第110話:西の果てに咲く甘き魔法の薔薇(山陰本線・バラパン)
フルーツ不在の完全なる幻影魔法を胃袋に封印した私は、商人ギルド『JR西日本』の管轄する伯備線と山陰本線を乗り継ぎ、西の果ての最果て……神々が集う神話の国(島根県)へと到達していた。
「フスッ……。出雲の国には、かつて八岐大蛇という巨大な長蛇の魔獣が生息していたというが……。私が真に標的とするのは、もっと身近で恐ろしい魔界の植物だ」
この出雲の地(出雲市周辺)には、半世紀以上にわたって現地の冒険者たちを誘惑し、大量のマナ(カロリー)を直接脳に打ち込んでくるという『美しき魔法の花』が咲き誇っている。
「その花の名は『バラパン(なんぽうパン)』。さあ、その姿を見せてもらおうか!」
現地の道具屋へと潜入した私は、その魔法の花を容易く発見することができた。
なんの変哲もないビニールの封印袋の中で、そのパンは見事に『薔薇の花』の形を形成していた。
「おおおっ……! 細長い生地をぐるぐると巻き上げて、見事に幾重にも重なる『薔薇の花弁』を表現しているではないか!」
その美しさは、パンというよりも一種の芸術魔法の領域に達していた。
「だが、美しい花にはトゲがあるもの。あるいは強烈な猛毒のトラップが仕掛けられているはずだ!」
私は慎重に封印を解き、その美しき魔法陣形へと相対した。
「中心部に一気に噛み付くのも良いが……。それではこの花の真の構造(魔法陣のからくり)が理解できない」
私は魔術スティック(箸)……ではなく、直に自らの手を使って、ぐるぐると巻かれた一番外側の『花びら(パンの端)』をそっと剥がす(解きほぐす)作戦に出た。
「ふむ……。生地そのものは、極めて薄く、そしてしっとりとした柔らかさを持っている。これを一枚一枚剥がしてやる!」
しかし、花びらを少しだけ解きほぐしたその瞬間。
私の目に、花びら(パン生地)の裏側にびっしりと塗り込まれた『純白の泥沼』が飛び込んできた。
「……ッ!? な、なんだこれは!」
「フハハハッ! 見つけたぞ! この生地の裏側……いや、花びらと花びらが重なり合う『全ての隙間』に、特製の白き毒(自家製バタークリーム)がたっぷりと塗り込まれているではないか!」
バラパンは、ただ生地を巻いただけのハリボテではなかった。
薄い生地全体に大量のバタークリームを塗り、それごと巻き上げることで、「どこを噛んでも必ず極甘のクリームが溢れ出す」という、回避不可能な完全包囲陣を敷いていたのだ。
「いざ、実食ッ!」
私は解きほぐした花びらの一片を、クリームごと口の中へと放り込んだ。
「……モムッ!! ドロロォォッ!」
「甘いッ!!! 生クリームの軽さではない! これは、昔ながらの重厚な『バタークリーム』だ!」
バター特有の強烈な動物性脂質に、ザラリとした砂糖の魔力を叩き込んだ濃厚すぎる甘の凶器。
「これだ……これがローカルパンの醍醐味だ! 洗練された都会のケーキには出せない、この真っ直ぐで力強い甘さ(カロリーの暴力)!」
剥がしては食べ、剥がしては食べる。
だが、花びらを剥いた先には、また無限に続く真っ白なクリームの層が待ち構えている。
「なんという恐ろしいトラップ……。食べ進めれば進めるほど、花の中心部に密着しているクリームの総量比率が上がっていくぞ!」
「……ふぅっ、ハァッ。完全なる制圧(完食)だ!」
最後の中心部……クリームが丸められた小さな爆弾ごと飲み込んだ私は、体中に急速に充填される超速結成マナ(糖分)の威力にクラクラとめまいを覚えていた。
「美しい花と、それを剥がす楽しさ。そしてその裏に隠された限界ギリギリのクリームの罠……! 出雲の神々が見守るこの地で、見事な魔法アイテムに出会えたものだ」
だが、このパンという連戦クエストも、いよいよ限界が近づいていた。
「私のHP(胃袋の空き容量)は、もはや85%を超えている……! 次で最後だ。大トリを飾るべき『本物の魔獣パン』が潜む地、広島の巨大海軍都市(呉)へと向かうぞ!」
甘い幻惑から抜け出した私は、最強にして最重量との呼び声が高い『丸き巨大装甲』討伐の準備を手早く整えるのであった。




