第二十一話「魅惑の果実」
「じょ、ジョリー!? なんで入ってきたの!?」
「アンタがいつまでも戻ってこないからよ! 食糧が送られてきたから色々と聞いてみるっていったきり、戻ってこないじゃない。みんな待ちくたびれているのよ!」
ジョリーは怒ってた。
気付かなかったけど、マサと話し込んでいて随分時間が経っていたみたいだった。
「まったく、アルムはいつもそうなのよ! 夢中になると一直線で私たちが何を言っても無駄。人の言葉は聞かない。突っ走る!」
「……う」
「そこがあなたのいいところでもあるのはわかってるのよ。でも、さっきみたいに説明もなしに出ていかれたら、わけわからないじゃないの!」
「……うう」
「それになに? 見たことがない食べ物って。そんなの少しくらい持ってきて、私たちに見せればよかったじゃないの。そんな発想もなかったわけ!? あなたにはわからなくても、私たちならわかることなんて、いくらでもあるのよ!」
「……ううう」
「そもそも緊張感が足りてないわ! この洞窟には神聖な魔力が満ちていて、確かに安全よ。いえ、安全だったわ。今まではね! でもそれがいつまで続くかなんてわからない。そんなことはアルム、貴方が一番わかっているはずでしょう!」
「……うううう」
私だって、みんなにいっぱい迷惑をかけちゃっていることはわかってる。
だから何も言い返せなかった。
だって言い返せば絶対、倍以上の言葉で返ってくるから。
「あー、すまん、ジョリーさん。俺の説明が長くなってしまったんだ。だからアルムをあまり責めないでやってくれ」
魔法板からマサの声が聞こえてきた。
見ればマサは少し申し訳なさそうな顔をしてる。
ジョリーは声に動きを止めて、魔法板の向こうのマサを指差して言った。
「ねえ、これが貴方の言っていた、賢者? なんだかパッとしない男ね」
とても失礼な言葉を。
「なっ!?」
「だって、どう見たって賢者って顔じゃないわよ、これ。こんなの、せいぜいが村の門兵ってとこでしょ」
「な、何を言うのジョリー! 失礼だよ!」
そう、ジョリーはこういう人だった。誰に対しても、自分の思ったことをそのまま言ってしまう。
それが年上であっても、貴族であっても、たとえ王様であっても……。
これはジョリー自身が貴族の――それも王族にさえ意見できる立場の人間だからということもあるかもしれない。
ジョリーの家は、この世界における魔法学の権威である大魔法師様を排出している家柄だ。
その家にあって、ジョリーは百年に一人の才能と言われていた。
魔法学についても、ジョリーよりも優秀な者はいないとも言われている。
だからこそ、なのかはわからないけど、この物言いなのだ。
これが彼女のいいところだとも思ってる。でも、このせいでトラブルが起きることもよくあった。
そもそも何故そんな家の出の彼女が私たちと一緒に旅をしているのかは少し長い話になるけど、とにかく今はそんなことを考えてるときじゃない。
「そんなことよりアルム。食糧はどこなのよ?」
「そんなことってないよ、ジョリー!」
「ああ、もううるさいわね。いいじゃない、どうせこっちでお金は用意したんだし、ろくなものじゃなかったら承知しないわよ」
私が窘めても、聞いてもいない。
それで勝手に荷物の中を覗いて、ジョリーは考え込んでしまった。
こうなると、もう本当にジョリーは動かなくなってしまう。だからもう放っておくことにする。
「あ、ジョリーのことなら気にしないでいいよ。ジョリーってば、夢中になるとしばらくああやって動かなくなるから。それよりも、今度はこれ、これはなに? なんだかすごいおいしそうな果物の絵が描いてあるんだけど」
それで、私はカトウのごはんと同じ箱に入っていた鉄の入れ物を手に取った。
マサが教えてくれたけど、これはカンヅメというものみたい。
カトウのごはんはその器が何でできているかさっぱりだったけど、このカンヅメが鉄でできているっていうのはわかった。でも、鉄にどうやってこんな綺麗な絵を描いたのだろう? それに、どこも開いてなくて、ピッタリと蓋がされている。どうやって作ったんだろう? 中身はどうやって入れたんだろう?
やっぱり、わからないことだらけ。
マサの言うとおりに蓋を開けようとしたら、中の汁が少し零れてしまった。まさか中に汁が満たされているなんて思ってもみなかった。
中を満たしていたのは汁だけじゃない。オレンジ色の果実のむき身がぎっしりと泳いでいたのだ。
「うわー! すごいおいしそう! 食べていい? 食べていいかな!?」
興奮する私は誘われるままに指を浸してそれを舐めた。
「あ、あまーーーーーいっ!?」
それは衝撃だった。
強烈な甘み。それは今まで味わったことのない甘み。
甘いだけじゃない。濃厚な果物の香りもする!
砂糖ともはちみつとは違う、芳醇な果物の甘み。
私の興奮は止まらなかった。
「あまい! あまい!? すっごい甘い! なにこれ!?」
「お、おいアルム、落ち着け」
「ちょっとアルム、うるさいわよ! 何をそんなに騒いでいるの!」
「あ、ジョリー! これ! これ! これ! すごいよ!」
「ちょ、ちょっと、落ち着きなさい。……何これ? 金属の器に入ったむき身のレガレッタの実?」
「これ! すごい! ちょっと舐めてみて! ね、ね!」
「はあ? この汁を? そんな得体のしれないもの――」
「いいからほら、早く!」
「ああー、もう! わかったわよ!」
もう無理やりといってもいいような勢いで、ジョリーに勧めた。
だって、すごく甘くて美味しかったから!
渋々といった様子のジョリーが汁を口にするまで、私は早く早く! と急かした。
それでジョリーを「あ、あまーーーーーい!?」と叫ばせることができた。
そのあとは二人で夢中だった。
「ちょ、ちょっとこれ、甘いんだけど!?」
「うん、うん、うん!」
「程よい酸味と、それを上回る甘さ。でも甘すぎるということはない、これはまさに甘露! そう、甘露だわ!」
「でしょ! でしょ!」
「ええ、これはすごいわよ、アルム!」
汁を堪能した私たちは、次にその甘露の中に泳いでいたオレンジ色の実に手を伸ばす。
ぷりぷりとしたそれは、つい先ほど摘んで剥いたものみたい。
「アルム」
「うん。ジョリー」
お互いにひとつずつ実をつまんで頷きあって、同時に口に運んだ。
それまでずっと浸かっていたいただろう実は、その身に纏わせていた甘露の衣をまず私に届けてくれた。
しっかりと形を保ったままの実は、予想通り、舌の上で転がしても崩れもしない。それどころかその感触で口の中を楽しませてくれさえもする。
隣を見ればジョリーもまた同じように口の中でそれを楽しんでいるみたい。
でも、いつまでもこうしていては始まらない。
――まだまだ、こんなにあるんだから。
容器の中にはまだまだオレンジ色の実が残っている。
同じ絵が描かれたカンヅメは他にもあった……。
だから私は思い切ってその実を潰した。
「――!? っ!?」
声が出なかった。
それは思った通り――いやそれ以上のものだった。
柔らかく弾力のある実の粒を口の中で潰し、心地のいい感触と共に溢れたのは、果実の甘み。
それは汁のそれとは少し違って、若干の酸味が強い実は、しかし果肉と合わさって味わい深いだった。
実は小さな粒が集まっていた。その小さな粒それぞれが同じ果汁を蓄えているのだ。
果汁を包んでいる粒は、小さなもので、果汁が飛び出た後も口のをくすぐっている。
私たちはたちまちそれの虜になった。