第四話 光と闇、最初の決着
壁を背にした商隊を、大型の異形が襲った。
正面からきた異形に、盾隊とフミが応戦しているとき――
荷馬車の列の先頭に、森から回り込んだ巨体が現れる。
そこにはユウがいた。
矢を通さない筋肉、そしてあまりに大きい体。
武術は人と戦うために練り上げられたものだ。化け物を相手にするためのものではない。
――しかし、構わない。効かないなら、効くまで叩けばいい。
「ブォォォォ!」
異形が叫びながら、大きな拳を振り下ろす。
一瞬、直撃したかのように見えたが、異形の拳は地面を叩いた。
ユウはわずかに身をずらしていた。
異形が続けて、両腕を大きく振りかぶった――
その瞬間、ユウが踏み込んだ。
空間を切り取ったかのように距離が埋まり、丹田の奥に、熱くほのかに光る何かが灯る。
そして、淡く光を宿したユウの拳が放たれる。
拳は異形の腹に深くめり込み、光が背中近くまで走った。
「グ……ォ……」
巨体がゆっくりと傾き、倒れる。
ユウは側面に回り込み、静かに残心の構えを取った。
ユウは、自分の拳を見つめる。
「……今のは」
◇
同じころ――荷馬車の列の後方に、もう一体が近づいていた。
丸太ほどもある太い枝を持っている。
カレンは後方を守っていた。
怖い……。
私は戦えるのか?
それでも、荷馬車にはシンと、ミカが乗っていた。
通すわけにはいかない。
異形が丸太ほどもある太い枝をカレンめがけて振り下ろした。
左手で盾を構えたカレンの足腰が、深く沈み込む。
腹の辺りから全身に、力が駆け巡る!
ドォン――!
凄まじい衝撃。
だがカレンは倒れなかった。
盾の表面に、淡い光が浮かぶ。
関節と筋肉を守るように、温かい何かが包んでいた。
バキンッ!
次の瞬間、異形が握っていた木が折れた。
「はあぁっ!」
カレンは、思い切り樫の棒を振り抜く。
空間ごと削り取るかのように、棒は異形の横腹をえぐった。
「グァ……」
黒い結晶が舞い、巨体が音を立てて倒れる。
カレンは荒い息をつきながら、盾を見た。
薄く残っていた光が、ゆっくりと消えていった。
◇
荷馬車の外からは怒号と、地を揺るがすような音が響いている。
「ミカ、すまない。……ありがとう」
シンを治癒していたミカに、強い疲労の表情が浮かんでいた。
シンはゆっくり立ち上がる。
頭の隅にあった違和感が、徐々に強まっていた。
近くに、何かがいる。
「ミカ、ここにいると危険だ。ニコラオスさんと合流するんだ」
「だめだよ。一人にはしておけない」
「おれは大丈夫だ。……約束だ」
迷いながらも、ミカは頷く。
そして、荷馬車を降りた。
シンは腰元のナイフを二本抜く。
振り返ると、影から溶け出すように人影が現れた。
纏った闇。漏れた瘴気。そして、赤く染まった目。
「ルイス……!」
音も気配もなく現れる、この男は危険すぎた。
「よく分かったね。……この間の続きだ。死んでもらう」
ナイフと小盾を構え、ルイスは音もなく踏み込む。
小盾で刃を防ぎ、ときには盾そのものを打ちつけてきた。
攻防一体。
ナイフと合わせた流れるような攻撃を、シンはかろうじて受け流した。
「なぜ俺を狙う?」
「どのみち死ぬ君が知っても仕方ないけど……。
君が付けているルミナのクリスタルが欲しかった」
再び白刃が走る。
「けれど、君も仲間も、ルミナの覚醒の種を宿してしまったようだから……。
全員、始末されることになるだろう」
「ルミナの覚醒……全員を始末だと……?」
ルイスが再び斬りこんだ。
反応が遅れ、守勢に回った。
シンの背中の傷がわずかに開き、呼吸が乱れる。
「ふふ……。君はイシヒアの出身だったね?」
「それがどうした」
ルイスの口元がわずかに歪んだ。
「その珍しい形をしたナイフ。あの男と同じだ」
「あの男?」
「影に潜んで、背後から刺したよ」
シンの呼吸が止まった。
「何だと?」
「倒れながら、何か言っていたな」
ルイスは記憶を探るように目を細める。
「……シン。と」
背中から斬られ、地面に伏していた父の姿が蘇る。
ナイフを握る指に、激しい力が入った。
「貴様……!」
踏み込もうとした瞬間――父の声が、頭の奥で響いた。
『焦るな。獲物より先に、自分の心を静めろ』
足が止まる。
白刃を受け流しながら、必死に呼吸を鎮めた。
ルイスの切り込みを受け流す。
『獲物を見るな。動く先を見ろ』
父の言葉が、重ねて響いた。
極限の中で、世界の動きが遅くなったように感じた。
呼吸、足音、刃の角度。
次の動作が見えた――喉元への突き。
ルイスが動きだすより僅かに先に、シンは動いた。
握った刃に、淡い光がにじむように宿る。
突きの軌道を外して踏み込み――
白く光る切っ先が、ルイスの首から胸にかけて奔る。
「ばかな……。先に動いて、合わせるだと……」
ルイスは、荷馬車の床に倒れた。
「ふふ……。残念だが、ルミナの力でも……。闇はもう止められない……」
裂かれた傷から黒い結晶が宙に舞いはじめた。
「おい……。俺たちの故郷を襲った理由は、俺の持つペンダントを狙ってか?」
「それだけ、ではないがな……。」
言い残し、ルイスは大きく吐血をした。
その姿は徐々に、霧散して消えていった。
「父さん……」
張りつめていた力が抜ける。
膝が崩れた。
シンはナイフを握ったまま、意識を失って倒れた。
◇
離れた木の枝で、鳥の姿をした異形が戦いの終わりを見ていた。
やがて静かに翼を広げ、どこかへ飛び去っていく。
その瞳には、冷たい知性が宿っていた。
そして、誰もまだ知らない。
この日を境に、彼らの運命が大きく動き出していくことを。




