1-8. 告げられる崩壊の予兆【2026.03.22 改稿】
【2026.03.22 大幅改稿】
地下共同墓地は、自然の洞窟を利用した造りになっており、3階層の全てダンジョンとなっている。
迷路のようにも千切れほつれた網のようにも広がっているここでは、無造作に放られた何かの骨やら人骨やらもあれば、墓石や十字架、名前を直接刻んだ骨、棺桶や壺などの容器に入れて埋めたものまで、多くの様式で埋葬されているものが見られた。
ダンジョンとなった今は、一部の骨や腐った肉の付着した死体が、浮かばれない魂の入れ物か、はたまた、邪悪なる意志の操り人形か、昼夜問わず動き続ける魔物となっている。
「なんだか、すごく空気が重くて……嫌な感じで、哀しそうで、辛そうですね……」
陽光が届かずに照明魔法【ライト】も必要なために視界が心許なく、風も少なく肺に澱んだ空気が入り息もしづらく、肌に貼りつく湿気が不快感を誘い、死体や洞窟特有の生臭さが鼻について誰もが思わず顔を顰めてしまいそうになる寒々とした場所。
クレアは自分で感じ取ったあらゆるものを言葉にして、それらを哀しく辛いものだと感じ取った。
「聖女になるなら、その感覚を忘れず大切にしてくれ。さて、さっそくお出ましのようだ」
リッドは不意に過去の記憶が蘇り、かつて似たような言葉を聞いたことを思い出す。
陰気臭い雰囲気が漂う中で、彼の顔には笑みがこぼれるが、気配を感じ取って【ライト】の照らしきれない先を見据えて眼を鋭くする。
「AAAAA……」
「UUUUU……」
「GURURURURURU……」
「GURURURURURU……」
「GURURURURURU……」
リッドたちの前に、動く人骨や動く四足獣骨の群れが、決して遅くない動きで複数体ほど現れた。
骨どうしが噛み合い軋む音のほか、人や獣のような声まで発している。
「どこから鳴き声を出しているやら」
リッドは、魔物の鳴き声を掻き消すかのように、金属籠手を鳴らしてから構えた。
「実際に見ると、ちょっと怖いですね……」
金属の棍棒を持っているクレアは、リッドのすぐ後ろで足を強張らせている。
「大丈夫だ。クレアは俺が必ず守る」
「っ!」
戦闘中に敬称など付けていられない。
頭では分かっていても、リッドの唐突な「クレア」呼びに、クレアは頬が赤らみ、口をつぐんで、目をしばたたかせた。
「AAAAA!」
「GURUAAAAA!」
「うおおおおおっ!」
リッドは迫り来る動く人骨や動く四足獣骨たちを相手に、隙間を縫うように俊敏な動きを見せつつ、クレアとウィノーを守るように大立ち回りを披露する。
「私も力に……勇気と慈悲を祈りに込めて」
歯がゆさを祈りに隠すクレアが見つめる棍棒には、折りたたんだ翼のような6つの突起があり、神の使いが持つ翼を模してあって、持つ者に力を貸し与えているとされている。
「GYAN!」
次々と動く人骨や動く四足獣骨が悲鳴を上げて薙ぎ倒されていく。ただし、骨格を崩しただけでは倒したことにならないため、骨の再生力が間に合わないほどに折ったり、粉々にしたりする必要があった。
「うおおおおおっ!」
そのため、リッドはただ崩すだけでなく、スケルトンの骨を奪い取って、へし折ったり、殴りつけたり、投げつけたりと、傍から見るとやりたい放題で盛大に暴れ回っている。
「GYAAAAA!」
「GUUUUU!」
「AGAGAGAGAGA!」
魔物からすれば、いきなり自分の太い骨を奪われてそのまま自分に叩きつけられたり、頭蓋骨をむんずと掴まれて別の魔物に投げつけられたりするものだから、明確な意志があればたまったものではないと嘆いて伝えているだろう。
「ウィノー!」
「あいよ!」
ウィノーはくるりと回って後ろを向き、背後から魔物が現れないかを見張り始めた。
後ろから気配が一切しないものの、ウィノーが気を緩ませることはない。
「GYAGA!」
「KAKAKAKAKA……」
「守られているだけじゃダメ……私のできること……私のできること……」
「クレアちゃん、前を向け! 落ち着いて、リッドの指示を待て!」
「は、はい!」
力になりたいと焦るクレアが頭だけを前へ後ろへと動かす様子を見て、ウィノーがいつになくはっきりとした口調で制止する。
そのタイミングでリッドが一旦、土ぼこりの中からクレアやウィノーのいる場所まで戻ってきた。
「しばらく放置していた弊害か。次が来るぞ」
リッドは第2波を想定して、臨戦態勢のままに腰から提げていたボトルの水をほんの少し口に含む。
「弱いけど、墓地だけあって、うじゃうじゃ出てくるな。”昏く深い墓地では昼夜を問わず、屍霊の宴が明けることなく執り行われている”とかかな」
ウィノーが、まるで誰かの真似事のような、普段と違う高らかな口調で詩的な表現を口にした。
「ウィノー……ハトオロみたいなことを言うなよ。っと、次のお出ましだ。クレア、聖女見習いの力を試してみてくれ」
リッドは、ウィノーの詩的表現に少しうんざりしたような声で反応しつつ、目の前から聞こえてくる動く人骨や動く四足獣骨の奏でる音の鳴る方を指し示して、クレアに指示する言葉を掛ける。
落ち着きを取り戻していたクレアは、地面に描かれた光る円の中で、自身の両手を胸の前に置いて、棍棒を持ちつつも手を互いに絡めるようにして祈りの仕草を静かに行っていた。
クレアの透き通るような青い瞳に、神々しい白い六翼の光が宿る。
「はい! お願い……【屍霊浄化】!」
クレアの祈りに応えて、淡い光を放つ【屍霊浄化】が発動する。
彼女を中心とした同心円状に淡い光が広がっていき、その光に触れた動く人骨や動く四足獣骨が瞬く間に消滅し、ところどころに骨が音を立てて地面に落ちていった。
こうして数十体いたはずの第2波は、クレアの【屍霊浄化】によって、そもそも存在していなかったかのように一掃される。
「ひゅー、さっすが」
第3波の気配もなく辺りが急に静まり返ると、ウィノーが尻尾をゆらゆらと左右へ振りながら称賛の言葉を発した。
「【屍霊浄化】は、神の力を借りているとも言われていますから」
クレアは安堵の溜め息とともに、【屍霊浄化】の絶大な効力に自信がついて、ニヤリと頬を緩ませる。
「それにしても、やっぱり、聖職者の中でも、聖女や聖女見習いの【屍霊浄化】は強力な術だな」
「だよなあ。クレアちゃんがいてくれると、めちゃくちゃ、心強いよなあ」
ウィノーが冗談交じりにそう呟くと、リッドが真剣に頷いていた。
「そうだな。俺たちは屍霊系の魔物の多いダンジョンに潜ることが多いから、正直この【屍霊浄化】の威力は魅力的だよ」
「!」
「!」
リッドが何の気なしにこぼした言葉は、彼自身が思っている以上に影響を与えた。
クレアは嬉しそうな顔を隠さずにぶんぶんと頭を縦に振っており、すっかりそのつもりの雰囲気が漂う。
一方のウィノーは、自分の冗談が原因で彼女をその気にさせていることが分かって、この先の結末を予感した苦笑いにもとれる表情へと変わっていく。
「どうした? そんなに頭を振り乱して……何か憑りついたのか?」
リッドの心配に、クレアは縦から横へと頭の振り方を変えた。
リッドの不思議そうな表情をよそに、ウィノーは信じられないといった表情を浮かべる。
「そんなわけないだろ? あーあ、分かってないのか……後で大変だぞ?」
「ん? とりあえず、先へ進むぞ?」
いまだに勘付かないリッドは、ひとまず追尾型の【ライト】の光5つを頼りに、マップを手にして理解しながら足を進めようとする。
「ひっ!」
道中、咄嗟の時に迷うことがないように、来た道の左壁側にある常設のランタンに火を灯していく。すると、クレアが突如照らされて浮かび上がる人骨に驚いて、悲鳴を我慢しつつも何度かリッドの腕に抱きついていた。
「クレアさん、大丈夫か?」
「あ、えへへ……本物の骨はやっぱりちょっと……」
クレアが恥ずかし気に笑う。
リッドは、彼女の反応や仕草をかつてともに旅をした仲間の影と重ねていた。
懐かしさや愛しさ、切なさなどのさまざまな感情、心の奥底からじわじわと溢れ出てくる感覚が、彼の胸の中で熱を帯び始める。
「そうか……そういうところも似ているな」
「え? 似ている?」
「いや……怖さが和らぐなら好きにしてくれ」
クレアの素朴な疑問に、リッドは何も答えずにただ腕を差し出した。
「おい、リッド、自分ばっかり、クレアちゃんの柔らかさを堪能してズルいぞ!」
「っ!」
ウィノーの茶々がリッドよりもクレアに響き、彼女は顔を真っ赤にして彼から素早く数歩離れ、恥ずかしさと申し訳なさでもじもじとしていた。
リッドは深い溜め息を吐く。
「おい、ウィノー、さすがに人聞きが悪すぎるぞ。だいたい鎖かたびらで——」
「鎖かたびらで?」
「……あ、いや、なんでもない」
ウィノーのニヤニヤした口振りに、リッドは自身がクレアを意識していたことをうっかり露呈させてしまったと気付く。
「っ!?」
クレアが顔を真っ赤にして、隠しきれない胸を両腕でなんとか覆い隠すようにと自分の身体を守ろうとしていた。
「クレアさん、すまない。どうにも君を重ねてしまって……」
「あ、い、いえ……」
リッドがクレアに向ける視線は、目の前の彼女自身に向けたものではない。そう彼女が自覚する度に、彼女の胸の中で何かが締め付けられるような感覚に陥っている。
彼女はその感覚にも戸惑っているようだった。
「『ピュリフィのがもっと大きかったらなあ』って、リッド、言っていたもんな!」
「大きっ!?」
ウィノーの追撃に、リッドは口元に満面の笑みを浮かべている。
「ひぐっ!?」
「ひいっ!」
ただし、リッドも青筋と殺気は隠せなかったようで、ウィノーのイタズラ好きの笑顔が一瞬にして凍りついた。
なお、リッドの放つ威圧の余波に、クレアも恐怖で怯えている。
「……ウィノーの墓はもうここでいいな。さらば、大親友よ」
「ちょ、待てよ! いや、待ってください! つい、出来心で、ほんと、ゴメンってば!」
ウィノーの五月雨のような平謝りを聞いた後、ようやくリッドたちは調査活動を始めた。
リッドは、しゃがみ込んで魔力測定器を地面に突き刺し、数値を読み取って、ダンジョンマップに直接ペンを走らせる。
「うーむ……」
「どうなんだ? 正直、ダンジョンの割に、ほぼ魔力が枯渇していないか?」
浮かない顔をするリッドに、ウィノーが周りを見渡しながら話しかけた。
リッドはゆっくりと頷く。
「そうだな。ウィノーの言う通り、やはり、魔力が低いな……」
「あの、これはどうやって見るものなのですか?」
うずうずとしていたクレアは好奇心旺盛な瞳を輝かせて、前かがみで魔力測定器の表示を覗き込みつつリッドに訊ねた。
「あぁ、これは——」
リッドはクレアの質問に答えようとして振り向いた瞬間、感じることも難しいほどの僅かな揺れと天井からパラパラと落ちてくる小石によって、異変が起こっていることに気付いて喉から言葉が出なくなった。
「ど、どうし——」
リッドの強張った顔に、クレアは何事かと訊ねようとするも最後まで言いきることができなかった。
「我慢してくれ!」
「痛っ!」
轟音が天井から鳴り始める。
間に合わないと判断したリッドが立ち上がりざまにクレアの肩に指を食いこませて、吹き飛ばすように力いっぱいに押し飛ばした。
初めに降ってきた岩に金属籠手が弾かれると、リッドも勢いよく跳び退って、クレアと逆側へと転げ回っている。
「ウィノー!」
「分かってる!」
ウィノーがリッドの叫びに応じて、転げ回っていたクレアの元へと飛び跳ねた直後に、クレアの元居た位置の壁や天井から無数の岩石が降り注ぐ。
まるで雷が洞窟内に放たれたかのような轟音、【ライト】の光さえ霞ませるほどに舞う土煙、道を埋め尽くすほどに流れ出てきた土砂、それらが起きたことの大きさを物語っていた。
「痛たたたっ……きゅ、急に何が……きゃあああああっ!」
クレアはあのままだったら岩石に押し潰されていたと分かって、思わず叫んでしまう。
「……あんなに叫ぶ元気があるってことは、なんとか間に合ったか……」
降り注いだ岩石があっという間にクレアとリッドを分断したが、誰も大したケガをすることもなく無事だった。
「え、え?」
「そっちに近寄るな! まだ終わってない!」
「っ……」
クレアは不安になって岩石の方に近付こうとするが、彼女の足元でウィノーが力いっぱいに叫ぶと、彼女の足がぴたりと止まった。
天井から再びパラパラと砂や小石が舞い落ちていく。
「ウィノー、クレアさんを! すぐに合流する!」
「合点承知の助惡郎!」
「ここで突っ立つな! まだ崩れる! 走れ!」
「冗談! 冗談! 下で合流な!」
さらに岩石が土砂とともに降り注ぎ、リッドもクレアとウィノーもその場から離れるしかなかった。
お読みいただきありがとうございました。




