第9話:【裏社会の女王の微笑み】
「さあ、みんな。徹夜でお仕事の時間よ。最高にファンシーで、最高に最悪なやつを仕立ててあげるわ」
『鉄血の牙』の脳筋ゴリラどもが下品な高笑いと共に去った直後、私はアトリエの魔導照明を全開にし、エプロンドレスの袖を力強くまくり上げた。
作業台の上には、明日彼らに最優先で納品するはずだった最上位プレイヤー用の高級魔導弾薬と、彼らから強制トレードで預かっていた、あのトゲトゲしい黒鉄のフルプレートアーマーがうず高く積まれている。
「マスター、あいつらの防具、どう弄っちゃうのぉ? わくわくが止まらないんだけどぉ!」
ゴライアス(中身乙ネカマ少女)が、岩のような大きな手をすり合わせながら、興奮で息を荒くして聞いてくる。鉄仮面を外したその顔は、完全に悪いことを企む子供のそれだ。
「そうね。まずはこのトゲトゲした黒鉄の鎧の裏地。ここにある魔力伝導の刺繍を、ほんのちょっとだけ『仕立て直し(リメイク)』しましょうか」
私は初期支給品の『鉄の針』を器用に指先で回し、そこに高濃度の呪詛がこれでもかと編み込まれた『不純物まみれの暗黒魔力糸』を通した。
普通なら防具の性能を著しく低下させるだけの、前線の職人なら誰も見向きもしないゴミ素材(産業廃棄物)。だが、全サーバーで誰も選ばない【カテゴリー:可愛い刺繍】の生産スキルを持つ私が、誰もやらない「嫌がらせ目的の裁縫」にこれを使用すると、システムの裏仕様がとんでもない方向に暴走を始める。
チクチク、トントン、カタカタカタカタ……。
私がフリルやリボンの形を頭の中で思い浮かべながら、黒鉄の鎧の裏地に、外からは絶対に見えない「可愛い隠し百合の刺繍」を電撃的なスピードで施していく。
【クラフト画面:裏地改変・隠し呪詛】
・システム補正:【カテゴリー:可愛い呪いの刺繍】の全サーバー内アクティブ製造数が過去30日間で「1」のため、希少性限界突破補正が強制適用されました。
・追加効果:『開戦後、特定のトリガー(着用者が敵の攻撃を初めて受けた瞬間)で、着用者の物理・魔法防御力を一時的に【ゼロ】にする』
「よし、カンスト。これでこの鎧を着た人は、前線で一発小突かれただけで即死する、ただの『恥ずかしい裏地のついた鉄くず』に早変わりね」
「ひえぇ……相変わらずアイリスちゃんの裁縫スキル、えげつなすぎてガチで引くわ……」
白銀の美形聖騎士ランスロット(中身:OL)が、引きつった笑みを浮かべながら、でも心底楽しそうに感心していた。
「次、ファウスト。彼らに渡す予定の、この大量の魔導弾薬の調合を変えるわよ。化学兵器(可愛いやつ)の時間ね」
「了解。どう弄る? 私、こういう悪ノリ大好き」
黒魔術師ファウスト(中身:女子大生)が、錬金釜の前にすばやくスタンバイし、怪しい紫の炎をパチパチと燃え上がらせる。
「火薬の比率を限界まで落として、代わりに『高濃度発煙草の粉末』と『魔力共鳴粉』を隙間なく詰め込んで。……あ、せっかくだから弾丸のパッケージもすべて、最高にポップでキュートな『サクラピンク』に塗り替えちゃってね」
「ピンクの弾丸……! いいね、戦場でド派手に映えそう!」
ファウストはクスクスと邪悪に笑いながら、釜の中にどピンクの染料と発煙素材、そして共鳴粉を次々と放り込んでいった。
そうして徹夜の作業を経て出来上がったのは、見た目だけは最高にキュートな、しかし中身は**【引き金を引いた瞬間に『プピ〜♪』と間抜けな音が鳴り、周囲にド派手なピンクの視界遮断煙を撒き散らすだけの完全な不発煙幕弾】**。
しかもただの煙幕じゃない。魔力共鳴粉のせいで、この煙を浴びたプレイヤーは、敵国の自動誘導魔法の標的としてシステム上『最優先』で感知されるようになるという、歩く精神的ブラインダー&デバフトラップだ。
「力での殴り合いなんて原始的なことは、前線のゴリラたちにやらせておけばいいのよ」
私は完成したピンクの弾薬箱をコンコンと叩き、ふっと冷酷に、そして美しく微笑んだ。
「レシピを奪いにきて、私の可愛いアトリエの扉を壊した罰よ。明日、世界ランキング一位の座を夢見て意気揚々と前線に立つ彼らに、人生で一番最高に『ファンシーな絶望』を仕立ててあげる」
数時間後、世界大戦の開戦まで残り三時間。
スラムの路地裏に、『鉄血の牙』の物資運送係の男たちが、何も知らずに店へとやってきた。粉々になった扉の跡を見て、彼らは「ハッ、まだ怯えてやがる」と下品に鼻で笑う。
「おい、仕立て屋! 約束の壊れ物資を預かりに来たぞ! レシピの譲渡書は……大戦後に持ってこいだと? チッ、まあいい、この最強の防具と最新弾薬さえあれば、今日の戦争は俺たちの独壇場だからな! 報酬の八割、きっちり用意しておけよ!」
男たちは、サクラピンクに可愛く塗装された大量の弾薬箱と、裏地に可愛い百合の刺繍が施された黒鉄の鎧を抱え、意気揚々と前線へと去っていった。
それを見送る私と、闇ギルド『白百合カルテル』のメンバーたち。
全員が、逆光の中で完全に悪の秘密組織の笑みを浮かべていた。
『ゴーン……ゴーン……』
ゲーム内の空に、世界の終わりを告げるような不気味な開戦の鐘の音が、重々しく響き渡る。
【世界大戦イベント:バラム帝国 vs レグナム王国、開戦まで残り一時間。全プレイヤーは前線へ集結せよ】
「さあみんな、特等席で観戦(女子会)するわよ。私たちの可愛いお洋服と小物が、世界をどうひっくり返すか──しっかり目に焼き付けなさい」
仕立て屋の作業机の上には、淹れたての温かい紅茶と、両国の破滅を約束する可愛いミシンが、静かに佇んでいた。
(第9話・了)




