5章 第1話 武術の町1
狩人のシン、薬師のミカ、華奢だが力強いカレン。
三人は王都に向かう。
村を襲った災いの正体を明らかにするために。
解放奴隷の拳闘士ユウ。
盗賊団で育ったフミ。
それぞれの運命が交わり、物語は新たに動き始めた。
◇◇◇
木々の間から、遠くに教会の屋根と町の壁が見えてきた。
複数の街道が交わる街、プロポリスだ。
森が浅くなるにつれ、道の両側には切り株が増えていく。
早春の麦畑は淡い緑が彩り、果樹には花が咲き始めていた。
遠くからは羊の鳴き声が聴こえる。
フミは目を細めた。
「壁まであるのか。ずいぶん大きな町だな」
「複数の街道が交わる場所だからの」
ニコラオスが荷馬車から顔を出した。
「明日はちょうど祭りがあるそうじゃよ」
アンナが弾んだ声で付け加える。
「お祭り?」
「食べ物の店もたくさん出るぞ。ほっほっほっ」
「楽しみだね、フミ君」
カレンが微笑んだ。
◇
正午を過ぎたころ、商隊は町の門をくぐった。
宿で馬を休ませ、荷馬車の車輪と車軸を調べる。
「よし、終わったら風呂に行くぞ」
ナルセスの声に、隊員の歓喜の声が上がった。
「ようやく旅の埃が落とせるな」
ユウに声をかけられ、シンの頬はわずかに緩んだ。
◇
祭りの前日ということもあり、浴場は混み合っていた。
石造りの脱衣室には衣服や履物が並ぶ。
「財布はここに置いていくのかよ」
不安そうなフミに、ユウが短く言った。
「交代で見張り番を立てているぞ。問題ない」
奥の扉から白い湯気が漏れている。その先は身体を熱でほぐす、温室になっていた。
シン、フミ、ユウの三人は、一番奥にある熱湯室に入った。
床下から上がる蒸気と、小さな浴槽が目に入る。
先に使っていたナルセスが大きな手を振った。
「おう、こっちだ! 三人くらいなら入れるぞ!」
「どう見ても二人分くらいしか空いていねえぞ」
「細かいところは気にするな!」
豪快な笑い声に、フミは半ば呆れながらも浴槽に足を入れた。
「あちい」
湯に沈んだ肩がほどけていく。
(……ちゃんとした風呂に入るのは初めてだな……。
俺がこんな場所にいるなんてな )
「……こういうのも、悪くねえな」
フミは思わず言葉を漏らした。
シンの短い返事が、湯気の奥で静かに響いた。
「ああ、気持ちがいいな」
その声が、なぜか胸の奥に残った。
ユウも少し頬を緩めて頷いた。
◇
黄昏が訪れる頃、宿屋の中庭に長卓が置かれた。
川魚の炭火焼き、ひよこ豆と春野菜の煮込み、オリーブと蕪の酢漬け、干しイチジク。
大きな陶器に入った葡萄酒が並ぶ。
「皆の頑張りに乾杯じゃ!」
ニコラオスの発声から、晩餐が始まった。
「パンが柔らけえな」
フミが頬張ると、カレンが微笑む。
「今朝焼いたのかな、街に戻った感じがするね」
「柔らかい……」
魚をひと口食べたミカが、少し目を丸くした。
お腹に詰められたハーブと、炭の香り。
表面に塗られたオリーブオイルが、淡白な魚の身に、まろやかさを加えていた。
「朝まで川を泳いでいた魚じゃからのう。少し酢を入れると、香りが合うぞ」
ニコラオスはそう言って、葡萄酒の酢を数滴落とした。
ガツガツ......!
フミとユウは二匹目を頬張っている。
「魚の骨に気を付けてね」
ミカは心配そうに声をかける。
「俺は大丈夫だ。フミは平気か?」
ユウに聞かれて、フミは口の中がいっぱいでただ手を振った。
空になりかけた魚の大皿を見て、ニコラオスが魚と葡萄酒を追加で注文した。
「皆、ここまでよく働いてくれた。無事に町へ着けたのは、皆のおかげじゃ」
中庭には、杯の触れ合う音と笑い声が続いていた。
「ところでユウ君。明日の祭りでは武術の奉納試合があるのだが、出場者に欠員が出てしまったらしい」
「奉納試合ですか?」
ニコラオスに声をかけられて、ユウの手が止まった。
「昔から、この町では盗賊に対抗するために武術が盛んでな。
木剣使い、棒術使いが出場するらしい。ユウ君は出場してみたいかね」
「……ええ、身体がなまりそうですので」
ユウは少し口角を上げて答えた。
(……すげえ自信だな)
そう思った瞬間、フミの胸の奥がざわついた。
その感情が羨望なのか悔しさなのか、自身にも分からなかった。
「おお、ユウが出るのか! 祭りが一段と賑やかになるな!」
隊長ナルセスが豪快に叫ぶ。
「うん、では、決まりじゃの。楽しみじゃ」
ニコラオスは目を細めて微笑んだ。




