2章 第1話 父から授かったもの
ある日、災いが村を襲った。
狩人のシン、薬師の娘ミカ、孤児院で働くカレン。
三人は旅に出た。
亡き人をよみがえらせるため、災いの原因を知るため。
登場人物
城門を抜けてから——露店の呼び声、車輪の音、鍛冶屋の槌。音が波のように押し寄てきた。
森の静けさに慣れたミカにとって、その喧騒も、人の多さも、想像を遙かに超えるものだった。
木々の葉擦れや鳥の声に代わって、人の息遣いと生活の音が、耳を埋め尽くした。
ふいにシンがミカの手を引いた。
「どけどけぇ!」
御者の怒声が飛んだ次の瞬間、荷馬車がすぐ傍を走り抜けていく。
ミカは息を呑んだ。
「大丈夫か?」
シンが声をかけた。
硬くてすり減った石畳を踏みしめて、商店の並びに向かった。
煤けた外套に傷だらけの猟袋。三人の旅装は、都市の景色のなかで異彩を放っていた。
それでも、食べ物を乞う声が、どこからかかかってくる。
街は華やかさの裏側に、沈む暗さを、包み込んでいるかのように見えた。
広場の掲示板には「怪鳥に注意」と書かれた張り紙が貼ってあった。
「教会の近くで出没したらしい......たまったもんじゃねえな」聴衆の噂話が、雑踏の隙間から聞こえてきた。
「都でも異形が出たのね」
カレンが言った。
「……ああ」
シンが短く頷く。
三人は、薬屋の看板を目指して歩き出した。
◇◇◇
「すり鉢とすりこぎ」の紋章が掲げられた薬局の裏口。
乾燥した薬草と蜜蝋* の甘い香りが、静かに漂っていた。
(*ミツバチの分泌する天然のロウ)
店内は薄暗い。
神経質そうな店主が、ミカの差し出した乾燥ハーブの束を不機嫌そうにつまみ上げた。
「ふん、田舎の森で毟ってきたのか? うちの店で怪しいものは置けな----」
パキッ。
店主が曲げたタイムの茎が、小気味よい音を立てて折れた。
乾燥しているとは思えないほど鮮烈で、鼻に抜けるような清涼な香りが広がった。
「……水分が完璧に抜けているな。香りの成分も損なわれていない」
薬草は乾燥が甘いとカビてしまい、売り物にならなくなる。
それを、この薬草の束は免れていた。
「こちらも見て頂けますか」
ミカは丁寧に油布で包んでいた、小さな陶器の壺を差し出した。
それは油と蜜蝋の配分を考えて、ミカが練り上げた軟膏だ。
いぶかしげに蓋を開けた瞬間、店主の目は大きく見開かれた。
「これは……セイヨウオトギリソウの膏か 」
軟膏は「美しいワインのような深い赤色」に染まっていた。
それは適度な加熱がされ、成分がしっかり閉じ込められていることを表していた。
店主は指先を軟膏の表面に滑らせた。
適度な硬さを保っていた塊が、店主の体温に触れた途端、驚くほど滑らかに、瑞々しく溶けて指先に馴染んででいった。
質が悪いものは、油が分離してギトギトになっていたり、蜜蝋が多すぎて石鹸のように硬くて塗れなかったりする。
店主は指先についた軟膏の匂いを何度も嗅ぎ、じっとミカの目を見つめた。
「お前さんはどこの生まれだい?」
「イシヒアの村です」
「誰に習った?」
「父です。村で治療師をしていました」
店主は合点がいったようだった。
「ああ......あの先生の娘さんか。それにしても良い腕だ。これほどの膏を、この若さで練り上げるとはな」
「いいだろう。これはすべて、私が責任を持って買い取らせてもらおう」
薬と薬草は売れた。
当面必要な物資は賄えそうだった。
ミカが瞼を閉じると、父の姿が浮かんだ。
薬草の調合を教えてくれた。
失敗しても怒らず、何度も教えてくれた父。
(お父さん......ありがとう。私はお父さんのおかげで......私は生きています)
「すごいね、ミカ!」
いつもの笑顔でカレンが言う。
「ミカ......もう一人前の薬師だな」
シンが、ぽんと頭に手を乗せる。
(カレンはお母さんみたいで、シンは.....お父さんみたいだ)
ミカは胸の温かさをそっとしまって、また歩き出した。




