4章 第3話 少年の決意
狩人のシン、薬師のミカ、華奢だが力強いカレン。
三人は王都に向かう。
村を襲った災いの正体を明らかにするために。
解放奴隷の拳闘士ユウ。
盗賊団で育ったフミ。
それぞれの運命が交わり、物語は新たに動き始める。
◇◇◇
商隊は森を抜け、夕暮れが迫る前に足を止めた。
街道沿に小川が流れていた。
その少し高い所にある平地に、野営地を作る。
反対側には、うっそうと茂った森林があった。
「人や馬の痕跡、それと森側から野営地を見張れそうな場所がないか、探ってくれ」
隊長ナルセスの指示で、フミとシンは森へと向かった。
◇
朽ちた葉が重なった足元からは、土の香りが立ち上がる。
森の奥へ進んでんでいくと……。
大きく地面が掘り返されていた。
「新しいな」
跪いてシンが呟く。
「何だ?」
「猪だろう。それも大きい」
フミが何となく茂みを見渡した時……。
ガサッ!
茂みを割って、大きな猪が飛び出してきた。
シンが避けざまに放った矢が、猪の胴に食い込む。
猪はふらつきながら、今度はフミの方に駆けだした。
(……動けねえ)
走馬灯のように記憶が頭を駆け巡る。
だが――この状況に抗う術は、何ひとつなかった。
「ぎゃぁぁああ!」
森にフミの悲鳴が響いた。
その時――
シンがフミの前に飛び込み、狩猟用の杖を猪に突き立てた。
なおも猪は前進しようとするが、杖の横突起で阻まれる。
地面を揺らしながら、巨体が崩れ落ちた。
◇
五人がかりで、猪を野営地まで運んだ。
8モディオス――100キロを超える巨体だ。
「すげぇ!」
商隊から歓声が起きた。
血抜きされた猪から、夕食用の肉と内臓が手際よく捌かれていく。
肉は小さめに切って、赤ワインと玉ねぎ、水に戻した豆と一緒に鍋に落とされた。
コトコトと煮える音が、野営地に静かに広がっていく。
保存用の肉は薄く切り、塩をすりこんでから燻す。
焚火の煙が、夜の空気に溶けていった。
ミカは水辺で、細長い葉を見つけた。
葉を揉むと、葱とニンニクの間のような香りが立った。
「これ、使えそうね」
ワイルドガーリックを洗って刻み、猪鍋に入れる。
◇
焚火のぱちぱちという音が響く。
大鍋から立ち昇る湯気が、冷え始めた夜の川辺を白く染めた。
「そろそろだな、器を出せ!」
大鍋の蓋を開けると、歓声が上がった。
野性味のある肉の匂いと、脂の乗った煮汁のうま味。
玉ねぎの甘みとワインの酸味が絡み、ワイルドガーリックが獣臭さをうまく消していた。
旅で疲れた体に、熱いスープが深く染みていく。
「ほっほっほっ。シン君の狩りの腕は素晴らしいのう」
ニコラオスが頬を緩める。
「いえ……たまたまです」
「ハッハッハッ! フミも命拾いしたんじゃないか?」
隊長ナルセスが豪快に笑う。
「いや……俺は猪を避けて、隙ができたところに一発食らわせようとしてだな」
「ぎゃあああって、フミの声が聞こえてきたけどね」
ミカがからかうように微笑む。
どっと笑い声が起きた。
「うるせんだよ、ガキィイイ……! くっそう」
猪の前で何もできなかった自分が悔しかった。
(守られっぱなしじゃ、いられねえ)
「……俺も鍛えてやる! シン、稽古つけてくれよな!」
「ああ……食い終わったらな」
シンは、ほんの少しだけ頬を緩めて答えた。
◇
食後――
二人は少し離れた場所に移動した。
夜の風が涼しくなっている。
森の入口に近い、わずかに光の残る場所で、
訓練用の短刀を握って対峙する。
フミが切りかかる。
盗賊団仕込みの短刀術だが、なかなか形になっていた。
「いいぞ。重心の移動と、下半身と上半身の動きが連動している」
「どうよ!」
「だが、攻撃に移る時の動作が大きい」
シンは流れるような足さばきで、短刀をかわしていく。
「くっそう! おらぁああ!」
ムキになってフミが切りかかろうとした瞬間――
いつの間にか踏み込んでいたシンの短刀が、フミの首筋にあった。
仕切り直す。
フミが袈裟切りから刺突を繰り出した。
「投石と一緒だ。無駄に力むな」
――次の瞬間、紙一重で短刀を避けていたシンが、一転してフミに袈裟切りを落とした。
重い一撃に、受け止めたフミの短刀が弾き飛ばされた。
「フミ、力で勝る相手の攻撃は、まともに受け止めるな。避けるか、逸らすんだ」
「くそっ! もう一度!」
まるで、かつての自分と重なるようで、シンはどこか懐かしさを感じていた。
弾き返されながらも、何度も父に打ちかかっていた。
◇
半時後――
「くっそ! シン、明日も稽古してくれよな!」
肩を上下させ、息も絶え絶えにフミが叫んだ。
「望むところだ」
シンの表情は、どこか柔らかく見えた。




