第8話:【大手戦闘ギルドの脅迫】
全サーバー規模の超大型イベント【国家間全面総力戦(世界大戦)】。その歴史的な開戦まで残り十二時間を切った、まさに嵐の前の静けさ。
スラム街の辺境にある我がアトリエ『メゾン・ド・アイリス』の周囲は、不気味なほどに静まり返っていた。明日の戦場へ送り込まれる予定の、大量の「ピンクの魔導不発弾」や「バグ防御ドレス」の最終仕様チェックを、私はいつになく真剣な目で進めていた。
その時だった。
バガァァァン!!!!!
突如として、店の正面にある可愛らしいパステルピンクの木製扉が、耳を劈くような乱暴な力によって粉々に蹴り破られた。
飛び散る木片と、激しく舞い上がる埃。思わずカウンターの下のベアちゃん(試作二号)の信管に指をかけながら顔を上げると、そこに立っていたのは、ゲーム内でも最大手のガチ廃人戦闘ギルド『鉄血の牙』の幹部たちだった。
総勢十数名。全員が、このゲームの最上位レイドボスを周回しなければ絶対に手に入らない、禍々しいトゲトゲの黒鉄のフルプレートアーマー(言うまでもなく、フリルやリボンなんて可愛い要素は一ミリもない)を身に纏い、見るからに攻撃力の高そうな巨大な大剣や魔導重銃をこれ見よがしに構えている。
その中心に立つ、顔に大きな三日月状の傷のある男──『鉄血の牙』のギルドマスター、ヴォルガが、ドスドスと重い鉄の足音を響かせながらカウンターへと近づいてきた。
ギチィ……と、彼が身の丈ほどもある大剣を、私の目の前のカウンターテーブルに深く突き立てる。木板が割れる嫌な音が店内に響いた。
「おい、新興闇ギルド『白百合カルテル』のマスター。お前が、このおままごとみたいな店の主、アイリスだな?」
「ええ、そうですけど。……ウチの可愛い扉と、このテーブルの修理費、どうしてくれるんですか?」
私が一歩も引かずに冷めきった目で睨みつけると、ヴォルガは下品な濁った笑い声を上げた。
「ハッ、扉一枚と机の傷でガタガタ抜かすな、生産職の小娘が。お前たちのような戦闘力ゼロの有象無象が、裏で両国にバグ染みたひらひら装備を横流しして、国家予算レベルの莫大な金を溜め込んでるって噂は、前線の王者の俺たちの耳にも届いてるんだよ」
ヴォルガはこれ見よがしに身を乗り出し、ギラギラとした醜い欲望の混じった目で、小さな私を見下ろした。
「明日の世界大戦、すべての物資の流通と戦果の利権は、俺たち『鉄血の牙』がすべて力ずくで仕切る。お前が作っているあの『フリル付きの壊れ防具』の製造レシピ、それとこれまで溜め込んだ利益の八割を、今ここで俺たちに譲渡しろ。さもなきゃ──」
彼が指をパチンと鳴らすと、背後に控えていた十数人の部下たちが、一斉に魔導銃の黒い銃口を私に向けてロックオンした。
「明日の開戦を待たずに、このピンクのクソ店ごと、お前をデスペナルティでキャラデリ寸前まで延々とリスキルし続けてやる。いいか? 護衛のゴライアスがいねえ今のお前なんて、ただの動く肉塊だ。生産職の初心者が、前線の絶対王者に逆らえると思うなよ?」
凄まじい威圧感。普通のプレイヤーなら、恐怖でシステムメニューを開いて泣きながら強制ログアウトを選ぶレベルの、ガチ勢による一方的な暴力の脅迫だ。
実は、店の奥の試着室からは、気配を察したゴライアス(中身乙女)やランスロットたちが武器に手をかけ、今にも飛び出してきそうな張り詰めた空気をビンビンに感じる。彼女たちの戦闘力なら、この場のゴリラどもを全員ミンチにするのは造作もない。
だが、私はそれを背手で静かに制した。
力での殴り合い? 前線ガチ勢の暴力?
ハッ、原始的すぎてあくびが出るわ。お洋服の繊維の構造すら理解してなさそうな脳筋どもが、この私を脅そうだなんて、百年早いのよ。
「……なるほど。お話の主旨は、よぉく分かりました」
私はふっと溜め息を吐き、恐怖に怯えるどころか、最高に可憐な、そして最高に悪辣な『裏社会の仕立て屋(商人)』の微笑みを浮かべてみせた。
「明日からの世界大戦、あなたたちが前線の主役になる。そのためには、ウチの可愛いお洋服(壊れ物資)が絶対に必要、というわけですね?」
「ああ、そうだ。分かれば大人しくレシピを──」
「いいですよ」
私はヴォルガの言葉を冷酷に遮り、優雅にピンクゴールドの髪をかき上げた。
「そこまでおっしゃるなら、明日からの大戦、我がギルド特製の『最新型・高火力弾薬』と『無敵の特製鎧』を、他のどのギルドよりも最優先で、大量に納品して差し上げます。もちろん、レシピの譲渡についても、大戦が終わった後に前向きに検討させていただきますね?」
私のあまりにも物分かりが良い──というか、完全に日和ったように見える態度に、ヴォルガは一瞬拍子抜けしたような顔をしたが、すぐに自分が勝ったと確信して勝ち誇ったように鼻で笑った。
「ハッ! 口ほどにもねえ小娘だ! 結局はただの生産職、暴力の恐怖には勝てねえってわけだな! おいお前ら、行くぞ! 明日はこの仕立て屋から奪ったバグ武器を使って、世界ランキング一位の座を俺たちのものにするぞ!」
突き立てていた大剣を引き抜き、下品な高笑いを響かせながら去っていく『鉄血の牙』の男たち。
彼らの足音が店から完全に遠ざかった瞬間、私の顔から一切の笑みが、ミリ単位の残さず消え失せた。
「……マスター! なんであんなクソ男たちの要求を呑むのよぉ! 私があの大斧で全員バラバラの消し炭にしてあげたのにぃ!」
試着室のカーテンを乱暴に開け、飛び出してきたゴライアスが、怒りのあまり地声の重低音で床をドスドスと叩く。
「そうよ、アイリス! あんなトゲトゲしたセンスの欠片もない男たちに、私たちの可愛いレシピを渡すなんて絶対に許せないわ!」
白銀の美形聖騎士ランスロット(中身:OL)も、白銀の剣を握りしめて本気で激怒していた。
「みんな、落ち着いて」
私はアトリエの奥の作業台へ歩き、明日『鉄血の牙』に納品する予定だった、彼ら専用のカスタマイズ物資の箱をドスンと引きずり出した。
「暴力で解決するなんて、ただの野蛮人のすることよ。私たちは、世界の流通とバグ仕様を握る『白百合カルテル』。あんな頭の悪い戦闘職のゴリラたち、わざわざ手を汚して殴り合わなくても──布切れ一枚、弾薬一発の『仕立て直し(リメイク)』で、地獄の底へ叩き落とせるわ」
私は不敵に口角を上げ、ミシンの針をギラリと光らせた。
「明日、彼らに届ける予定の全弾薬と全鎧の仕様を、今からちょっとだけ『お仕立て直し』しちゃいましょうか。人生で一番最高に、ファンシーな絶望を味あわせてあげる」
私のその「裏社会の女王」の顔を見た瞬間、中身が女子の最強の男たちは、「待ってました!」と言わんばかりに、邪悪で最高に楽しげな笑みを浮かべるのだった。
(第8話・了)




