第6話:【仕立て屋の市場独占(モノポリー)】
大規模な世界大戦を、自分たちの手で裏からプロデュースする。
そう口で言うのは簡単だけれど、このゲーム『レグナム・ベラム』に君臨する二大国家──重厚な鉄の軍勢を率いる『バラム帝国』と、高火力の魔導兵器を縦横無尽に操る『レグナム王国』は、どちらも数十万人規模のガチ勢プレイヤーを抱える超巨大組織だ。ただの生産職の小娘が「戦争になーれ、萌え萌えキュン!」と願ったところで、そんな巨大な象たちが動くはずもない。
「じゃあ、どうやって動かすかって話よね、ゴラちゃん」
「そうねぇ、アイリスちゃん。おとこの人って単純だから、おもちゃを目の前で奪い合わせればすぐ喧嘩を始めると思うのぉ」
パステルピンクの廃教会(我が『メゾン・ド・アイリス』)。フリルエプロンを着た二メートルの巨漢大男が、丸太のような指先で器用にミシンの糸通しを手伝いながら、完全に地声の重低音で答える。
「その通り。おもちゃ(利権)を奪い合わせればいいの。……それも、前線で命を懸けてる戦闘廃人たちが、絶対に無視できないレベルの『喉から手が出るほど欲しいおもちゃ』をね」
私は不敵に口角を上げ、空間に『戦争屋』の固有システム画面を展開した。
この不穏な称号が解放されたことで、私の視界にはゲーム内の全サーバー規模の物流の「流れ」と、両国間の「緊張度」がリアルタイムの折れ線グラフとして表示されるようになっている。現在の緊張度は四二%。いわゆる冷戦状態、お互いに牽制し合っている段階だ。
「ランスロット、ファウスト。前線の最新の物流と、プレイヤーたちの不満点の調査報告をお願い」
店内のファンシーなフリルソファーで、新しく作ったクマのぬいぐるみ(※自爆機能付き)を大事そうに抱っこしていた白銀のイケメン聖騎士ランスロット(中身:OL)が、きりっとしたビジネスライクな表情で手帳を開いた。
「はい。現在、前線のガチ戦闘プレイヤーたちの間で、最も深刻な問題は『装備のロストと摩耗』よ。特に、バラム帝国の前線砦では、王国の超長距離魔導砲撃に対抗するための『対魔防具』の生産と供給が完全に追いついてないわ。前線ギルドの連中、みんなデスペナで高級装備を全損するのを恐れてピリピリしてる」
「レグナム王国側も状況は同じよ」
黒魔術師ファウスト(中身:女子大生)が、手元の魔導端末(ゲーム内タブレット)を器用に操作しながら続く。
「帝国軍の物理突撃を耐え切るための『高硬度な物理装甲板』の備蓄が底を突きかけてる。どっちの国も、現在の前線の現状維持だけで手一杯。だからこそ、お互いにこれ以上の大損害(大赤字)を嫌って、全面戦争には踏み切れない膠着状態ね」
なるほどね。要するに、両国とも「勝ち目の薄い大戦争で自分の宝物みたいな高級装備を全ロスト(デスペナ)したくないから、引き籠もっている」。それが現在の冷戦の正体だった。
「前線が求めているのは、絶対に死なない『最強の防具』……。つまり、私の作ったお洋服(チート兵器)ってコトじゃん」
私はニヤリと笑った。
私が【カテゴリー:可愛いもの】のシステムバグ補正(効果五〇〇〇%上昇)で量産しているフリルドレスやタイツ、リボンは、魔法耐性カンスト、物理防御数万という、前線の廃人たちが泣いて欲しがる「絶対にデスペナを回避できる壊れ装備」だ。
「よし。じゃあ、まずは『バラム帝国』の最大手前線ギルドに、私の作った特製の防弾ゴスロリ軍服を、極秘裏に横流し(密売)しましょう」
「えぇっ!? 帝国を勝たせちゃうのぉ? アルテミス様は王国側のエリアにいるのにぃ?」
ゴライアスが驚いて声を上げるが、私は人差し指をチッチッと振って首を振った。
「まさか。それじゃただの三流の武器商人よ。私は『戦争屋』だもの。……いい? 帝国側に最新のゴスロリ防具を大量に売って、一時的に前線のパワーバランスを帝国側にドカンと傾かせるの。そうすると、今まで防戦一方だった帝国軍はどうすると思う?」
ファウストが、ハッと目を見開いた。
「……あ、攻め込む。『これなら絶対に勝てる! デスペナも怖くない!』と思って、王国の領土に狂ったように侵攻を始めるわ」
「その通り。そして、無敵のフリルドレスを来た帝国軍の猛攻を受けて、今度はレグナム王国側が絶望的な敗北の危機、国滅亡の淵に陥ったその瞬間に──」
私は手元にある、サクラピンクのフリルをこれでもかとあしらった、可愛らしい『魔導対物マント』を掲げてみせた。
「今度は王国側に、この帝国の物理突撃を完全無効化するフリルマントを、通常の三倍の、いえ、国家予算レベルのボッタクリ価格で売り捌くのよ」
「「「…………っ!」」」
中身が女子の最強の男たちが、一斉に息を呑む。
片方に武器(可愛い服)を売って戦火を煽り、もう片方がピンチになったら、さらにそれを上回る強力な防具(可愛い小物)を高く売りつける。両国は「次に出てくるあの仕立て屋の新作ひらひら装備を手に入れなければ、国が滅ぶ」という、底なしの恐怖と欲望の螺旋にハメ込まれるのだ。
気がつけば、両国は引くに引けない総力戦の沼に沈み、その全ての軍資金が、我がギルド『白百合カルテル』に津波のように流れ込んでくることになる。
「なんて悪魔的なマッチポンプ……! アイリスちゃん、マジで頭のネジがどこかに消し飛んでて最高に可愛いわ!」
ランスロット(OL)が興奮で顔を上気させ、イケメンアバターの顔で歓喜の悲鳴を上げる。
「暴力での殴り合いなんて、ただの野蛮人のすることよ。私たちは『仕立て屋』なんだから、世界の喉元を可愛い布切れ一枚で締め上げて、スマートに市場を独占しましょう」
私は立ち上がり、アトリエの最高級ミシンに新しい魔力糸をセットした。
「さあ、みんな。作戦開始よ。まずはバラム帝国の前線最大手ギルド『黒鉄の獅子』のギルドマスターに、極秘の商談(脅迫)を持ちかけるわ。ゴラちゃん、案内役(※威圧担当)をお願いね」
「はぁい! お安い御用よぉ、マスター!」
2メートルの大男が、嬉しそうに巨大な漆黒の大斧をブンブンと振り回す。
その日を境に、ゲーム内の空間に浮かぶ緊張度グラフは、信じられない角度で急上昇を始めるのだった。
すべては、あの崖の上の白いドレスの彼女──アルテミス様に貢ぐ、世界一のシルクを手に入れるために。
(第6話・了)




