1-7. 大人らしい歩み寄り【2026.03.21 改稿】
【2026.03.21 大幅改稿】
森から離れるように分岐した道の先、背の低い草原を突っ切る一本道を進むと見えてくるレッムーラの丘。
その近くにある村は、魔物からの襲撃に備えた背の高い柵に囲まれているものの、犬や子どもたちが走り回り、女性たちが子どもたちに気を掛けながらも談笑し、男性たちが力仕事に精を出しているような、のどかな雰囲気を醸していた。
「じゃあ、最長2日間待つってことで! お気をつけてくだせぇ!」
邪悪な小人から剥ぎ取った戦利品でホクホク顔の御者は、静かなリッドたちにそう話しかけた後に、すぐさま村人たちとともに荷台に載せている荷物を運び出す。
軽く愛想笑いをつくったリッドは、無言で御者に軽く手を振った。
「……俺たちも行こう」
「にゃあ」
「……はい」
リッド、ウィノー、クレアは、彼女の歩く速度に合わせて速すぎず遅すぎず、村の裏手から伸びて地下共同墓地へと向かう一本道を歩いていく。
村と地下共同墓地の間は、人が通る砂利道以外、背の低い草原が広がる緑ばかりで殺風景なものだが、一方で、人や魔物がいればすぐに分かりそうなほどに見晴らしも良い。
「あー、それにしても、いい天気だよなあ」
周りを見渡して、ほかに誰もいないことを確認してから、ウィノーがどちらともなく話しかける。
「あぁ」
「えぇ」
日がほどよく照り、ぽかぽかとした陽気も漂う中、口を開くとき以外固く結んでいるクレアの周りの雰囲気は少し重苦しく澱んでいた。
リッドも彼女につられてか、さらに口数が少なくなっている。
「カ、地下共同墓地に行く前に、地上共同墓地で陽気な散策でもいいかもな?」
ウィノーがぎこちなく軽口を吐いてみるも、リッドとクレアは合わせたかのように同じタイミングで首を左右に振っていた。
「……いや」
「……いえ」
魔物の姿や気配は一切ないが、会話も同じように一切ない。
しかし、リッドが何かしらの言葉や身振りを発する際、クレアは表情や身動きで何かしらの反応を示していて、かたやリッドもクレアの歩く速度に逐一合わせている。
「……あ、そう? オレはいいと思うけどなあ?」
「…………」
「…………」
ウィノーも沈黙が嫌いなわけではない。
「あー、もう! 2人とも不器用すぎるだろ!」
ただ、気まずい雰囲気が苦手なだけだ。
「!?」
「!?」
華奢な身体で通せんぼ。
2人の前に出て威嚇するように全身の毛を逆立てたウィノーを目にして、クレアが止まり、次いでリッドも止まる。
「こんなんで連携が取れるわけないだろ! いい加減にしろ! ダンジョン舐めてるのか! この際だからはっきり言わせてもらうけど、発端はリッドの不器用で、長引いているのはクレアちゃんの不器用だからな!」
怒りを隠さないウィノーだが、その愛くるしい容姿と甲高い声も相まって、相手を委縮させる雰囲気がまったくなく、まるで幼児に窘められているような様相さえ窺わせている。
「すまない」
「ごめんなさい」
2人ともすぐさま謝る言葉を口にするが、ウィノーの怒りは冷めやらない。
「オレに謝ってもしょうがないだろ!」
ウィノーの言葉に、バツ悪そうな顔をする2人が向き合った。
「クレアさん、すまない」
「リッドさん、ごめんなさい」
ウィノーは多少の溜飲が下がったようだが、まだリッドをじっと見つめている。
「あと、リッド、お前、大人だろ?」
ウィノーが睨みを利かせて言外に「クレアがまだ納得しかねている」と伝えると、リッドは髪を数度ガシガシと音を立てて掻き上げながら、観念したように頷いた。
「……クレアさん……詳しくはまだ言えないが、俺は昔、大切な仲間を失い、大切な人も一命をとりとめたが、まだ全然安心できない」
リッドが言葉を濁したくなること、それはかつての仲間に関わること。
「っ……そう……ですか……」
クレアは司教からも聞いた同様の内容を思い出し、無闇に彼の腹を探った自分の至らなさに気付く。
「だから、仲間が傷付くことが怖い……クレアさんに何かあったらと思うと怖いんだ……」
リッドの呟く「仲間」という言葉。そこにクレアが既に含まれており、彼女は一瞬口の端を上げるも、彼の痛みの重さにつられて口の端もみるみるうちに下がっていった。
「……ごめんなさい」
クレアはまるで懺悔の言葉を呟くように、悲哀に満ちた表情で謝る。
ここに告解室があれば、彼女自身が駆けこんでいただろう。
そう思わせるほどの、涙も滲む彼女の表情。
リッドもまた哀愁を漂わせつつ、首を小さく横に振っていた。
「はい、仲直り! 気まずいの、おしまいな! はい、おしまい! 以上!」
ウィノーは別の気まずさを察知したのか、すかさず畳みかける。
その必死さがどことなく面白く愛らしかったのか、リッドもクレアもきょとんとした後にクスッと微笑んだ。
「……そう言えば、どうしてダンジョンに階級があるか、って質問を受けたままだったな」
リッドたちは再び歩き始め、不意にリッドがクレアからの質問を思い出して話題にする。
「あ……あ、はい」
急なことにクレアが戸惑っていると、ウィノーがニヨニヨとイタズラを思いついた子どものような笑みを浮かべている。
「お、仲直りしたら、急に饒舌になるじゃん? そのままクレアちゃんを口説くなよ?」
目を丸くさせるクレアの視線がリッドとウィノーを行き来し、リッドは音のない溜め息を吐いた。
「茶化すな。階級はダンジョンの調査を行った後に総合的に評価するが、その中でも一番重要なものが、ダンジョンに内包される魔力量だ」
リッドはウィノーの茶化しを軽く払って、自然と落ち着きのある笑みで話し始める。
このとき、ちょうど音の鳴る風が吹き始め、彼の声を遮ってしまうためか、クレアは密着までいかなくとも彼にかなり近付いた。
「む……」
ウィノーは一瞬だけ面白くないといった様子で顔を曇らせる。
「内包される魔力の量……それはダンジョンにある総量ですね」
クレアが視線を下に逸らしつつ納得しているため、リッドは頷いて話を続けた。
「そうだ。ダンジョンに保有されている魔力が多ければ多いほど、ダンジョンの階層も多く、魔物も第1階層からして強力だったり特殊だったり数が多かったりすることが多い」
まるで教本でもあるかのような説明口調で、リッドが手振りも交えて丁寧に語り始める。
「えっと……ということは、これから向かう地下共同墓地のダンジョンには魔力の量が少ないから、魔物もそこまで強くないということですか」
リッドとウィノーがクレアの回答を聞いて首を縦に振っており、ウィノーに至ってはもはや首振り人形のようだ。
クレアはウィノーの様子を見て、笑いがこらえきれなかった。
「ただし、下級は簡単という印象が強いが、良いことばかりでもない。その魔力量の少なさ故に維持することが難しく、つまり、崩壊しやすい側面も持つ」
「ダンジョンの崩壊……それに魔力量が関係していて……そして、暴走なんですね」
ウィノーが何を思ったのか、リッドの肩に乗った。
そのつぶらな瞳はクレアを映している。
「そうそう。一説によると、上級が1つ崩壊して暴走が起こす間に、下級は300ほど崩壊して暴走していると言われているんだよなあ」
「さ、300!?」
「あくまで比率ね。まあ、上級の崩壊と暴走なんて、オレは言い伝えでしか聞いたことないけど。ともかく、下級なら暴走は決して特殊でも特別でもなくて、いつもどこかで起きているってこと」
クレアの驚く顔に満足げなウィノーが嘘にならないように補足する。
「い、いつも……ですか……」
クレアが冷や汗を額に浮かべて垂らした。
「ちなみに、地上に出ている魔物の話もしておくと、その暴走の残骸や余波と言われることもあれば、ダンジョンになれない数千か所以上の魔力の吹き溜まりから散発的に発生しているとも言われているんだよなあ」
ぷらぷらと尻尾を揺らすウィノーは、まるで眼鏡を掛けたインテリ教師のように、何もない眼前で眼鏡を上げる仕草をした。
これにはリッドも思わず笑ってしまう。
「そうなんですね、すごく勉強になります」
「へへん。リッドにだけ、先生的な良い格好はさせないぜ?」
リッドの笑みがすぐさま苦笑いに変わり、やれやれとばかりに肩を竦ませる。
「誰が先生だ、変なところで張り合うな。さて、追加のお勉強だ。崩壊の可能性がある場合、先に魔力や魔物をダンジョン内で減らしておく必要がある。それらが多く残ったまま崩壊されると、暴走時に手を付けられなくなるからな」
「なるほど……一度に大量の魔物が出てくると対処が難しいですよね。ふむふむ」
クレアはいろいろと教えてもらったことで満足したのか、すっかりと元の朗らかな雰囲気を身に纏っていた。
「あと、もう1つ、クレアさんにだけ、特別なことを教えよう」
「私にだけ、と、特別なこと?」
クレアがリッドの思わせぶりな言い方に目を輝かせる。
「今回の墓地のように、人が深く関わっている場所は崩壊しやすい」
リッドの言葉の意味を図りかねたクレアは、途端に難しい顔をして首を傾げる。
「崩壊は魔力量が少ないからですよね? あ、人の関わっているところは本来、崩壊に巻き込まれないように、魔力がそもそも少ないから……とかですか?」
「読み筋はいいが、途中点だな。たしかに、人が住み着く場所の理由もクレアの思っているとおりで、魔力が溜まりにくくてダンジョン化しにくい場所だ。というか、魔力量だけでは吹き溜まり程度で、本来ダンジョンにならないような場所ばかりだ」
クレアは、眉間のシワがしばらく残ってしまうのではないかと思われるほどに、さらに難しい表情になっていた。
「え? ダンジョンにならないくらい? じゃあ、どうして」
リッドはおもむろに自分の胸やクレアの胸を指差してから、静かに口を開いて回答を言葉にする。
「人の想い、だよ」
「人の……想い?」
リッドが悲哀もこもる静かな笑顔をクレアに向けると、彼女は感化されたかのように少し寂しそうな表情をして、少し苦しそうに自身の胸へと両手を静かに当てた。
「そう。ダンジョンには大きく2種類ある。魔力だけでダンジョン化できたダンジョンと、人の想いが魔力の代わりになっているダンジョンだ」
「人の想いが……魔力の代わりになる?」
2人の間に言葉が消え、足が止まり、しばらく沈黙が続き、草原に吹く風がクレアの髪を梳くように通りすぎて揺らしている。
リッドが再び時間が動いたとばかりに歩き始め、クレアも1歩遅れで動き出した。
「あぁ。だが、人の想いというものは、所詮似ても似つかないものだ。だから、下級の中でも人が深く関わっている場所がダンジョン化したところは崩壊しやすい」
「そんなこと、聞いたことがないです。それはどこで聞いた話ですか?」
クレアの問いに、リッドが言葉を詰まらせて黙る。
やがて、リッドは目をしばらく閉じてから誰から見ても分かるような作り笑いを浮かべた。
「そうだな。急にそんなことを言って悪かった。信じられないなら信じなくてもいいさ」
「そ、そういう、意味ではなくて、その、あの——」
リッドの言葉にクレアが焦り、何かしらの言葉を出そうと口をもごもごと動かすが、咄嗟には何も出てこないようだった。
沈黙と風が再びこの場を支配し始めようとしたとき、ウィノーはすかさずリッドの肩から頭に乗り移り、尻尾を振り子のように振って、彼女の視線を自分の方へと向けさせる。
「でも、オレたちはそれを集めるためにダンジョン調査をするし、なんなら故意に崩壊させることもあるけどね」
「人の想いを……集める? 故意に……崩壊させる!? どういうことですか!?」
「お、おい……むぐっ」
ウィノーが話した内容で、クレアは頭の上に「?」をいくつも浮かべているような理解できていない表情になり、一方でリッドは余計なことまで言うなと言わんばかりに口を開こうとする。
しかし、彼が口を開く前に、ウィノーがその柔らかな尻尾をリッドの口元に当てて塞いでしまう。
「また隠しごとするとクレアちゃんに拗ねられちゃうだろ? これくらいならいいじゃん」
「えっ!? 拗ね!? こ、子どもじゃないんだから、そんなことで拗ねませんよ!」
ウィノーがニヤリとイジワルな笑顔をクレアに向けた。
「ほーらほら、そうやって、すぐに頬を膨らませちゃって。クレアちゃんは分かりやすくて、ほんと、かわいいなあ」
「わかっ!? か、かわ!? ……もーっ! ウィノーちゃん! からかわないで!」
話の流れは、完全にウィノーが持っていった。
リッドはそれに感謝しつつも、自分の頭の上で小刻みに跳ねるウィノーと、ウィノーを捕まえようと自分に密着して手を伸ばすクレアに対して、どうしたものかと困った。
「く、クレアさん……女の子が男に密着してくるのは良くないんじゃないか?」
「あ……う……すみません、嫌でしたよね?」
クレアが顔を赤らめ、自分自身を抱きしめるような仕草をする。
これにはリッドも変な狼狽をした。
「え、いや、別に、嫌、というわけじゃないが……」
「やーい、リッドのむっつりスケベ。クレアちゃんの胸ばかり見て、聖女見習いなら誰でもいいんだ?」
ウィノーの言葉に反応し、顔を真っ赤にしたクレアがリッドの目を避けるように胸を隠すと、リッドは無表情でむんずとウィノーの首根っこを掴んでいた。
「……どうやら、地下共同墓地に墓を1つ、増やさないといけないようだな」
「ちょっ!? 冗談! 軽いジョークだから! クレアちゃん、ヘルプ!」
「いいえ、ウィノーちゃんは少し反省すべきだと思います!」
「そ、そんな! 墓に入るより、クレアちゃんにそう言われる方が辛いぜ……」
本気でうな垂れるウィノーを見て、リッドとクレアが顔を見合わせて笑っている。
その微笑ましい光景を、遠く風下の方から眺める目がいくつかあった。
お読みいただきありがとうございました。




