5章 第3話 武術の町3
狩人のシン、薬師のミカ、華奢だが力強いカレン。
三人は王都に向かう。
村を襲った災いの正体を明らかにするために。
解放奴隷の拳闘士ユウ。
盗賊団で育ったフミ。
それぞれの運命が交わり、物語は新たに動き始めた。
◇ ◇ ◇
商隊の主人ニコラオスとシンたちは、試合場に着いた。
「おーいシン!」
丈の長い服を纏ったフミが手を振っている。
どうやら、先に着いていたらしい。
踏み固められた土を、縄が四角く区切ってある。
試合が近づくにつれ、人々の熱気と緊張感が高まり、空気が変わってきた。
◇
試合場に四人の出場者が並んだ。
僧侶が一歩前へ出る。
「短剣使いのルイス。
拳闘士のユウ。
そして町の護衛隊からは——
棒術のユリウス。
長剣使いのロイ !
……かつてこの街を守りし、聖アウレリウスにこの試合を捧げる!」
厳かな宣誓の後、いよいよ奉納試合が始まる。
◇
「第一試合——ルイスとユリウス!」
残った二人が、 中央に進んだ。
「……やだなあ、強そうだ」
ルイスは16歳ほどだろうか。あどけなさの残る顔に、困ったような笑みを浮かべた。
右手には短剣、左手には小盾を持っている。
「悪いが、負けるわけにはいかなくてな」
向かい合うユリウスは落ち着いていた。
「はじめ!」
合図が響いた。
木剣と棒といえど、まともに当たれば大怪我は避けられない。
観客にも緊張が走る。
機先を制したのは、ユリウスだった。
三発——連続した鋭い突きがルイスを襲う。
ルイスは小盾でいなし、上体の動きと足さばきで避け、三撃目は後ろに跳んで躱した。
再び間合いが離れる。
「おいおい、速えな」
「うん……。速いな」
頬を上気させながら話すフミに、ユウは短く答えた。
再び距離が詰まる。
ルイスは小盾で棒の先を下に抑えつつ、一気に踏み込んだ。
——ルイスの攻撃が届く。
観客がそう思った瞬間だった。
ユリウスは前足を後ろに退いた。
構えが左右入れ替わる。
同時に、抑えられた棒の逆側が、低く弧を描いた。
「っ!」
足を払われ、ルイスの体は地面に落ちた——
次の瞬間、その顔の前で棒が止まった。
「そこまで!」
僧侶が腕を上げる。
「勝者、ユリウス!」
歓声が沸き起こった。
「いや……。すごいっすね、やられました」
土を払いながら、ルイスが笑う。
「おまえこそ、なかなかの速さだった」
ユリウスが手を差し伸べた。
◇
「第二試合――ロイ、ユウ!」
二人が試合場へ進み出る。
「ユウといったか……。恨みはないが、ケガは覚悟してくれ」
剣士ロイの冷静な口調の中に、覚悟が感じられた。
「お互い様だ」
ユウも静かに答えた。
試合場の外で、シンがフミに伝えた。
「ユウをよく見ておけ。きっと、お前の参考になる」
「ふーん」
そう言いながらも、フミの目は試合場から離れていなかった。
「はじめ!」
二人は構え合った。
一歩踏み込むと剣が当たる距離——まだ遠い。
剣の切先は、ユウの喉元へ向けられていた。
お互いに、足の指先で、少しずつ間合いを詰めていた。
いつの間にか——剣を振れば届く間合いへ入っていた。
それでも 、ユウは退かない。
「シィィッ!!」
裂帛の気合いを発して、ロイは踏み込み、凄まじい突きを放った。
剣が頭をすり抜けたように見えたが——
ユウは僅かな動きで突きを横にかわしていた。
そのまま剣は横なぎに変化した。
ユウは上体を沈めて僅かに躱す。
ロイはすぐさま剣を肩口へ戻し、上からの切り落とした。
まともに受ければ 、そのまま押し切られかねない。
しかし、ロイが動き出した直後に、ユウも踏み込んでいた。
次の瞬間——
まだ振り切られていない剣は小手で軌道を逸らされ、
ユウの逆の拳はロイの眼前で止まっていた。
試合場が静まり返った。
「しょ、勝者、ユウ!」
遅れて、大きなどよめきが起こった。
ロイは大きく息を吐いた。
「ふう……。あんた、強いな」
「おまえこそ。紙一重の勝負だった」
手を握り称え合う二人に、大きな拍手が送られた。
◇
奉納試合が終わると、張り詰めていた空気は一変した。
試合場の周りへ長い木卓が運び込まれ、 地元の料理が並べられた。
パチパチと音を立てる炭火の上で、豚肉や羊肉が焼かれた。
脂が炭へ落ちるたびに炎が上がり、香ばしい匂いが広がる。
ローズマリーやオレガノが擦り込まれた肉は、噛むほどに肉汁が口に広がる。
普段は水で薄めて飲まれる葡萄酒も、祭りが進むにつれて次第に濃くなっていた。
「いや、あん時のロイの突きが入っていたらよぉ!」
「いやいや、 ユウの一気に距離をつぶした踏み込みを見たか?」
すでに飲んでいた者も多く、かなりできあがっている。
(外で大勢で食べる飯は、どこか違った味に感じるもんだな……)
肉を頬張るフミに、カレンが皿を差し出した。
「フミ、この野菜もおいしいよ 」
キャベツとカブの焼き物には、魚醤とオリーブオイルがかけられている。
野菜の甘さに塩味とうま味が加わり、後からハーブの香りが広がった。
今度はアンナがやってきた。
蜂蜜をかけた果物と、焼き菓子の皿を手にしている。
「ほら、フミ君、これも食べて!
今日は女子会なんだから……ね」
隣にいるミカとにっこり笑顔を交わした。
「誰が女子じゃ!」
丈の長い服を着たまま、フミが声を上げた。
「うん、かわいい」
護衛兵のソフィアも、微笑みながらその様子を見守っていた。
◇
短刀使いのルイスは、シンやニコラオスと同じ卓についていた。
「王都で闘士を集めているって聞きまして。
王都に向かう道中だったんですよ」
ルイスが屈託なく笑った。
「なかなかの腕前じゃったぞ。あの動きは速かった。
なあ、シン君」
上機嫌のニコラオスが杯を傾ける。
「ええ、かなりのものです」
シンも短く頷いた。
「はは、僕の村には小さな道場がありまして。小さいころから父にしごかれました。
今日は負けちゃいましたが」
ルイスは笑う。
その言葉に、シンは少しだけ自分の幼い頃を思い出した。
父に弓を教わった日。
何度失敗しても、繰り返し型を教えてくれた父の姿。
シンは父から譲り受けたペンダントを胸元から取り出し眺めた。
石の内部には、細かな筋が規則正しく幾重にも走っている。
枝分かれした線は円や菱形を描く。
あまり見ないその模様を、祭りの灯りが浮かび上がらせていた。
◇
祭りの宴は日が落ちても続いていた。
喧騒から少し外れた木陰で、ユウは杯を置いていた。
「――少し、話、いいか」
背後から声がした。
振り返ると、フミが立っていた。
焚火の遠い灯りが、彼の顔を橙色に照らしている。




