第111話:果実のフリをした超質量の魔獣の卵(呉線・メロンパン)
神話の国・出雲にて、甘く重厚なる魔法の薔薇の幻惑に沈んだ私のHPメーター(胃袋の空き容量)は、すでに95%という極めて危険な水域に達していた。
「フスッ、ハァッ……。やはり、ご当地パンという伏魔殿を完全に舐めていた。空気を含むパンだから軽いなどというのは、全くの幻想であったな」
だが、このパン巡りの討伐クエストも次でいよいよ最後だ。
私が重い足取りで向かったのは、商人ギルド『JR西日本』の管轄する瀬戸内ルートの支線……呉線が走る、かつての巨大海軍都市『呉』である。
「巨大な鉄のクジラ(潜水艦)が並ぶ港町なら、最後の標的はきっと『潮風を感じる爽やかなパン』のはずだ! そして何より、ターゲットの名前が素晴らしい」
私が目を付けたのは、その名も『有限会社メロンパン』という、ギルド名自体が魔法名になっている老舗であった。
「フルーツの王である『メロン』! 丸くてサクサクしたクッキー生地の表面を持つ、あの平和で甘く、そして空気ばかりで軽い癒やしのパン! 〆には最高のアイテムだ!」
私はギルドに飛び込み、ショーケースの中から「メロンパン」を購入した。
――そして、店員からそれを受け取った瞬間。
「……ズンッ!!」
「……ッ!!?」
私の腕の筋肉が、不甲斐なく悲鳴を上げた。
「お、重いッ!! な、なんだこの尋常じゃない質量は!? 通常のメロンパンの常識を完全に逸脱しているぞ!」
袋から取り出したその物体を見て、私はさらに絶句した。
「……これは、メロンではない。ラグビーボールのような楕円形の……巨大な『魔獣の卵』ではないか!」
一般的な丸いメロンパンにあるはずの、サクサクのクッキー生地などどこにもない。
表面には深々と放射状の溝が刻まれ、そのしっとりとした質感は、あきらかに『通常のメロンパンとは全く別の進化を遂げた魔導兵器』であることを示していた。
「バカな……どうしてパン一つが、これほどまでに重いのだ。……まさか、中に……!」
私は震える魔術スティック(両手)でその巨大な卵を掴み、意を決して大きく噛みついた。
「モッ……ギュムッ!!」
「……ゴハァァァァァァッッ!!!」
噛みちぎった瞬間、パンの中に隠されていた『超質量の圧縮マナ』が、暴力的な勢いで私の口内へと雪崩れ込んできた。
「空洞が……一切ないッ! パン生地という極薄の装甲の内側には、空間の隙間を埋め尽くすように、黄色みを帯びた『謎の超特濃ペースト』がびっしりと充填されているではないか!」
それは通常のカスタードではない。白あんをベースとした特製の極秘クリーム(餡)。
和と洋の境界線を完全に消し去った、極めて高密度で重厚な『甘みの泥沼』であった。
「美味い……! だが……重い、重すぎるッ!!」
メロンという果実の爽やかさなど一片もない。
ここにあるのは、かつての海軍軍人や造船所の猛者(労働者)たちをたった一個で満腹にさせるためだけに特化して作り上げられた、究極の兵糧(カロリー爆弾)であった。
「フハハハッ! 騙された! 白飯から逃げて、よりにもよって『どんぶり一杯の米よりも遥かに重いパン』に行き着いてしまうとは!」
甘い泥沼(特製クリーム)が一噛みごとに腹の底へとズシリ、ズシリと落下し、蓄積していくのがはっきりとわかる。
「限界突破……待ったなしだ! だが、勇者の名にかけて……この魔獣の卵、残すわけにはいかないッ!」
「……ぐ、ぐるるるッ……ゴクンッ」
最後の一口。口の周りに特製クリームをべっとりと付けたまま、私は巨大な鈍器とも言えるメロンパンを完全に討伐(飲み込む)した。
『パァァァァンッ!!』
その瞬間。私の体の中で、前回の大阪(ラーメン編)と同様の、完全なる絶対容量限界を告げる破裂音が鳴り響いた。
「……あ、あぐっ……。ひ、引力……重力魔法に叩き潰されたかのように、体が……一歩も動かん……」
私は呉の海風を全身に浴びながら、ベンチの上に力なく崩れ落ちた。
「小麦なら軽い……そんな風に思っていた時期が、私にもありました」
ご当地ローカルパンたちの、地域密着ゆえの容赦のない重みと優しさに完全に屈服した私は、瀬戸内の港町で、満ち足りた幸せな気絶(限界突破によるKO)を迎えるのであった。




