが給仕に伝える。
「食卓でごはんを食べるのも久々だね」
シンも少し頬を緩めた。
◇
食後、ニコラオスが口を開いた。
「ところで、君たちはなぜ旅をしているんだ?」
カレンが答える。
「故郷の村が怪異に襲われて、その原因を探すために旅をしています。
聞いたところでは、他の村でも祭壇が荒らされたらしいです」
ニコラオスは深く息をついた。
「そうか.......大変だったね。
じつは今日、この街の教会の祭壇も荒らされて、遺物が無くなっていたらしい」
「遺物?」
シンが呟く。
「遺物は、古くから存在する、教会が代々守ってきたとされる品だ。
一部の聖職者や知識人の間では、遺物が『闇と光の伝承』と何らかの関係があると考える者もいる。
“闇が生まれ世界を包む時。
光は、生きる者たちの心より立ち上がるであろう” だったかな」
「遺物はルミナと関係しているのでしょうか?」
「私も、本当のところは分からない」
シンは身を乗り出して聞いていた。
話は変わり、ニコラオスが提案した。
「最近は物騒でね。
もし、君たちも王都に行くのなら、うちの隊商の護衛に加わらないか?
もちろん相応の賃金も出させてもらう。
夜、ゆっくり三人で話し合ってくれればいい」
◇
その夜。
宿の一室で、三人は向かい合って座っていた。
「この街に残る道もある」
シンの言葉に、カレンは目を瞬いた。
「この街なら、ミカは薬師としてやっていける。
カレンも、仕事には困らないだろう」
「シンは?」
ミカが聞いた。
「俺は…… 王都に行く。
災いの正体を確かめる。
それに、遺物についても。
それがルミナと関係するものなのか、それともただの言い伝えなのか」
沈黙が落ちた。
「私も王都に行きたい」
口を開いたミカを、二人は驚いて見た。
「危険だぞ」
シンが低く言った。
「そうかもしれない。でも……
なぜ村が襲われたのか、父のためにも、私も知りたい」
ミカは目を逸らさなかった。
カレンが静かに微笑んだ。
「私も行くよ。母のために。それに——ミカも守らないとね」
三人の視線が重なる。
そこに、迷いは無かった。
王都に向かう道。
言い伝えにある闇と光。そして、遺物。
その答えを求めて。




