第2話:【バグ】需要ゼロの、世界最強(可愛い)
戦火の硝煙が立ち込めるスラム街の路地裏。私は命からがら、崩れかけの石造りの教会へと滑り込んでいた。
背後では相変わらずズドォォン、バコォォンと、大火力魔法や砲撃の炸裂音が絶え間なく鳴り響き、教会の床に積もった埃が小さく舞い上がっている。けれど、ステンドグラスが粉々に砕け散ったこの静かな空間に入った瞬間、視界の端に『セーフティエリア(基本安全圏)』の文字が点灯した。
「ふう……っ。ひとまずは、ここで首を刎ねられる心配はなくなった、かな」
私はピンクゴールドのマイキャラの髪を軽く払い、初期服であるフリルのエプロンドレスについた泥汚れをポンポンとはたいた。
そして、教会の埃っぽい長椅子の上に、ここへ来るまでに路地裏のゴミ山──というか、無残に転がっていた敗残兵たちの死体跡から必死に剥ぎ取ってきた素材を並べた。
『下級魔獣の骨』×5
『戦死した魔術兵のローブ(残骸)』×3
『高濃度魔力の結晶(不純物多め)』×1
目の前の空間には、まだ『チュートリアル:手持ちの素材を合成して、基本的な衣服を一つ作成してください』というシステム文字が、まるで私を急かすようにチカチカと明滅している。
それにしても、このゲームの人口分布は本当に極端だ。
道中で開いた公式のフォーラムによれば、この血生臭い世紀末ゲーム『レグナム・ベラム』において、私のような生産職を選ぶ物好きは全体のわずか3〜4%しかいないらしい。しかも、その数少ない職人たちも、戦場で少しでも生き残るために必死になって「分厚い鉄の鎧」や「殺傷力の高い銃火器」ばかりをカンカンと作っているという。
でも、私の目的はただ一つ。
あの崖の上で、戦火をバックに軍旗を掲げていた、あの白いドレスの美しい彼女──。彼女の神聖な美貌にこれ以上ないほど似合う、世界一可愛くて綺麗なお洋服を仕立てることだけだ。
「よし……。まずは大きなドレスを作る前の、小物の試作からね」
私は初期支給品の『鉄の針』と『粗末な魔力糸』を手に取った。
まずは『下級魔獣の骨』をクラフトナイフで少しずつ削り、角を落として丸みを持たせていく。目指すのは、可愛いクマさんの形のボタン。
専門学校での徹夜の居眠り講義を思い出しながら、指先を繊細に動かす。そこに『ローブの残骸』から一本ずつ丁寧に引き抜いた黒い糸を巻き付け、不純物まみれの魔力結晶を内側にギュッと仕込んでいく。
「ふふ、ピンク色のリボンを首元に結んだ、手のひらサイズのふかふかなテディベアのぬいぐるみ……! 完璧、これ絶対に可愛いじゃん!」
教会のすぐ外で、今この瞬間も誰かが悲鳴を上げて死にまくっていることなんて完全に忘れ、私は鼻歌交じりでチクチクと針を動かした。現実の手芸と違って、このゲームのクラフト機能は信じられないほど自由度が高い。私の脳内にある「可愛さ」や「理想の質感」が、魔力を通すことでダイレクトに形になっていくのだ。この部分のクリエイト性だけは、ガチの神ゲーかもしれない。
そうして、じっくり時間をかけること一時間。
私の小さな手のひらの上に、ピンクのリボンをつけた、最高に愛らしい漆黒のテディベアのぬいぐるみが完成した。
「できたぁ! めちゃくちゃ可愛い……!」
あまりの出来栄えに自画自賛しつつ、完成したぬいぐるみの詳細なステータスを確認するため、システム画面を軽い気持ちで開いた。
その瞬間、私の思考がピタリと止まった。
ユーザーインターフェースに表示された文字列が、私の知っている「ゲームの常識」を木っ端微塵に破壊していたのだ。
──
【アイテム名:魔導玩具・殲滅のベア】
・レア度:幻想級(ファンタズム・極めて希少)
・物理防御力:9999(全損不可)
・魔法防御力:9999(全損不可)
・固有スキル:『広域爆破魔術(極大)』『対象固定・自爆追尾』
・システムフレーバー補正:【カテゴリー:可愛いぬいぐるみ】の全サーバー内アクティブ製造数が過去30日間で「1」のため、システムによる【希少性限界突破補正(全効果5000%上昇)】が適用されました。
──
「……は? 桁、おかしくない?」
画面を何度もこすって二度見、三度見した。
防御力4桁カンスト? 殲滅のベア? 広域爆破ってなに?
意味がわからなくて脳が完全にフリーズしていると、不穏すぎる赤文字のシステムメッセージが視界の端にポップアップした。
『※システム注記:本アイテムは需要・供給が完全にゼロのカテゴリーで作成されたため、全性能に過剰な倍率がかかっています。現在のゲームバランス上、バグ兵器に相当する威力がありますが、仕様通りの挙動です』
な、何これ。バグじゃなくて仕様なの……!?
つまり、誰もが剣や銃、鉄の鎧を作るから、そっちには希少性補正なんてつかない。逆に、誰も作らない、誰も求めない「可愛いゴミ(※システム判断)」を全力で作ると、システムが自動的に【唯一無二の超超超・希少アイテム】だと誤認して、頭の悪いレベルのプラス補正を乗せちゃうってこと!?
私がその致命的な仕様のロジックに気づいた、まさにその時だった。
バガァァァン!!!
教会の古びた重い木製扉が、耳を劈くような乱暴な音を立てて蹴り開けられた。
「おいおいおい! 隠れてると思ったら、こんなところに小娘が一人で何してんだあ!?」
現れたのは、ギラギラとした下品な笑みを浮かべた3人の男たち。
全員、返り血がべっとりとついた大剣や大斧を担いでいる。彼らの頭上に表示された真っ赤なアイコンと『血の飢え』というギルド名は、前線の掲示板で初心者狩り専門のクソ迷惑集団として晒されていた連中そのものだった。
「げっ、生産職の初心者じゃねえか。装備も初期服のままかよ、ハズレだな」
「待てよ、なんか手元に持ってんぞ。……は? クマのぬいぐるみぃ? ギャハハハ! お嬢ちゃん、遠足と間違えてログインしたのかよ!」
男たちが腹を抱えてゲラゲラと下品に笑う。
デスペナルティが死ぬほど重く、死んだら手持ちの装備を全ロストするこのゲームだ。こいつらは私を殺して、私が苦労して集めた素材を身ぐるみ剥ぎ取る気満々だった。
「おい、そのぬいぐるみ、こっちに寄こせ。大人しく渡せば、一発で楽に殺してやるからよぉ!」
大剣を構えたリーダー格の男が、威圧的な足音を響かせて私に近づいてくる。
私は長椅子からゆっくりと立ち上がり、冷めきった目で彼らを見つめた後、手の中の可愛いクマちゃんに視線をもどした。
(……ああ、なるほどね。そういうことね)
このゲームのプレイヤーは100%、戦って相手の首を飛ばすためにログインしている。だから誰も「可愛いお洋服」や「ぬいぐるみ」なんて作らないし、求めない。
かっこいい剣や強い鎧を作っても、みんなが作るから補正はつかない。
だったら、誰も作らない「可愛いもの」を全力で作れば、世界を壊す兵器が爆誕する。
「ねえ」
私は一歩前に出ると、ぬいぐるみ(殲滅のベア)の首元にあるピンクのリボン──『高濃度魔力結晶の信管』を、カチリと指先で弾いた。
「これ、私の初めての作品だからさ。そんな薄汚い手をしたおじさんたちに、タダであげるわけないじゃん」
「あ? 何言ってんだこのガキ──」
男が怒りの形相で一歩を踏み出した、まさにその瞬間。
私の手から離れたクマのぬいぐるみが、可愛いピンクの魔力光を放ちながら、**音速を超えるスピードで男の顔面にベチャッと吸い付いた。**
「ぶふっ!? な、なんだこれ、顔から取れねえ……ッ!?」
「おい、なんかそのぬいぐるみ、めちゃくちゃ不穏な漆黒の魔力をチャージして──」
男たちの顔から余裕が消え、絶望の表情に染まった時には、もう全てが遅かった。
「ばいばい。私の可愛いドレスの、最初の軍資金(素材)になってね」
私が指をパチンと鳴らすと同時に、教会の中が、世界を焼き尽くすような純白の極大爆炎で満たされた。
ドガァァァァァァァァァァン!!!!!
「ぎゃあああああああああ!?!?」
凄まじい衝撃波が教会を駆け抜ける。しかし、私の持つフリルエプロンには爆風の一片すら届かない。なぜなら、ベアちゃんの防御力は9999、持ち主への爆風は完全無効化の仕様だからだ。
爆煙がゆっくりと晴れていく。
初心者狩りの3人組がいたはずの場所には、肉片一つ残っていなかった。あるのは、彼らが全損ロストしていった大量の高級素材と、結構な額の金貨。
『ピコーン! チュートリアル:『衣服(?)』の作成を完了しました』
『驚異的な戦闘成果を検知。経験値が限界を突破し、生産レベルが20に上昇しました』
『固有称号【戦争屋】の解放条件を満たしました。残り3ステップ』
「……え、チュートリアル終わった。っていうか、なんか物騒な称号のカウントダウンが始まってるんだけど?」
私は呆然としつつも、目の前に転がっている彼らの遺留品をホクホク顔でインベントリに全回収した。
裏社会の最悪の仕立て屋としての一歩は、ピンクの爆炎と共に、あまりにも華々しく踏み出されたのだった。
(第2話・了)




