第4話:【最凶の暗殺者(可愛いもの大好き)】
スラム街の一角にある古びた廃教会を丸ごと買い取り、内装を全力でファンシーなパステルピンクに改造し始めてから一週間が経った。
我が臨時アトリエにして愛すべき城、『メゾン・ド・アイリス』は、はたから見れば完全におかしな活気に満ちあふれていた。
というのも、客層がこの世の終わりみたいな地獄絵図なのだ。
「おい、店主! あの魔法を無効化する『フリル付きの防弾チョッキ』をもう一着くれ!」とか、「昨日の戦場でアイツらが着てた黒いゴスロリ服、まだ在庫あるか!?」と、血まみれ泥まみれになった前線のガチ戦闘職の男たちが、血痕のついた財布を握りしめて連日押し寄せてくる。
おかげで軍資金だけはアホみたいにジャラジャラと溜まっていくけれど、店内の絵面としては完全に世紀末の狂気だ。
私が作りたいのは、あの崖の上で純白のドレスを美しく翻していた、絶世の美女・アルテミス様(※世界ランク1位の戦闘狂。マジ神)に似合う究極のドレスであって、むさ苦しい無骨なおじさんたちの防弾チョッキ(ゴスロリ仕様)ではない。
「はあ……早く『天界シルク』とか『世界樹の魔力糸』みたいな、最高級のレア素材を集めに行きたいな。でも、今の私の戦闘力じゃ、一歩でもこのセーフティエリアから出た瞬間に瞬殺されて全財産ロストだし……」
生産職としてのレベルは上がっても、私の物理的な戦闘ステータスは紙くず同然。
前線の過酷な高難度狩場へ素材を剥ぎ取りに行くには、どうしても、私の盾になってくれる腕の立つ『最強の護衛(猟犬)』が必要不可欠だった。
そんなことを考えながら、ミシンの横で新しい「くまのぬいぐるみ爆弾(※試作二号)」の綿詰めをしていた、その時だった。
ギィィィ……と、店の可愛らしいピンクの木製扉が、不気味な重い音を立てて開いた。
それと同時に、店内で「このフリル、案外着心地がいいな!」とか騒いでいた敗残兵たちの声が、水を打ったようにピタリと止まる。
「──おい、嘘だろ。なんで、なんでアイツがこんなスラムの辺境に……っ」
「ひっ、賞金首リスト第一位……『血塗られた処刑人』……!!」
店内にいた客たちが一瞬で顔を真っ青にさせ、蜘蛛の子を散らすようにして店の壁際へと全力で退避していく。ガタガタと歯の根が合わないほどに震えている者さえいた。
店の入り口にのっそりと現れたのは、そんな彼らの過剰なまでの反応も一瞬で納得してしまうような、文字通りの『化け物』じみた大男だった。
身長は優に二メートルを余裕で超え、全身に纏った漆黒の重鎧には、数々の戦場を潜り抜けてきたことを示す無数の生々しい刀傷が刻まれている。背中には、大人の胴体ほどもある禍々しい漆黒の大斧を背負っていた。
頭上に表示されたプレイヤー名は──『ゴライアス』。
このゲームのサービス開始以来、数々の最大手戦闘ギルドをたった一人で壊滅に追い込んできたとされる、全プレイヤー最恐の暗殺者(物理)だ。
ゴライアスは、重い鉄の足音をズシン、ズシンと床に響かせながら、一直線に私のいるカウンターへと近づいてきた。
踏み出される一歩ごとに、床の木板が悲鳴を上げるようにみしりと軋む。
(げっ、ガチの化け物がきちゃったじゃん……! さすがに今のベアちゃん一匹の爆発力じゃ、この鎧の厚みは削りきれないかも……!?)
私は背中に冷たい汗を大量に流しながら、カウンターの下で『試作型・殲滅のベア』の起動信管に指をかけた。もしここで襲ってくる戦闘狂なら、店ごと大爆破してキャラデータ完全初期化覚悟で道連れにするしかない。
ゴライアスは私の目の前でピタリと足を止め、じっと私を冷酷に見下ろした。
鉄仮面の隙間から覗く、血走った鋭い眼光。
生唾を飲み込む音すら聞こえそうな、心臓の止まるような沈黙が店を支配する。
そして──その最凶の大男は、もじもじと丸太のような太い指先を合わせ、信じられないほど高い、蚊の鳴くような可愛い声でこう呟いた。
「あのぉ……ショーウィンドウにある、あのピンクのリボンのくまちゃん……めちゃくちゃ、可愛いですぉ……」
「…………はい?」
私の口から、素で間抜けな声が漏れた。
壁際に避難していた男たちも、あまりのギャップに一斉にズッコケそうになっている。
「え、あ、あの……今、なんとおっしゃいました?」
「だからぁ!」
ゴライアスは、ガバッと頭の凶悪な鉄仮面を外した。
現れたのは、無骨で傷だらけの、お世辞にも可愛いとは一ミリも言えないむさ苦しい大人の男の顔。しかし、その瞳は少女漫画のように信じられないほど潤んでおり、頬はぽっとピンク色に染まっていた。
「あのくまちゃん、お顔のデザインとリボンの角度が完全に黄金比だなって! 私、この血生臭い世界でずっと、こういう可愛いものを探してたのぉ! どこに行ってもドクロとか返り血のついたおぞましい武器しかなくて、心がカサカサに荒んじゃって……! お願い、あのくまちゃん、私に売ってくれませんかぁ!?」
私は、カウンターの下で引きちぎりそうになっていたベアちゃんの信管から、そっと静かに指を離した。
(あ、なるほど。察したわ。中身……ガチの乙女だこれ)
このゲーム『レグナム・ベラム』は、まともな神経の女子ならログイン一秒で発狂して逃げ出す世紀末戦場ゲームだ。だから彼女は、ゲーム内で男の廃人どもに舐められないよう、キャラメイクで最もゴツくて恐ろしい「最強の大男」の肉体を作ったのだろう。
だが、中身の「可愛いもの大好き精神」までは消せなかった。結果として、最凶の暗殺者の肉体に、純真な乙女の心が宿るという狂ったギャップモンスターが爆誕してしまったのだ。
私は即座に、冷徹な『裏社会の仕立て屋(商人)』の顔を作った。
「いいですよ。ただし……ゴライアスさん。あれは私の魂の自信作ですから、ただのゲーム内通貨じゃ売れません」
「ええぇ!? そんなぁ、金貨ならいくらでも出すのにぃ!」
絶望して今にも大きな体を丸めて泣き出しそうな、巨漢のネカマ少女。そんな彼女に向かって、私は最高に悪魔のような、しかし可憐な微笑みを向けた。
「お金はいりません。その代わり──私の専属ギルドメンバーになって、私がレア素材を狩りに行くときの『最強の護衛』になってくれませんか?」
「え……?」
「私のギルドに入ってくれれば、これから私が作る新作の可愛いぬいぐるみも、フリルのついた最高に可愛いお洋服も、すべてあなたに『一番最初』に見せて、一番安く売ってあげます」
その瞬間、ゴライアスの目が、文字通りキラキラとダイヤモンドのように輝いた。
「やるぅ! 私、アイリスちゃんの奴隷になるぅ! 護衛でも何でもするから、私に可愛いお洋服いっぱいちょうだい!」
「ふふ、交渉成立ね。歓迎するわ、我がギルドへ」
ガシィィィン! と、私の小さな手と、彼女の岩のような巨手で堅い握手が交わされる。
その様子を遠巻きに見ていた敗残兵の客たちは、ガタガタと震えながら、恐怖に満ちた引きつった声を漏らしていた。
「おい、見たかよ……あの『戦争屋の仕立て屋』、あの最凶の処刑人を、一瞬の言葉巧みな洗脳で完全に籠絡しやがった……」
「カネじゃなく『可愛い』という謎の精神支配で縛り付け、完全に自分の飼い犬にしやがったぞ……。なんて恐ろしい小娘だ……!」
いや、ただの女子トークなんだけど。
こうして、外から見れば『最凶の猟犬を従える、冷徹な裏社会の女王』。
その実態は『可愛いぬいぐるみに目が眩んだネカマ女子と、その欲望に漬け込む店主』という、あまりにも周囲の勘違いに満ちた闇ギルド『白百合カルテル』の、記念すべき最初の仲間が誕生したのだった。
(第4話・了)




