2章 第2話 異形の謎
ある日、災いが村を襲った。
狩人のシン、薬師の娘ミカ、華奢だが力強いカレン。
三人は旅に出た。
亡き人をよみがえらせるため、災いの原因を知るため。
◇
都市の薬屋で、ミカの作った軟膏は、正当な値で買い取られた。
薬屋を出てからカレンがミカを抱き寄せた。
「ミカが、いつの間にかこんなに立派になって…… 」
声が、少し震えていた。
「カレン、昨日も会ってたでしょ」
ミカが嬉しそうに微笑む。
まるで自分のことのように、カレンの胸は温かくなった。
シンも口元を緩めて、嬉しそうだ。
三人は、旧市壁区にある古物商《灰色狐》を目指した。
店の主人が、情報通だという。
旧市壁区に入ると、道は急に狭くなった。
古い石壁に家々が寄りかかり、頭上には張り出した軒と洗濯物が重なっている。
金槌の音、犬の声、言い争う声。
湿った石と革の匂いが、狭い路地にこもっていた。
「私、一人なら絶対来ない」
怪しげな雰囲気のする周囲を、カレンは見回した。
無意識に、樫の棒を握る力が強くなっていた。
「ミカは大丈夫?」
声をかけると
「うん…… 変わった所だね」
ミカは微笑んで小さく頷いた。
「離れないでね 」
カレンはミカの手首を軽くつかみ、シンのあとを追った。
◇
《灰色狐》の裏口は、建物の隙間に隠れるように設けられていた。
主人のコンラートは、細い目をした、何ら変哲もない中年の男に見えた。
「異形の魔物について知りたい。この街でも出没しているらしいが」
シンは、狩りで仕留めた兎の毛皮を1枚、卓上に置いた。
コンラートは観察するように、三人を頭のてっぺんからつま先までじっくり眺めた。
「私はしがない古物商だが…… 君たちはどこから旅をしている?」
「イシヒア村だ」
その名を聞いた瞬間、男の細い目がわずかに動いた。
「…… 異形に襲われた」
しばらく沈黙が落ちた。
「........噂で聞いた限りでは、近くの村も襲われたらしい。村の祭壇が荒らされたと聞く」
「祭壇......」
シンが低く呟いた。
コンラートは細い目の奥を、わずかに光らせた。
「もう少し、聞いた話はあるが…… 」
シンがもう一枚、毛皮を卓上に重ねた。
「あくまで噂だが......。王都に各地の怪異に関する情報が集められているとのことだ。
それに、名前が広く知られた闘士も集められているらしい。」
「闘士を……何のために?」
カレンが尋ねた。
胸の奥が、ざわつく。王都。闘士。何かが繋がっているのだろうか。
「さてな。異形と戦わせるためか、それとも別の目的があるのか。私が知っているのは、それだけだ」
「そうか…… .助かった」
シンは短く礼を述べて、残りの毛皮の買取代金を受け取った。
◇
店を出てから、カレンの頭には、瓦礫に埋もれた孤児院の礼拝堂が残っていた。
カレンの育った場所。
もし、あの襲撃にも別の目的があったのだとしたら——。
「教会近くで異形が現れたと聞いたな。」
シンが足を止めた。
「行ってみよう」
三人は旧市壁の通路を抜け、教会区へ続く坂を上った。
狭い木造家屋が減り、白い漆喰の石造りが増えていく。
建物の間から鐘楼が姿を現し、ほどなく鐘の音が街へ響いた。
「急に明るくなったね」
ミカが振り返る。
坂を上りきると、修道院前の小さな広場へ出た。
油壺や羊皮紙を積んだ荷車が並び、修道士たちが荷を受け取っている。
その時、空に一つの影が飛来した。
シンが頭上を見上げる。
鷲ほどの大きさの黒い鳥。
羽根は黒い鉄のように光り、身体から赤い瘴気がもれていた。
「怪鳥だ!」
叫び声が上がった。
異形は翼をたたみ、 広場に急降下した。
少女は迫る影に気づき、足を止めたまま動けない。
シンが即座に走り出した。少女へ伸びた鉤爪に、ナイフを振るう。
異形は翼を広げ、すんでのところで上空へ逃れた
…… 旋回し始めて、攻撃の機会を狙っている。
(人に当たってしまうかもしれない…… 弓は使えない)
「カレン、娘とミカを頼む!」
「…… うん!」
カレンは樫の棒を構えて、少女とミカの前に立った。
心臓が、大きく鳴る。怖い。でも、後ろには二人がいる。
異形の影が、急に大きくなり、カレンの方に向かってきた。
走馬灯のように、記憶がめぐる。
自分の力で人を傷つけることを恐れた過去。
「—— あなたの力はひとを守るためにあるのよ。」
孤児院でも孤独だったカレンに、院長の妻は言ってくれた。
まるで母のようだった。
異形に襲われ、崩れた建物の下になりながら、励ましてくれた母——。
その声が、胸の奥で響いた。
「わたしが守る!」
棒を握りなおした、カレンの空気が変わった。
——樫の棒は硬く重い。端を持って振リ回せる長さでは無かった。
それでも------両足を踏ん張った。
深く鋭い呼吸とともに、重心がこれ以上ないほど低く沈む。
上半身の無駄な力みが消え、下腹の奥に凄まじい力が凝縮されていく。
一直線に落ちてくる影が目前まで迫った、その瞬間——。
パンッ!
そこにあった空間が消えたかのように、弧を描いて棒が振り抜かれた。
風圧でカレンの銀髪が激しくなびく。
「カヵッ…… !」
巻きこまれるように棒に捉えられた異形の姿が崩れる。
黒い結晶が広場に舞って、地面に散りながら消えた。
「おおっ!」
見守っていた人々から歓声が上がった。
◇
「お姉ちゃん……」
背後から声がした。
振り返ると、助けた少女がミカに支えられながら、カレンを見上げていた。
「ありがとう」
「大丈夫だよ」
微笑んでカレンが答えた、その時-----。
修道院の敷地内から数羽の異形が飛び上がった。
再び緊張が走る。
しかし、異形たちはしばらく地上の様子を伺うように旋回したあと、
ひときわ大きな個体を先頭に、去っていった。
「異形は、教会で何を........?」
カレンは教会の方を見て呟いた。
胸の奥で、何かが静かに疼いていた。




