第12話:白いドレスのその先へ
二大国家のトップを力ずくで脅迫し、国宝の利権から文字通り毟り取った、ゲーム内最高機密にして完全限定素材──『神話級・天界シルク』。
パステルピンクに染まったアトリエ『メゾン・ド・アイリス』の広大な作業台の上に広げられたその布地は、部屋の明力照明を吸い込んで、まるで夜空にまたたく銀河のように細やかに、そして息を呑むほど美しくきらめいていた。
おそるおそる指先で触れてみれば、最新型VRの感触同期システムを通じて、シルクとは思えないほど冷涼で、それでいてまるで本物の白鳥の羽毛に触れているかのように優しい質感が、脳髄へダイレクトに伝わってくる。
「綺麗……っ。やっぱり、私の目に狂いはなかった。これ、グラフィックの限界解像度をシステム側で強制的に引き上げて表現してるじゃん……最高かよ……っ」
あまりの美しさにうっとりとその布地を見つめ、限界オタクとしての至福の涙を流した直後、私はスッと視線を鋭くした。職人としての、そして限界オタクとしての「絶対に妥協しない」本気のスイッチが完全に切り替わる。
「ゴラちゃん、ファウスト、ランスロット。今から最終作業──私の人生のすべてを懸けた『推しへの貢ぎ物』の制作に入るわ。一ミリの妥協、一針の狂いも許さないから、そのつもりでね!」
「はぁい! 糸の準備も魔力の同期も、いつでもバッチリよぉ、マスター!」
二メートルの巨漢大男ゴライアス(中身乙ネカマ少女)が、ピンクのフリルエプロンをこれでもかと揺らしながら、最高級の極細魔力糸を愛用の魔導ミシンにセットする。アバターの無骨な手が緊張で少し震えている。
「前線の警戒は私に任せて。両国の敗残兵も、うちのフリルタイツ軍団の圧倒的な(物理)暴力に怯えて、このスラムには指一本触れさせないわ」
白銀の美形騎士ランスロット(中身:OL)が、店の入り口で大剣を肩に担いで不敵に笑う。
「よし……始めるわよ」
私は愛用の『鉄の針』をしっかりと握り、魔導ミシンのフットペダルを思い切り踏み込んだ。
トントントントントントン……! カタカタカタカタカタ……!
静かなアトリエに、軽快で規則正しいミシンの音が、心地よいリズムで響き渡る。
目指すのは、あの日、ログイン直後のあのクソみたいな初期チュートリアルムービーで見た、あの戦火の崖の上で美しい軍旗を掲げていた、純白のドレスの彼女。
だが、ただのデッドコピー(模倣)を作るつもりなんて毛頭ない。私の持てるすべての服飾知識、すべての美的センス、そしてこのゲームの生産職の限界数値をすべて、文字通り一滴残らず注ぎ込んだ、世界で一番可愛くて美しい『究極の神衣』だ。
胸元の流麗なカッティング、風を孕んで美しく、かつ気高く広がるスカートの三一段ドレープ、そして、彼女の冷徹な神聖さを極限まで際立たせるための、純白の糸で紡ぐ精緻な白百合の刺繍。
私は一針一針に、文字通り魂(と巨大すぎる感情)を限界まで詰め込んで、ただひたすらに縫い進めていった。
【クラフト画面:世界改変縫製が発動中】
・現在の製造カテゴリー:【超絶可愛い白いドレス】
・システム補正:全サーバー内における過去十年間(サービス開始以来)の同カテゴリー内最高品質の製造数が「0」のため、想定外の『世界概念補正(効果一万%上昇)』が自動適用されます。
私の裁縫スキルが文字通り限界を突破し、ミシンの針からパチパチと火花を散らす。
グラフィックの処理が追いつかないほどの、眩い純白の魔力光がアトリエの室内を完全に満たしていった。
そして、一睡もせずにパッションだけで作業を続けた徹夜の末──東の空から、戦乱の終わりを告げる静かな朝日が、砕けた窓から差し込んできた、その瞬間。
カチリ、とミシンが静かに止まった。
「できた……っ! できたよみんな……っ!!」
私の目の前に現れたのは、言葉を失うほどに神々しく、そして暴力的なまでに可愛い、一着の純白のドレスだった。
あまりの美しさと圧倒的なオーラに、手伝っていたゴライアスも、前線を見張っていたファウストたちも、全員が言葉を忘れてその場に釘付けになり、涙を流して立ち尽くしている。
おそるおそる、完成したドレスのシステムステータス画面を開いてみる。
そこに表示された文字列は、もはやゲームの運営開発すら一ミリも予測していないであろう、完全な「世界のバグ」そのものだった。
──
【アイテム名:神衣・白百合の聖裁】
・レア度:神話級(ワールドアイテム・世界に一着のみ)
・物理・魔法防御力:測定不能(あらゆる攻撃、状態異常、概念干渉を【完全無効化】)
・固有スキル:『絶対王権(すべての戦闘職の武器使用・スキル発動を強制的に禁止する)』
・システムフレーバー補正:限界突破・世界概念補正が適用されました。この衣服を着用した者は、システム上【世界の支配者】として自動認定されます。
──
「……よし。相変わらず、このゲームのシステムは頭の悪い性能を出すわね。でも、最高。これでいいわ」
私はその神話級のドレスを、現実のガラス細工よりも宝物のように大切に、両手で優しく抱き上げた。
防御力が測定不能だろうが、世界を支配できようが、そんなことは私にとってはどうでもいいのよ。大切なのは、これが「世界で一番可愛いドレス」であり、あの崖の上の彼女にこれ以上ないほどに似合う、ということだけだ。
「みんな、本当にお待たせ。……いよいよ、私の『推し活』のゴールよ」
私が満面の笑みで振り返ると、中身が女子の最強の男たちは、感動でボロボロと涙を流しながら「ついにこの時が来たのねぇ!」「マスター、世界一かっこいいわ!」「付いてきて良かった!」と、黄色い悲鳴を上げて大はしゃぎした。
「さあ、あのはじまりの場所へ行きましょう。私たちの、あの白いドレスの彼女の元へ」
私は闇ギルド『白百合カルテル』の全メンバーを従え、漆黒の軍旗を掲げて、あの日すべての物語が始まったあの断崖絶壁の頂へと、堂々たる歩みを進めた。
この時、私はまだ、その場所で静かに待っている「彼女」の本当の正体を、一ミリも知らなかったのだ──。
(第12話・了)




