第三話 追手
シンが凶刃に倒れた。
――その翌朝。
建物の壁に背中を預けて、フミは腰をおろしていた。
視線の先で、棒と布で作った担架が揺れている。
ゆっくりと荷馬車に運ばれているシン。
その傍らにはミカが付き添っていた。
「足音もなく背後に現れた」
意識が戻ったシンの言葉。
「気配も音もなく現れる? ……怖すぎるだろ……気が休まらねえ」
ぶるりと肩を震わせる。
そして、昨日感じた、光が身に宿った感覚。
あれは幻想だったのだろうか?
「分からねえな」
ふと気づくと、視界の端で小さな鳥がこちらを見ていた。
「なんだよ」
「キュン」
返事が返ってきた。
「食いもんは持ってねーぞ」
フミが腰を上げた瞬間――
ぱたぱた……
軽い羽音がして、肩に僅かな重みが乗った。
ゆっくり肩を見ると、鳥がクリクリした目でこちらを見ている。
「……うわっ!?」
振り払おうと手を上げた。
だが、鳥は逃げようとしなかった。
その瞳は、どこか意思を持っているように見えた。
◇
商隊は村を離れて、森の道を進んでいた。
左手には森が広がり、右手には切り立った石の壁が続いている。
道を進むほどに、森は深くなっていく。
「俺は森を歩くよ」
「フミ、すまんな……」
ニコラウスが声を掛ける。
「いいって、飯を食わせて貰っているんだ。これくらいはさ」
そう言って森へと歩み出る。
「……怖えけど」
ぼそっと、独り言をのこして、薄暗い森に足を踏み入れた。
◇
歩くほどに森の奥は、さらに深くなっていく。
「お前、本当に逃げないんだな」
気を紛らわすように鳥を見た。
すると、それまで毛づくろいをしていた鳥が、動きを止めた。
「ピッ?」
首をかしげる。
時折、左の森の奥に首が動く。
「……ん?」
ぱたぱたと翼を羽ばたかせて飛び立ち、森の奥――街道の逆側に飛んでいった。
「なんか、おかしな動きだったな」
しばらく森を見つめていた、そのとき――
不意に、頭の中へ自分のものではない景色が流れ込んできた。
通り過ぎる木々の梢、流れていく森の地面。
景色が先へ進んでいく。
「なんだ……これ」
その時――
別の景色が、木々の切れ間に、大きな黒い影を映した。
一体ではない。
枝を払いのけ、こちらに向かってきている。
「何が起きている?」
分からない。
だがフミの耳に、微かに地鳴りのような音が聞こえてきた。
ドン…… ドン…… ドン……
徐々に大きくなる。
遠くから、確かに何かが迫ってくる。
「なにか、やべえ!」
指を口元へ運ぶ。
ピィィ――ッ!
「警戒!左!」
叫んだ。
◇
「左を警戒!馬車を右の壁に寄せろ!」
隊長の号令が飛ぶ。
盾兵たちが馬車の左へ出て列を組み、その背後から弓兵と弩兵が武器を構えた。
地響きのような音が迫ってくる。
密集した木の幹、大きな枝と垂れ下がる葉、腰ほどまである茂み。
視界が悪い。
――ガサッ。
森の奥で、茂みが大きく揺れた。
低い枝が押し退けられ、暗がりの中から、黒い巨体がぬっと姿を現す。
一体。
別の木陰から、もう二体。
黒い体から瘴気が漏れ、首から背中にかけて異様に盛り上がっている。
大きく裂けた口から、黒ずんだ牙が覗いていた。
「でかい……」
隊員が呟く。
「撃て!」
号令が響き放たれた矢が、異形に打ち込まれる。
だが硬い筋肉に阻まれ、深くは刺さらない。
「ブォォォォ!」
異形たちは地を鳴らすような雄叫びを上げた。
異形の一体が、盾隊の方に走り出す。
巨体に反して速い……!
ドンッ――!
鈍い音が森に響く。
「な……っ」
隊員が1人、靴で土を削り耐えようとするも、盾ごと荷馬車に吹き飛ばされた。
木に登ったフミが、異形たちの後方から叫ぶ。
「一匹は正面から、二匹は左右に回り込もうとしてるぞ!」
フミは投石用の紐に石を仕掛けて振り回した。
「オラァァァ!」
放たれた石が異形の背中に当たる。
「グオォ!」
異形はフミのいる森のほうに振り返り、腕を振り回して枝を薙いだ。
「やべえ!」
慌てて木に身を潜める。
(効かねえのか?..ダメなのか)
猪に襲われ、足がすくんで動けなかった記憶が頭をよぎる。
あの時の悔しさも。
『最後は気合だ。でかい奴を前にしても、武器を持っていても、自分を信じることだ』
不意に、ユウの言葉が胸によみがえった。
異形が再び、荷馬車の方を向き歩き出す。
列を立て直そうとしている盾兵たち。アンナやニコラオスの姿が見える。
「やらせねえ!」
『諦めない』
そう決めた想いに応えるかのように、フミの全身を何かが駆け抜けた。
石を振り回す肩に、何か温かいものが巻かれている感覚。
振り回す石はさらに早く回転する。
腹の奥から熱い力が込み上げた。
腕へ。
指先へ。
そして――
回転する石の表面に、淡い光が宿る。
「シィッ!」
石はとてつもない速さで放たれた。
ドン!
異形の頭を石が貫いた。
巨体が一歩、二歩とよろめき――
そのまま地響きを立てて崩れ落ちた。
「……は?」
フミは、放ったばかりの自分の右手を見つめた。
◇
そのころ――
鬱蒼とした森から、戦闘を見る別の影があった。




