↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/28

第五話 お椀とスープ

シンが足を止めて振り返ると、少し離れた茂みが微かに揺れた。


「あの子かな……。どうしたんだろう」


カレンが首をかしげた。


森で別れた少年は、遠巻きについてきているようだった。


「隠れてないで、出てきなさいよ」


ミカが言った。


「うるせーな!俺もそっちの方向に行くつもりだったんだよ」


声だけ返ってくる。


「行こう」


シンたちは再び歩きだした。



◇


(……なんで俺は、あの旅人の後をついていってんだ?)


少年は幼いころから、盗賊団の中で「使い捨ての駒」のように扱われて育ってきた。

他人は利用するか、されるかの存在。

それが当たり前だと信じて疑わなかった。


少年が襲われた時……逃げながら振り返ると、狩人が賊に矢を射掛ける光景を見た。

……そして気がつくと、自分自身も木に登って、賊たちに石を投げていた。


(そのまま逃げればよかっただろ……。

いや、俺はあそこで追っ手を片付けたかっただけだ)


少年は、前を行く三人との距離を保って歩いた。


◇


しばらく進むと、道が二つに分かれる分岐点に差し掛かった。

その傍らには、古い炭焼き場がある。

外からは木々に隠れて見つかりにくく、万が一の時に森に逃げられる。


シンは周囲の地形を確認しながら言った。


「カレン、ミカのそばにいてくれ。火はまだ起こすな。煙が出る」


「うん……」


カレンは樫の杖を握り直した。


◇


近くに不審な痕跡がないか調べてから、シンは森に入って行った。

数個、兎の罠を仕掛けながら、周囲を歩いて行く。


「……」


ふいに、シンは足を止めた。

湿った土の上に、まだ新しい小動物の糞。

それから、草の根元が噛み切られた跡があった。


――カサッ


その時、茂みの奥で葉が擦れた。

風とは違う、生き物の質量を持った音。


目を凝らすと、草の隙間で動く兎の長い耳が見えた。


……ヒュ!


風を切って矢が走った。

そして、シンは地面に膝をつき、一羽の兎に祈りを捧げた。


◇


少し離れた茂みの中に、少年は息を殺して潜んでいた。


(おー怖ええ……。やっぱり、あいつはやばいな。

下手をすれば、兎と同じ運命だ。

……っていうか、あいつ何してんの?)


狩人は獲物に祈りを捧げている。




ふいに――


「そこにいるんだろ……?」


狩人は背中を見せながら言った。


「……!」


心臓が跳ね上がるのを感じた。

完全に気配を殺していたつもりだった。


「……なかなか、やるじゃん」


悔しさを誤魔化すように、軽口を叩きながら少年は茂みから出た。


向き直り、狩人は静かに声をかけた。


「俺はシン。お前は?」


「.......フミ」


反射的に、本当の名前を口にしてしまっていた。


(自分の情報は漏らしても良いことが無い。なぜ答えた?)


「昼は……なんで助けた?」


取り繕うようにフミは続けた。


「無駄な殺生は嫌いでな」


答えは短かった。


「俺を助けるより、放っておけば良かっただろ?」


「なんでだろうな。そういう家で育った」


シンと名乗る狩人の言葉に嘘は感じられなかった。


「お前を追っていた賊は、あと何人いる?」


「三人。一人は弓使い」


フミは答えていた。


「助かる……。

フミ、これから戻って飯にする。

お前も食っていくか?」


「ああ……。またな……」


後ずさって、背を向けて歩き出した。

差し出された善意を、そのまま受け取るのが怖かった。


◇


シンが炭焼き場に帰ってきた。

薬草の処置をしていたミカと、見張りに立っていたカレンが、パッと表情を明るくする。


「あれ……兎が二羽も」


カレンとミカは目を丸くした。


「ああ、矢で仕留めた他に、罠にかかっていてな」


シンは少し照れたように、肉を捌きだした。


その日の夕飯は、兎の骨付き肉を乾燥豆、そして爽やかなオレガノと共にじっくり煮込んだスープと、心臓と肝の炙り焼きだった。

鮮度が命の内臓は、仕留めた当日にしか食べられない、旅人のごちそうだ。


焚き火の直火で炙られた内臓の香ばしい香りが、森の冷気に広がる。


「……おいしい。お腹の中から、元気が出てくるみたい」


豆のとろりとしたスープを口に運び、嬉しそうに目を細めると、それを見守っていたカレンとシンの表情も優しく和らぐ。


残りの肉はタイムと塩を擦り込んで炙り焼きにして、明日の携帯食用に仕上げていく。



食後、シンは余った椀に煮込みを注いだ。


「さっき、森で昼間の少年に会った。腹が減っているだろう」


「きっとそうだね」


シンは森の入り口にある岩の上に、椀とスプーンを置いた。


◇


翌朝。

椀はきれいに空になっていた。


昨晩の煮込みの残りで手短に朝食を済ませ、三人は出発した。

歩みを進めるにつれ、木々の間から、石の壁や高い塔が見えてきた。


「目指す都市まで、もう少しだね」


――その時。


「……待てよ。」


背後から声がして、三人は振り返った。


「お前ら、何のために街に行くんだ?」


少年――フミだった。


相変わらずぶっきらぼうだ。

だが、その瞳には刺すような警戒感は感じられなかった。


「故郷の村が魔物に襲われてな。

その災いの正体を知るために、情報を探している。

それが、俺たちの旅の目的だ」


シンが静かに答えた。


「……旧市壁区に『灰色狐』って古物屋がある。

そこのコンラートって男を訪ねてみな」


「古物屋?」


カレンが不思議そうに聞く。


「ああ。普段は皮や古い旅道具を扱ってる。

だが、あいつの耳にはいろんな情報が入ってくるんだ。

何が起きてるか、知っているかもしれない」


フミはそう言って、森に体を向けた。


「フミ、助かる」


小さな背中が止まった。


「またな」


「お、おうよ……」


フミは一瞬、きょとんとしたように目を見開いた。

わずかに戸惑ったような顔を見せると、そのまま森へ入っていった。



「また会えるかな」


カレンは森を見て言う。


「ああ、きっとな」


シンが答える。ミカも小さく頷いた。


「……行くか」


遠くに見える都市を見上げて、三人は共に歩き出す。

答えを探すために。


村を襲ったものの正体は何か?

そして、ルミナは本当に存在するのか?






挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
平和な暮らしの描写から異形の襲撃によって、危機的状況に陥るところはこの作品に惹き込められる描写で良かったです。個人的に、極限の状況の中で兎の骨付き肉と乾燥豆とオレガノの煮込みなどの料理に拘っているとこ…
空が黒く染まり、平穏だった日常が一瞬で崩れ去る衝撃的な幕開け。深い悲しみを抱えたシン、ミカ、カレンが、それでも希望を求めて歩き始める姿に引き込まれました。 本作の魅力は、世界を襲った災いという大きな…
前話の概要を冒頭に提示するのも良いですね! 第一章を読ませていただきました。 これから彼らの冒険がどのように展開していくのかとても気になります。 ☆をつけさせていただきました。 続きはゆっくり読ませ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。