第二十話「異世界のごはん」
「と、とりあえず、自己紹介でもしないか? 俺のことは知っているだろうが、マサだ。本名は白井正孝。あっ、念のために言っておくけど、苗字が白井で、名前が正孝だ」
「あ、はい! 私はアルム……、アルム・レイトです! このエーディアースで勇者をやっています!」
「よろしく、アルム」
「よろしくお願いします、マサ……タカさん!」
マサに名前を呼ばれて、なんだかドキッとした。
だからなのか、私もマサの本名を呼ぶのに、なんだか恥ずかしい気持ちになってしまった。
マサは恥ずかしそうに、会話を続けようとしてくれた。
「えーと、それで、なんでいきなりビデオ通話なんてしてきたんだ?」
「あっ! そうそう! すごくいっぱい送ってもらって、すごいありがたいんだけど、その……」
なんだか、すごく恥ずかしい……。
自分で顔が赤くなっているのがわかってしまう。
折角送ってくれたものなのに、それがなんだかわからないなんて。
そのとき、お腹の虫がグー……! と鳴いた。私はさらに赤くなってなんとか言葉を紡いだ。
「あの、送ってきてくれたものの中を見たんだけど、どうやって食べればいいのか、全然わからなくて……」
「え……ああ、そうなんだ」
「ご、ごめんね? だから、食べ方を教えてもらえるかな?」
「うん、いいよ」
「あ、ありがとう! じゃあ、早速これから――」
私は手始めに四角くて固くて薄くて白い入れ物を手に取った。
何でこれをはじめに手に取ったかと言われれば、一番取りやすい場所にあったからとしかいえない。
「この四角くて白いのは、何? どうやって食べればいいの?」
私が初めに手に取ったのは、カトウのごはん。四角くて平べったい容器に入ったご飯だった。
「ああ、それはお米を炊いたものだ。白い部分が下で……そうそう。で、上の薄い部分を端から剥がせば中身が食べられる。できれば温めたほうがいいけどな」
「あ、そうなんだね。……これってお米? なんだか私の知ってるお米とは違うんだけど」
「そうなのか? というかお米ってそっちでもあるのか」
「あ、うん。私が食べたのは、東の暑い地方の国だったかなあ。これよりはもっと細長い感じで、ちょっと独特の匂いがしたけど、これはいい匂いだね」
「なるほど。こっちの世界でも、そういう米はあるよ。ただ品種が違うだけで、同じものだ」
マサの説明に私はなるほどと頷いた。
そしていつの間にか自然に会話できていることに内心驚いた。
お腹の虫はごはんの匂いを嗅いで、もう我慢が出来なくなっていた。
「ちょっと、食べてみてもいい?」
「おう、ぜひとも食べてみてくれ」
「じゃあ、ちょっとだけ……。あ、おいしい……」
マサがそう言ってくれたので、私はその白く綺麗なごはんを少しだけ口に入れた。
口に広がる香りと、仄かに甘い柔らかなごはん。
思わず笑みが浮かんでしまうような、そんな優しい味だった。
飲み込めばジワリと広がって、お腹が喜んでいるのがわかる。
でもお腹の虫は治まらない。もっともっと欲しいと言っているみたいだった。
私はもっと勢いよく食べたかったけど、マサが見ているのはわかってるから、なんとかそれを我慢することができた。
でも、こんな新鮮な食べ物、いっぱいあるのはすごい嬉しいことなんだけど、心配しなければいけないことがあった。
「これならいくらでも食べられそうだよ。でもこれ、いつまでもつのかな? いっぱい送ってくれたのは嬉しいんだけど、あまり日持ちがしそうにないよね?」
私の疑問は旅をするうえでは当然のものだったと思う。
こんな新鮮な食糧、下手をすれば三日もつかどうか……。
特にこの魔王領では、常に霧が立ち込めていてすごい湿気で、かつ気温も高い。
昼なんかはあせだくになってしまうほどなのだ。
かといって、夜も同じように蒸し暑いのかと言えばそうではない。
逆に凍えるように寒くなって、マントにくるまらなければその場にとどまるのも苦しくなるほどだ。
そんな環境では、普段もつものだってもたなくなる。
事実、私たちが持ってきたパンは軍が行軍に持っていくように固く焼いたパンだったのに、この魔王領に入ってからすぐにカビてしまった。
カビた部分を捨てて、無事だった部分を食べたりしたけれど、それでも当初の予定が狂ってしまった。
だから、おいしいけれどこのカトウのごはんは、それほど日持ちするはずがないと思った。
でも、マサの答えは予想外のことだった。
なんとそれは、このカトウのごはん。ふたをを開けなければ、十カ月はもつというのだ。
私は思わず聞き返してしまった。
「えっと……十カ月って、一カ月の十倍、だよね? ……本当に?」
「おう。その通りだ。ちなみにそっちでは一カ月は何日なんだ?」
「一カ月は三十日だけど……。そっちは、一カ月は何日なの?」
「こっちも大体同じだな。十カ月だと、三百日くらいだ」
「そ、そんな……」
ジョリーが言っていたけど、商人や王宮の食糧庫なんかには、食糧が長持ちする魔法がかけられているらしい。
だからこのカトウのごはんも同じような魔法がかけられていると思ったんだ。
でもこれには魔法は使われてないらしい。
マサはこれには魔法以外の技術が使われているって言っていたけど、説明を聞いてもよくわからなかった。
でも私の知らない何かすごいことで、このごはんがいつまでもおいしく食べられるんだ。
「そういえばアルムたちの世界には、魔法の袋とかないのか?」
「魔法の袋? どんな魔法?」
「えっと、見た目の何倍のものが入る袋みたいなやつ」
「何倍も?」
「その袋の中に入れておけば、時間が止まるから、料理なんかが熱々のまま保存できるとか」
「ええっと、なにその夢みたいな袋?」
「時空魔法とか、そんな魔法技術とかを応用したりして作られて……ないのか」
「ないよ!」
マサはそんなことを言っていたけど、そんなものがあったら私たちだって、食べ物に困ったりなんかしていない。
見た目以上にものが入る袋? 中に入れればいつ取り出しても入れたときのまま? 時空魔法?
でもそんなことを考えられるなんてやっぱりマサの世界には魔法があるんじゃないか。カトウのごはんだって、すごい魔法がかけられているんだって思ったけど、想像上の存在としてしか魔法はないっていう。
なんだか納得できない。
ごはんの容器が空になったから、新しいごはんのふたをあける。……うん、おいしい。
「あのさ、アルム」
「もぐもぐ……なに?」
「お前それ、いくつ目だ?」
「……え?」
マサに言われて足元に目を移す。
……そういえば、なんだかさっきから口の中が幸せだった。それは私がごはんを食べ続けていたから……?
「あ、アハハ……」
つい食べ過ぎちゃってた。
誤魔化すように笑うけど、マサは容赦なかった。
「アルム、そこにいくつ、空の容器が転がっている?」
「アハハハハ……」
「……アルム?」
二度も名前を呼ばれては、観念するしかなかった。
マサは意地悪だ。
「えと…………七個」
「な、七個!?」
驚いているマサに、私は顔から火が出るくらい恥ずかしくなって俯く。
「いや……まあ、それはアルムのものだから、どう消費してもらっても構わないんだが」
「あ、そ、そうだよね!」パッと顔をあげても「でも、他の仲間たちはいいのか?」と、やっぱり容赦のないマサ。
「なんだかおいしかったから、つい食べちゃってた……」
「お、おう。腹が減ってたら、しょうがないよな」
そう慰めてくれるけど、落ち込むしかない。
慰めてくれるくらいなら、そんなこと言わないで欲しかったのに。
そんなとき、闖入者が現れた。
「ちょっとアルム、いつまでかかってるの!? 早く送られてきたものを私たちにも見せなさいよ!」
ジョリーだった。




