第114話:八角形の魔法陣に詰められた蟹魔法の原点(山陰本線・元祖かに寿し)
琵琶湖のほとりで、黒き王牛(近江牛)による強烈な茶色きフルスイングを腹の底へと受け止めた私は、日本海側のルートを伝い、再び神話と荒波の国……山陰地方へと足を踏み入れていた。
「フスッ……。日本海といえば、やはり『アレ』だ。私が福井や境港で倒した強大な真紅の甲殻魔獣……。あの凶暴な旨味が、携帯型アーティファクト(駅弁)としてどのように進化しているのか、確かめねばなるまい」
私が降り立ったのは、広大な砂の結界(鳥取砂丘)を有する鳥取県の中心ギルド、鳥取駅である。
ここには、数ある蟹の魔法アイテムの中でも『元祖』を名乗る極めて由緒正しき駅弁が存在するという。
私は駅構内で『アベ鳥取堂』という老舗ギルドが製造する『元祖かに寿し』を確保し、智頭急行線を経由して疾走する特急『スーパーはくと』へと乗り込んだ。
「さあ! 日本海の荒々しい車窓(風景バフ)と共に、この原初の蟹魔法を解き明かしてやろう!」
私は座席の上のトレイに、そのアーティファクトを鎮座させた。
「……ほう! 弁当の容器(箱)が……八角形をしているぞ!」
それは魔術的な意味を強く感じさせる形状であった。
「なるほど。ただの四角形や円形では、蟹という強力な海魔の呪力が漏れ出してしまう。八つの角による完全包囲の防御陣形(結界)を構築しているのだな!」
私は期待に胸を膨らませながら、八角形の結界(蓋)をパカッと開いた。
「おおおおっ!! なんという美しい極彩色の魔法陣!」
容器の内部は、紅(カニの身)、白(白飯とカニの腹身)、黄色(細かい錦糸卵)、そして緑(薬味)という、見事に調和の取れた四色の防壁によって完全に埋め尽くされていた。
「素晴らしい……! 硬い装甲(カニの殻)はギルドの錬金術師たちによって完全にパージされている! 私が直面しているのは、純粋な『蟹の旨味』のみで構成されたむき出しのマナの塊だ!」
私は魔術スティック(箸)を、その真紅の絨毯の最も分厚い部分へと深々と突き立てた。
「いざ、実食ッ!」
ご飯ごとすくい上げられたカニの身を、一気に口内へと転送する。
「……モムッ! ……ンンンッ!!」
「美味いッ!! なんだこの洗練された旨味は! 生の蟹丼(カニカニ丼)のような凶暴な生臭さや、カニ味噌の暴力的な毒が一切ない!」
カニの身は絶妙な加減で蒸し上げられ(あるいは茹でられ)、さらには保存魔法の極致である『酢』の結界によって、その旨味だけが限界まで凝縮されているのだ。
「そしてこの下のご飯! ただの酢飯ではないぞ。カニのマナ(生姜や出汁)がしっかりと染み込んだ、これ自体が一つの極上ポーションとして完成している特製結界だ!」
「モギュッ、モギュッ……。たまらん! 箸が止まらんぞ!」
私は日本海の荒波が時折顔を覗かせる車窓の景色をチラチラと見ながら、ひたすらに八角形の箱の中を掘り進めた。
カニの甘み、錦糸卵の優しさ、そして酢飯の強烈な殺菌&リフレッシュ魔法。
「これだよ。駅弁の酢飯は、パンに塗られたバターや、丼のタレのような『蓄積する物理的質量』を持たない! 食べれば食べるほど、口の中がサッパリと浄化されていく無限のサイクルだ!」
特急スーパーはくとの心地よい揺れ(バイブレーション)が、私の胃袋の中の未消化物を心地よく揺さぶり、さらなる消化魔法の促進を促していく。
「……ふぅっ。完全なる制圧(大完食)だ!」
紅の一片すらも残さず、八角形のプラスチック容器を空にした私は、満足感と共に小さく息を吐いた。
「見事な結界魔法であった。長旅における味の劣化を防ぎ、むしろ時間が経つことでカニの旨味をご飯に浸透させてバフを掛けるとは……アベ鳥取堂、恐るべし!」
肉の強烈な重量感から、酢飯の爽やかな回復力へ。交互に属性を変えることで、私の食欲ゲージは全く衰える気配を見せていなかった。
「フスッ……。日本海側の魔獣の力はこんなものではないはずだ。よし、次はこのままさらに西……米子の地へと向かい、漆黒の結界に包まれた分厚き魔獣を討伐しに行こう!」
勇者の終わらない鉄道クエストは、さらにディープな海産系アーティファクトへと向けて、特急列車の車輪と共に回り続けるのであった。




