5章 第2話 武術の町2
狩人のシン、薬師のミカ、華奢だが力強いカレン。
三人は王都に向かう。
村を襲った災いの正体を明らかにするために。
解放奴隷の拳闘士ユウ。
盗賊団で育ったフミ。
それぞれの運命が交わり、物語は新たに動き始めた。
彼らは商隊の護衛として王都に同行していた。
商隊の主人:ニコラオス
アンナ:ニコラオスの娘
護衛隊長:ナルセス
護衛隊員:ソフィア、マルコス
◇ ◇ ◇
空が白み始めた頃。
宿の中庭にユウの姿があった。
立っているだけの様に見えるが、膝は柔らかく曲がり、体から無駄な力が抜けていた。
深い呼吸によって、重心が下がっている。
どのくらい、その姿勢を保っていたのだろう。
フンッ!
突如、静寂を切り裂くように——
鋭い呼吸と共に、とてつもない速さで踏み込み、突きを放った。
そのまま側面に移動して、ひと呼吸で三発の突きを放つ。
小半時が過ぎた頃——
ユウの体からは白い湯気が立ち昇っていた。
「ずいぶん早くから稽古をしているな」
振り向くとシンが立っていた。
「ああ……。今日は試合があるからな。鈍った体を起こしていた」
「相手は道場仕込みの木剣と棒術か。対策は考えてあるのか?」
「楽な相手ではないだろう。対策は……己の身体に従うまでだな」
「お前らしいな」
朝焼けの光が静かに中庭を照らしていた。
◇
目の前のテーブルに並ぶ朝餉を、フミは見つめた。
香ばしい焼き立ての麦パンにチーズ、ハーブと塩、オリーブオイルをまとった茹で卵、そして旨味の詰まった野菜の煮込み。
(焼き立てのパンなんて、初めて食ったな…)
「フミ、オリーブオイルにパンをつけてもおいしいよ」
ミカを真似して、ゆで卵の皿に残ったオリーブオイルをパンにつけて食べる。
パンの焼けた香りと酵母の酸味に、オリーブオイルのふくよかなうま味と、ハーブの香りが加わる。
「まあまだな」
フミはがつがつとパンを平らげた。
◇
食後に、旅で埃を重ねた服を洗濯に出すことになった。
フミには着替えが無い。
「こんなもん着るのかよ……女物じゃねえの?」
フミに渡された服は麻色の丈の長い着物だった。
「服が乾くまで我慢してね」
服を洗濯している間、アンナの服を借りることになったのだ。
「ほっほっほっ。アンナ、今日はフミ君の着物も買っておあげ。
フミ君、祭りでは女装や男装をする風習があるから、平気じゃよ」
「そういう問題???」
思わずニコラオスにつっこむフミであった。
◇
フミ、ミカ、カレン、アンナ、ソフィアの五人は、一足早く街頭に出た。
「これ、かわいい。似合うかも」
アンナはフミの体に合わせるように、リボンのついた服を広げる。
「似合うわけねーだろ!」
「アンナお嬢様、かわいいですけど……くっ」
俯いたソフィアの肩が小刻みに震えた。
「似合ってるよ、フミくん」
ミカがいたずらっぽく微笑んでアンナを見た。
「かわいいわね」
カレンが柔らかく笑顔を返した。
「きー!真面目に選べ!」
フミの声が街頭に響いた。
◇
そのころ、シンはニコラオス、護衛隊と街中を歩いていた。
ずらりと並ぶテントの屋台。
羊毛、織物、陶器、家畜、ワインやオリーブオイルが取引されている。
食べ物の屋台も豊富だ。温めたパン、焼いた魚、香草をまぶした肉。
辺りは香ばしい炭の匂いに、葡萄酒の香りが漂っていた。
普段は慎み深い生活を送る民衆が、ワインを浴びるように飲み、肉を頬張る風景がそこにあった。
「かなり盛り上がっているのう」
ニコラオスが、葡萄酒の壺を囲む男たちを見て笑った。
「祭りの日ですからね」
護衛隊長ナルセスは豪快に笑いながらも、行きかう人々に目配りを欠かさない。
「あれは何ですか?」
騎兵のマルコスが人垣を指さした。
広場の一角の土が踏み固められていた。
そこを囲う様に杭が打たれ、間に縄が張られている。
「奉納試合の会場じゃよ」
ニコラオスが目を細めた。
まだ試合は始まっていない。
それでも周囲には、すでに場所を取ろうとする人々が集まり始めていた。




