第三話 涙
殺気めいた空気と、盗賊の蹄の音は森の奥へ消えて、静寂が戻った。
商隊は見張りを置き、ひと時の休憩に入る。
◇
麦パン、硬いチーズ、干し肉。それに干しイチジク二つ がフミに手渡された。
「これ......食っていいのかよ。」
フミは少し戸惑った。
「ああ、君へのささやかなお礼だ。遠慮はいらん、食べてくれ」
ニコラオスが穏やかに言う。
フミは水を一口飲み、干し肉を噛んだ。
チーズとパンをがつがつと平らげる。
そして、イチジクを噛んだ瞬間。
甘い汁に、思わず息を止めた。
「……甘い」
思わず声が漏れた。
食事は、これまで食べてきた“生き延びるための食事”では無かった。
”誰かが自分のために用意してくれた食事”だった。
「ときに、どうして森を歩いていたのかね」
ニコラオスが尋ねる。
「ああ.......森を歩くのが好きなだけだ」
フミは視線を逸らす。
「親御さんはどちらにおられるのかな?」
「親はいねえ」
「そうか……」
カレンが笑顔で言った。
「フミ君は森に隠れるのが上手いのよね」
「うん......。なかなかのものだ」
シンは目を細めた。
隊長ナルセスが口を開く。
「君が知らせたおかげで、後方の賊に早く対応ができた。
斥候が不足していてな。
賊に石も投げていたと聞いた。
やるじゃないか」
フミは少しだけ俯いた。
褒められることに慣れていない。
「うむ.......。どうかな、行く方向が一緒なら、わし等と一緒に行動するかね。
まだ、あの賊共もうろついているかもしれん」
ニコラオスの提案に、フミは慌てて返した。
「俺は盗賊のなかで育ったんだ。荷馬車の品を盗っちまうかもしれねえよ」
(言っちまった。――俺は何てことを。気が緩んだか?)
フミの背中に冷たいものが走る。
沈黙が落ちる。
ニコラオスはしばらく考え、静かに言った。
「もし、お金が無くて盗みをしているなら、うちで働いてみるかい?
君は馬車の周囲を見張ってくれればいい。
飯と賃銀はきちんと払う。
盗まなくて済むように、働けばいい」
フミは思わず目を丸くした。
「なんで.....。俺なんかに......」
「君はまだ若い。これから、いくらでも変わっていける。
一緒に行くかね?」
「ああ......。おねがい.......じまず」
フミは視界がぼやけていた。
涙が溢れた。
いつぶりだろう、涙を流したのは。
「かまわんよな....ナルセス、シン君」
ニコラオスが二人を見る。
「ニコラオスさんが決めたことなら! ハッハッハッ!」
豪快にナルセスが笑う。
「ええ......よろしくお願いします」
シンは静かに微笑んだ。
「けっこう泣き虫だったんだね、よろしくね」
ミカが微笑む。
フミは顔を上げようとして、そのまま俯いた。
涙が止まらない。
「ゔるぜえ.....ぐそがぎ......」
声は震えていた。
「ほっほっほっ。よろしくな」
ニコラオスの笑い声が、森に温かく響いた。
◇
商隊は暗くなる前に野営の準備に入った。
焚火がパチパチと音をたてて、黄昏が訪れた景色を明るくした。
「今日はめでたい日じゃ、ワインを開けよう」
ニコラオスの一声で商隊の皆に1杯ずつワインが配られた。
歓喜の声が上がる。
大鍋で煮込んだ夕飯も食べごろだ。
「はい、フミ君。今日は疲れたでしょ」
「……そうでもないけどな」
椀によそった煮込みが、ミカからフミに手渡された。
「うめえな」
思わずフミは呟く。
誰かが肉を取り、誰かがパンをちぎり、笑い声が焚火を囲んでいる。
(大勢で食事をするのは初めてだな。
盗賊団では、回ってくるのはカビの生えかけたパンだけだった)
「フミ!もっと肉を食え!俺よりでかくなれんぞ!」
「そんなにすぐ、でかくならねえよ」
隊長ナルセス、隊員も豪快に笑う。
共に笑い、喜び、分かち合う。
生まれて初めて感じる感覚が何なのか、まだフミには分からなかった。




