第四話 追われる少年と深い森
朝の森にパチパチと心地よい音が響いていた。
焚き火に据えられた平らな石の上で、今朝とれた瑞々しいマスが音を立てている。
「ジュゥゥ……」
脂が焼ける香りと、ハーブの爽やかな香りが広がる。
「……石の上だと、こんなにふっくら焼けるのね」
一口食べて、ミカが目を輝かせた。
◇
野営地を後にしてから、三人は陽光がほとんど届かない、森の道を歩いていた。
先頭を行くシンの足が、ふと止まる。
深い草木が重なっていて、数歩先さえ見通せない。
静かすぎる。鳥の鳴き声ひとつしない。
シンの狩人としての勘が、警鐘を鳴らした。
「なにか、おかしい。カレン、ミカのそばに」
樫の棒を持つカレンにも緊張が走る。
その瞬間。
ガサッ――!
突然、前方の茂みが激しく揺れ、黒い影が転がり出てきた!
シンは即座に矢をつがえた。
「あれは……イノシシ?いや」
影の正体は、一人の少年だった。
顔に泥を塗りたくり、身体にツタを纏わせていた。
――次の刹那。
少年が飛び出してきた茂みから、三人の男たちが躍り出た。
男の一人がぎらつく刃物で少年を容赦なく切りつける!
少年は必死にかわした。
――シンは迷わず矢を放った。
ビュン!
矢が風を切り、少年を追い詰めていた男一人の腕を貫いた。
「がぁぁああ!」
森に悲鳴が響く。
その隙に少年はシンたち、男たちから離れるように逃げていった。
残された二人の男がシンに向き直る。
一人は大鉈、もう一人は刃の長い短刀を握っていた。
「カレン、離れろ。ミカを頼む」
シンは矢をつがえながら、低く言った。
「うん……。ミカ、後ろに行って」
カレンとミカは、シンの背後に隠れるように下がった。
「お前たち、去るんだ。命のやりとりなど無意味だ」
シンが男二人に告げた。
「お前に用はなくても、こっちはあの小僧に用がある。
それに、子分がケガさせられてなあ!」
鉈を持った男は言葉の途中で、鉈をシンに投げつけた!
そのまま、腰の刃物を抜きながらシンに突進する。
(避ければ、後ろにいるカレンとミカに当たる)
シンは、弓で鉈を受け流しながら、後ろに下がった。
鉈男の刃物がシンに迫る!
――次の刹那、シンが腰元から放った目つぶし玉が、鉈男の顔に当たった。
「ぎゃああああ」
鉈男が目を抑えて塞ぎ込むと、今度は短刀の男が向かってきた。
シンは腰元の刃物に手を伸ばす。
――その時だった。
頭上の木立から、勢いよく何かが飛んできた。
パキィィ!
短刀の男の頭に当たり、男は悲鳴を上げて倒れた。
離れた木の上に、あの少年がいた。
何かを投げたようだ。
「どうよ!」
森に声が響く。
「おらぁぁぁぁぁ」
間髪入れず、二発目。
ビシィィッ!
何かが爆ぜた。石だ。
頭部にダメージを受けた、鉈男が崩れ落ちる。
少年が叫んだ。
「まだいるぞ!」
――最初に腕を射抜かれた男がシンに襲いかかってきた。
振り下ろされる白刃!
キッ……
シンは腰元から抜いた刃物で受け流す。
そのまま体勢が崩れた男の腕を掴み、背中に捻り上げる。
ゴキッ
悲鳴が森に響いた。
「ただじゃすまさねえからな……」
男たちは、よろよろと立ち上がった。
「今度現れたら、お前たちこそ、ただではすまない……」
シンが言い放つ。
「チッ」
男たちはおぼつかない足取りで茂みに入っていく。
草の擦れる音が徐々に遠ざかっていった。
◇
「カレン、ミカ、怪我はないか?」
シンが声をかけた。
「ええ……ありがとう」
カレンの杖を握る力がようやく緩む。
「シンこそ大丈夫ですか?」
ミカが尋ねた。
シンは頷いてから、上を見上げた。
離れた木の上に、ひっそりと少年が佇んでいた。
手にはまだ石を握っている。
「おい……あの男たちは何者だ?」
シンが静かに問いかける。
「あ……?ああ……。何だろうな?追いはぎだろ」
少年は答えた。
(追いはぎにしては殺意が強すぎた……)
その時、ミカが少年に声をかけた。
「怪我はないの?降りてきて」
カレンがミカの肩へ、そっと手を置いた。
「うるせーよ、子どもは黙ってろ」
「あなただって子どもじゃない」
ミカが言い返した。
シンとカレンが目を合わせた。
「ちっ。じゃあな」
調子がくるったのか、少年は立ち上がる。
「ああ」
シンが短く返すと、少年は森に溶けるように姿を消した。
◇
都市に向けて再び歩き出す三人。
その背後で茂みが揺れ、音を立てていた。




