第112話:酢の結界に丸ごと封じられた銀色の小魚剣(紀勢本線・さんま寿司)
呉の巨大メロンパン(果実のフリをした超質量の魔獣の卵)による強烈な一撃を受け、幸せな昏睡状態(気絶)から復活した私。
これまでの連戦で学んだ教訓はただ一つ。「ギルド(店舗)という密閉陣形の中で連続討伐を行うから、質量による反撃をマトモに受けてしまうのだ」ということである。
「フスッ……。私に必要なのは『風属性のバフ(流れる景色)』だ! 商人ギルド『JR西日本』が誇る特急列車やローカル線の車内に乗り込み、美しい結界(景色)を眺めながら食せば、消化魔法が爆発的に促進されて無限に食べられるはずだ!」
私の恐るべき勘違い(新理論)に基づき、新たな冒険……移動する魔導箱(ご当地駅弁)を巡るクエストの幕が切って落とされた。
私がまず乗り込んだのは、美しい太平洋の海原に沿って走る特急列車『くろしお』。紀勢本線(きのくに線)ルートである。
車窓には、果てしなく続く青き海(巨大な水属性結界)が広がっている。
「素晴らしい景色だ。さあ、この流れる風のバフと共に食らう、最初の『携帯型ステータス回復キット(駅弁)』を開封するとしよう!」
私が座席のトレイ(小さな魔法陣)の上に召喚したのは、和歌山の地で古くから伝わる保存魔法の結晶……『さんま寿司』であった。
私はゆっくりとその細長い箱の封印を解いた。
「……ほう。これは……美しい!」
箱に入っていたのは、バラバラのおかずが並ぶ幕の内ではない。
細長く固められた純白のご飯(防壁)の上に、皮を剥かれた銀色に輝く一本の『小魚』が、頭を落とされ開かれた状態で、丸ごとペタリと貼り付いているのだ。
それはまるで、鞘(ご飯)に収まった『一本の銀色に輝く剣』のようであった。
「肉でもなく、温かい汁物でもない。海魔(魚)の肉体をギリギリまで薄く開き、酢という『極めて強力な殺菌・状態異常無効化魔法』によって完全に封じ込めているのか!」
「いざ、実食ッ!」
すでに一口サイズに斬撃が入れられているその小魚剣の破片を、私は指(あるいは備え付けの魔術スティック=割り箸)でつまみ上げ、口の中へと放り込んだ。
「……モムッ。……シャッキリッ!」
「美味いッ!! なんだこの引き締まった肉厚感は!」
脂の乗ったサンマ特有の生臭さは、『酢漬け』という強力な浄化魔法によって完全に消し去られている。
代わりに、凝縮された魚の旨味と、ほんのりとした柚子や柑橘系の爽やかな魔力が、口の中を吹き抜けていった。
「ガハハハッ! これこそが携帯食料(駅弁)の真髄よ!」
パンのようなクリームの暴力も、ラーメンのような脂の泥沼もない。
ただひたすらに「過酷な旅の途中で、いかに腐敗魔術(痛み)から食料を守り、美味しく栄養を摂取するか」という、先人たちのサバイバル・ロジックがこの細長い箱(結界)には詰まっている。
「モギュ、モギュ……。特急列車の『揺れ』すらも、心地よいリズム(咀嚼のバフ効果)へと変換されていくぞ!」
時折車窓から見える太平洋の白波を見つめながら、小魚剣と白飯(酢飯)の素朴なマリアージュを味わう。
私の新理論は正しかった。流れる景色の中では、食物が胃袋へと落ちていく速度が明らかに早いのだ。
「……ふぅっ。完全なる制圧(完食)だ!」
箱の中のさんま寿司を全て平らげた私は、爽やかな酢の余韻を楽しみながら、座席の背もたれに深く体を預けた。
「素晴らしい。胃袋(HP)が重くなるどころか、むしろ浄化魔法によって完全にリフレッシュされてしまったぞ」
この戦法ならば、私は無限に、あらゆる駅弁アーティファクトを制圧できるはずだ。
「よし! 次なる標的は琵琶湖だ! 海の次は、最大の湖のほとりで育まれた『黒き王牛』の肉陣形を攻め落とすぞ!」
特急くろしおは、紀伊半島の美しい海岸線を駆け抜ける。
勇者の終わらない食欲は、次なるローカル線の浪漫(肉の魔法)を求めて、早くも激しく燃え上がり始めていた。




