第11話:戦火に咲くドレス
世界大戦の開戦から、わずか数時間。
前線平原は、我が闇ギルド『白百合カルテル』が面白半分でばら撒いた「ピンクの不発煙幕弾」と「ファンシーな自爆ぬいぐるみ」によって、完全に言葉を失うレベルの大パニックに陥っていた。
最大手戦闘ギルド『鉄血の牙』が瞬く間に自滅して消し炭となり、その後の戦場を完全に支配したのは──フリルタイツとニーソックスを身に纏った、我がギルドの「中身がガチ女子の最強の男たち」だった。
彼女たちの圧倒的なバグ物量無双の前に、バラム帝国軍の重戦車も、レグナム王国軍の魔導戦艦も、戦線が完全に崩壊。もはや戦争なんて高尚なものですらなく、一秒ごとに両国の国家予算(と廃人たちのプライド)が消し飛ぶ、ただの経済的な生き地獄と化していたのだ。
そんなお祭り騒ぎの戦況の真っただ中。
スラム街の奥地にある我がアトリエ『メゾン・ド・アイリス』の前に、ゲーム内でも信じられないグラフィックの超高級馬車が二台、猛スピードで横付けされた。
バタン! バタン! と乱暴に扉が開き、転がり込むように店内に駆け込んできたのは──きらびやかな(しかし前線の爆風でボロボロになった)王のマントを羽織った二人の男。
一人は、バラム帝国の最高権力者である『皇帝プレイヤー』。
もう一人は、レグナム王国を統べる『国王プレイヤー』。
数十万人の戦闘職を従えるはずの両国のトップが、互いに顔をこれ以上ないほど青ざめさせ、胸ぐらをつかみ合い、醜く罵り合いながら私のカウンターへと突っ込んできた。
「おい、仕立て屋! 我がバラム帝国に、あの『あらゆる魔法を無効化するフリルドレス』を今すぐ追加で十万着納品しろ! 金ならいくらでも出す、帝国の国家予算をすべてお前にくれてやる!!」
「ふざけるな帝国! アイリス殿、我がレグナム王国にこそ、あの『街を物理的に吹き飛ばすくまちゃんぬいぐるみ』を売ってください! このままでは我が国の防衛結界が、あなたのギルドのフリル騎士たちに素手で殴り倒されてしまう!!」
カウンターに狂ったようにすがりつき、今にもひざまずいて床に頭を擦り付けんばかりの勢いの二人の王。
数十万人の命運を握る独裁者たちが、スラムの小さな女の子(生産職)に必死に命乞いをしているのだ。
そのあまりに無様な様子を、カウンターの横で大斧を杖代わりに佇むゴライアス(中身乙女)が、鉄仮面の奥から「フッ……」と冷たい地声の重低音で鼻で笑った。
私は、手元のおしゃれなピンクのティーカップをソーサーにコト、と静かに置いた。
「お二人とも、お静かに。ウチはただの『可愛いお洋服屋さん』ですよ? そんな物物しい軍需物資(※システム判断)の話をされても、乙女の私、困っちゃいます」
「お、お洋服屋さん……?」
皇帝と国王が、呆然としたマヌケな面で私を見上げる。
外では、その「お洋服屋さん」が趣味で作ったピンクのリボンのせいで、両国の精鋭魔導兵がリスポーン地点でリスキルされまくっているというのに。
私は椅子の背もたれに深く腰掛け、足を組み、最高に可憐で、最高に悪辣な裏社会の女王の微笑みを彼らに向けた。
「いいですか? 私がお金(ゲーム内通貨)に興味がないのは、これまでの商売で十分に知っていますよね。両国がこのまま国ごと滅びの極重デスペナルティを受けたくないなら……条件はカネじゃありません」
ゴクリ、と両国の王が、喉を鳴らして生唾を呑み込む。
「今回の世界大戦イベントの総合優勝賞品。両国の上層部が、個人プレイヤーには絶対に渡さないようにシステム固有枠でガチガチに独占している限定レア素材──『神話級・天界シルク』。あれを、今すぐこの場で、全額私のシステムインベントリに譲渡しなさい」
「な……『天界シルク』だと!?」
国王が絶望的な悲鳴を上げる。
「あれは、我が国の魔導戦艦の最外周装甲に使う、国宝級の超レア素材だぞ……! 一枚失うだけでも、国家の防衛力が──」
「じゃあ、このまま国ごとマップから消えてみます?」
私は笑顔のまま、自分の首元に細い指先を当てて、スッと横に引くジェスチャーをしてみせた。
「ひっ……!」
「あ、それと」私は手帳をパチンと開き、淡々と追撃のボッタクリ条件を放つ。
「大戦終結後、バラム帝国とレグナム王国のすべての一等地に、我がブランド『メゾン・ド・アイリス』の旗艦店を建てる土地を無償で提供すること。以上です。受託しますか? それとも、明日の朝には両国ともサーバーの歴史から消えてみます?」
圧倒的な暴力と権力で世界を支配しようとした王たちが、たった一人の少女が提示した「ドレスの材料費」という理不尽な条件の前に、ガタガタと震えながら完全にひざまずいた。
「わ、分かった……! トレード申請を承認する! だから頼む、今すぐあのピンクの地獄を止めてくれ!!」
「我が国も承認した! 天界シルクはすべてお前のものだ!」
【ピコーン! ギルド間緊急トレード契約が成立しました】
【『神話級・天界シルク』×24を獲得しました】
【固有称号:戦争屋の最終イベント『世界のプロデュース』が完了しました】
脳内に流れる、ファンファーレのようなシステムログ。
手に入ったのは、月の光をそのまま紡いだような、透き通るほど美しい純白のシルクの束だった。あまりの美しさに、私の限界オタクとしての脳汁がドバドバと溢れ出る。
「毎度あり。商談成立ね」
私は立ち上がり、窓の外の赤く染まった戦乱の空を眺めた。
世界を敵に回し、大国を足元に跪かせ、数十万人を恐怖に陥れた大戦争。そのすべての目的が、ただ「世界一可愛いドレスの布地を手に入れるため」だったなんて、この哀れな王たちは一生気づかないのだろう。
「さあ、みんな」
私はアトリエの最高級魔導ミシンに向き直り、愛用の鉄の針をギラリと掲げた。
「素材はすべて揃ったわ。いよいよ、私のすべてを懸けた『究極の一着』を仕立てるわよ!」
私の背後で、中身が女子の最強の男たちが、「うおおお! ついにマスターの本気が見れるのねぇぇ!」と、興奮で悲鳴のような黄色い声を上げるのだった。
(第11話・了)




