第一話 灯火
登場人物:狩人のシン、薬師のミカ、華奢だが力強いカレン。
解放奴隷の拳闘士ユウ。盗賊団で育ったフミ。
《灰色狐》の店はいつもの匂いだった。古い布、錆びた金具、乾いた革。
フミは盗品をテーブルに並べた。
「昨日、うちに旅人たちが来てな。」
じっくり品定めしながら、主人のコンラートは言った。
「怪鳥に襲われた商隊の娘を、助けたらしい。明日、その商隊と王都へ出るそうだ」
「ふーん」
銀貨を指で宙に弾き、フミは店を出た。
無関心を装ったつもりだった。
自分でも、声が少し硬いと分かった。
◇
翌朝。
乾いた蹄の音と、木製の車輪が古びた石畳に響く。
荷馬車が門に向かう。
護衛の金属音が、歩調に合わせて短く鳴った。
建物の陰から、フミは見ていた。
先頭近くに、見覚えのある三人。
狩人の男。
薬師の娘。
華奢な女。
(俺には関係ない)
それでも、荷馬車が門を抜けて道を曲がると、気になって後を追っていた。
都市を出て数時間。
風に草木が揺れて、遠くから羊の鳴き声が聞こえる。
フミは風上へ回り、距離を取って一行を追った。
街道には麦畑が広がり、見晴らしが良い。
フミは道を外れた草陰を歩き、荷の影が伸びるときだけ距離を詰めた。
狩人がふと、後方を振り返った。
「どうしたの?」
女の声が、風に乗って届く。
「いや……なにか気配がしてな」
女も後ろを見る。
フミは茂みに身を隠していた。
◇
日が傾き始めたころ、 商隊は街道を外れた。
「今日はここで野営にしよう」
隊長ナルセスの声に、荷馬車が次々と止まる。
低い丘の陰に石壁と炉跡があり、少し下がれば細い小川が流れていた。
馬に水を飲ませることも、飲み水を煮沸して蓄えることもできる。
夕飯の時間になった。焚火の上で吊るした大鍋から椀に取り分ける。
煮物は塩漬け肉の旨味、玉ねぎの甘みが広がり、後にはタイムの香りがふっと残る。
少し崩れている豆がまろやかで、硬い麦パンを浸して食べるとよく合った。
「ミカちゃん、おいしい?」
ニコラオスの娘アンナが覗き込むように聞いた。
「うん……!よく煮込まれていておいしいよ」
「ミカちゃん、たくさん食べるんだぞ。旅は腹が減るからな」
ニコラオスもご満悦だ。
「ニコラオスさん、娘さんが増えたようですな!」
隊長ナルセスが声を上げると、周囲から笑い声が上がった。
「ほっほっほ、そう言われると悪い気はせんな」
ニコラオスは豪快に笑った。
◇
野営地から離れた丘の上。
澄んだ夜空の月が、静かに丘を照らしていた。
フミは枯草の上で頬ずえをついて、ぼんやりと商隊の焚火を眺めていた。
懐から硬いパンを取り出して、一口かじる。
風に乗って届く、笑い声と料理の匂い。
焚火の光が、なぜか温かく見えた。
(……明日も、ついていくのか?)
答えは、まだ出なかった。




