第二話 異形は何を探していた?
三人は、旧市壁区にある古物商《灰色狐》を目指した。
店の主人が、情報通だという。
進むにつれ、道は徐々に狭くなっていく。
古い石壁に家々が寄りかかるように並び、頭上では軒と洗濯物が重なる。
路地には、湿った石と革の匂いがこもっていた。
「私、一人なら絶対来ない……」
カレンは樫の棒を握り直した。
「ミカは大丈夫?」
「うん…… 変わった所だね」
小さく微笑むミカを見て、カレンは少し安心した。
「離れないでね 」
カレンはミカの手首を軽く握って、シンのあとについていった。
◇
《灰色狐》の裏口は、建物の隙間にひっそりと隠れていた。
主人のコンラートは、細い目をした、どこにでもいそうな中年の男だった。
「異形の魔物について知りたい。この街でも出没しているらしい」
シンが兎の毛皮を一枚、卓上に置いた。
コンラートは三人を頭からつま先まで眺める。
「私はしがない古物商だが…… 君たちはどこから来た?」
「イシヒア村だ」
その名を聞いた瞬間、細い目がわずかに動いた。
「…… 異形に襲われた」
沈黙が落ちる。
「噂では、近くの村も祭壇が荒らされたと聞く。
まるで何かを探しているかのようだったらしい」
コンラートの声が低くなった。
「何を探していた?」
「それは分からない。……もう少し、聞いた話はあるが」
コンラートの細い目の奥が、わずかに光った。
シンは黙って毛皮をもう一枚重ねた。
「王都には、各地の怪異の報せが集められていると聞く」
「王都に情報が……」
「学者も文献も集まっている。情報も集まる」
「異形……闇と、光のことは分かるか?」
「古い言い伝えだな。
今回の騒動と何か関係あるかは分からん。
だが、王都には古い書物も情報も集まる。
知っている者がいるかもしれん」
「そうか……助かった」
シンは短く礼を述べ、残りの毛皮の代金を受け取った。
◇
街角の縁石に三人は腰を下ろした。
カレンは孤児院の崩れた祭壇を思い出していた。
あの襲撃にも、何か目的があったのだろうか。
シンが足を止めた。
「教会近くで異形が現れたと聞いたな。行ってみよう」
坂を上っていくと、教会前に小さな広場があった。
荷車が並び、修道士たちが荷を受け取っている。
荷物の受け渡しが済むのを待っているのだろうか、少女が一人で遊んでいた。
――その時
広場の石畳を1つの影が通り過ぎた。
「……!」
シンは頭上を見上げる。
鷲ほどの大きさの黒い鳥だった。
羽根は黒い鉄のように光り、身体から赤い瘴気がもれている。
「怪鳥だ!」
叫び声が上がった。
異形は翼をたたみ、広場に急降下しはじめた。
「!」
少女に迫る影。けれど、足が動かない。
シンが駆け、少女へ伸びた鉤爪にナイフを振るう。
すんでのところで逃れた異形は、上空で旋回しはじめた。
(人に当たる。弓は使えない)
「カレン、娘とミカを頼む!」
「…… うん!」
カレンは樫の棒を構えて、少女とミカの前に立った。
心臓が、大きく鳴る。
怖い。
でも、後ろには二人がいる。
影が急に大きくなり、カレンへ向かってきた。
走馬灯のように、記憶がめぐる。
自分の力で人を傷つけることを恐れた過去。
「—— あなたの力はひとを守るためにあるのよ。」
孤児院で、院長の妻が言ってくれた言葉。
崩れた建物の下で励ましてくれた声が、胸の奥で響く。
(わたしが守る!)
棒を握りなおした瞬間、カレンの空気が変わった。
樫の棒は硬く、重い。
端を持って振り回せる長さではない。
それでも両足を踏ん張り、呼吸とともに重心を落とす。
上半身の無駄な力みが消え、下腹の奥に凄まじい力が凝縮されていく。
一直線に落ちてくる影が、目前まで迫った。
その瞬間——
空間を異形ごと削り取るように、棒が弧を描いて振り抜かれる。
パンッ!
風圧でカレンの銀髪がなびいた。
「カヵッ…… !」
異形の姿が崩れ、黒い結晶が広場に舞って消える。
棒を握った手が、まだ熱を帯びていた。
自分が今、打ち払ったのだと、遅れてわかる。
「おおっ!」
周囲から歓声が上がった。
「お姉ちゃん……」
振り返ると、助けた少女がミカに支えられながら、カレンを見上げている。
「ありがとう」
「大丈夫だよ」
カレンは、微笑んだ。
◇
その時、修道院の敷地内から数羽の異形が飛び上がった。
再び緊張が走る。
だが異形たちはしばらく上空を旋回したあと、ひときわ大きな個体を先頭に去っていった。
『祭壇はまるで何かを探しているような荒らされ方だったらしい』
コンラートの言葉が頭に浮かぶ。
カレンの胸の奥で、説明できない違和感が疼いていた。
「異形は、教会で何をしていたの……?」




