1-9. 婉曲的に詠う吟遊詩人ハトオロ【2026.03.23 改稿】
【2026.03.23 大幅改稿】
リッドはウィノーやクレアと分断されてから、自分の方に残した【ライト】1つと道標に残していたランタンの光を頼りにして、止まることなくずっと走っていた。
「はあ……はあっ……クレア……ウィノー……クレア!」
分断された場所が悪く、合流するには大きく迂回する遠回りのルートしかない。
それを把握しているリッドは、焦りを浮かべている顔に玉のような汗をかき、息遣いもいつになく荒々しい様子でクレアとウィノーの名前を呼び続けながら、1秒でも早く合流するために地面を蹴り上げる音を大にして走っている。
「GURURURURU」
「AAAAA」
皮肉にもリッドの立てる大きな音に反応し、出没して集まってくる動く人骨や動く四足獣骨たち。
「邪魔だあああああっ! どけえええええっ!」
動く人骨や動く四足獣骨の頭部がいとも容易く吹き飛ばされ、その身体が自身の頭部を捜して動きを止めてしまっている間に、リッドは骨の大群の中をすり抜けて進んでいく。
「落ち着け……焦るな……ウィノーがいるし、【屍霊浄化】もあるから、すぐにどうこうはないはず」
「BOWBOWBOW!」
纏わりつくような湿気、凍てつくような温度、未舗装の歩きづらい地面、迫りくる屍霊系の魔物たち、それらが決してリッドの体力を蝕んでいるわけではない。
止めどなく出てくる汗も、落ち着くことのない息遣いも、次々に出てくる独り言も、すべてリッドの不安から表れているものだ。
「……バカか、俺は! ダンジョンで何が起こるか分からないんだぞ! あっ……」
「KYAN!」
最短距離を走っていたはずのリッドは、行き止まりに辿り着いて、不意に歩みを止めてしまう。そこは崩落した道というわけでもなく、最初から行き止まりの袋小路だった。
「……守るって言って……また俺は……」
落ち着かせようとする自分と急き立ててくる自分がリッドの脳裏に現れ、ウィノーへの信頼と心配を交互に口にし、クレアの無事と命や純潔の危機を同時に想像させ、クレアを守ると宣言した自分とかつて大切なものを守れなかった自分を重ねるように映していく。
「WOOOOO!」
「っ! うるさい! 黙って眠っていろおおおおおっ!」
リッドは、目の前に現れた動く人骨に、行き場のない衝動をぶつける。
「AAAAA!」
赤い金属籠手に掴まれた頭骨が音を立てて圧潰し、下顎の骨が力なく落ちるとともに他の骨も瓦解し崩れていった。
「GUOOOOO!」
ぼんやりとした【ライト】の明かりに照らされるリッドの紅い双眸は、魔物のそれと見紛うばかりに殺気と狂気に満ちている。
「はあっ……はあっ……俺が……俺が、ウィノーも、クレアも、守るんだ!」
リッドの両足は再び動き出した。
「GURURURURURU!」
「OOOOO!」
「GIGIGIGIGI!」
止めどなく溢れ出る動く人骨や動く四足獣骨に加え、ついに生ける屍まで現れる。
リッドが生ける屍を思いきり殴り飛ばそうとした瞬間、何かを思い出したかのようにハッとした顔をしてからピタリと手を止めた。
「GUGAAAAA!」
その隙を逃さなかった生ける屍の掌が、リッドの金属籠手を掴んで捉え、リッドを腐食性の唾液が溜まる口で噛みつこうとする。
「ぐっ! させるか!」
リッドは咄嗟の機転を利かせて跳躍し、生ける屍の下顎に蹴りを食らわせて天を仰がせた後、力を緩ませた生ける屍の腕を掴み返して、動く人骨や動く四足獣骨を目掛けてぶん投げた。
「VAAAAA」
波が引いたように訪れる一瞬の静けさ。
勢いよく吹き飛んだ屍霊系の魔物たちが通路の闇に消え、息遣いが荒いままのリッドだけが【ライト】に照らし出されていた。
焦った代償は、普段ならあり得ない迷い方をし、本来なら造作もない相手に浪費した時間として、リッドに重く圧し掛かる。
「くっ……落ち着けよ、俺! ……俺がやられたら元も子もないだろ!」
肝を冷やしたリッドから焦りが消え、さらに自分の頬を強く殴りつけることで、一時的に正気に戻った。
そのとき、弦楽器を掻き鳴らす音が通路に響き渡る。
主張も音量もリズムも激しかった音が、徐々に静かで優しい子守唄のメロディのように落ち着いていき、それに合わせてか、リッドの激しかった鼓動や感情の波さえも半ば強制的に抑えられ、呼吸もゆっくりと息を整えられるほどになっていった。
「おやおや……らしくないですねえ。ペース配分、状況把握、立ち回りの上手さがあなたの持ち味のはずですが」
突如、小馬鹿にしたようなセリフが、地下共同墓地の入り口の方から、リッドや屍霊系の魔物たちの横を通り抜けていく。
「だ、誰だっ!」
リッドは、背後から聞こえてきた男の声に振り返った。
「剣と魔法の世界で、武骨にも己の拳と脚を主に使う変わり者がいた……。その変わり者は冒険者の頂上に立つかと思われたが、いつしか崩壊間近のダンジョンを積極的に喰らい付く更なる変わり者へと変わる……。さて、この男、『ダンジョン喰らいのリッド』は、果たして奇人変人で終わるか、それとも誰もが知る英雄となるか……」
誰かと問われた男は、リッドの問いに一切答えることなく、奇妙な弦の音ともにねっとりとした美声で語り始めた。
「まさか、ハトオロか? どうしてここに?」
ここでようやく、リッドは声の正体がハトオロという男だと気付き、敵意よりもげんなりとした様子でまだ見えぬ彼に声を掛ける。
ハトオロと呼ばれた男が茶色のなめし革の三角帽を目深に被ったまま、リッドの【ライト】の照らす範囲に姿を現すと、リッドの目にまず映ったものは、光の当て方によって鮮やかに色が変わる構造色の長髪だった。
「大、正、解! そして、この『心変わり小劇場のハトオロ』は、リッドさんを信望している吟遊詩人。そう、あなたがいれば、どこへなりとも伺いますとも!」
中性的で不思議な色香を放つハトオロは、満面の笑みを浮かべつつ、リッドに自分を見てくれと言わんばかりに、半開きにしたなめし革のジャケットを手ではためかせて、なめし革のロングブーツを見せつけるようにタップダンスを披露し始める。
露骨に嫌そうな顔をするリッドが、ハトオロに聞こえるほどの大きな溜め息を吐いた。
「……構っている暇がない。質問に答える気がないなら失せろ」
リッドは、ハトオロを置いていくつもりの全速力で走り出す。
しかし、ハトオロが三角帽を手で押さえながら、リッドの速さにしっかりと付いてきていた。
「おやおや、本当に、いつになく余裕がない。ちゃんと答えますよ。南方であなたに巻かれてしまってから、方々を探している間に友だちになった小鳥さんに、『リッドさんがこちらに来ている』と聞きましてねえ」
「…………」
リッドは、ハトオロの妄言にも似た話を聞きながらも、奇声や唸り声を上げながら次々と現れる動く人骨や動く四足獣骨を大きく振るった拳で粉砕し、どれだか判別できなくなるほどに一纏めにして木っ端微塵に殴り潰していく。
「どうして急に黙るのでしょうねえ? 本当のことですよ?」
ハトオロもまた、弦楽器を掻き鳴らして惑わせたり、屍霊系の魔物を蹴飛ばしたりしながらリッドのサポートに回っている。
「あぁ、信じたくないが、そんな下手な嘘は、吐かないと、知っている!」
リッドは喋りつつ、遠くの生ける屍を目で捉えると、間近で動いていた動く四足獣骨の太い背骨を奪って投げつけていた。
「おぉ、それはよかった」
ハトオロはリッドが冷静に対処できるようになって満足げな表情を見せる。
「だが、本当に構っている暇はないんだ。だから——」
「それで、また焦燥に駆られて、無闇に傷付く、無駄なことを繰り返すおつもりで?」
ハトオロの声色は、先ほどまでの甘く囁き掛けるようなものから一転して、冷ややかな刃を首筋に据えているような鋭いものへと変化していた。
「何?」
リッドは眉間にシワを寄せ、口の端を片方だけ吊り上げたまま、ハトオロを冷ややかな目付きで一瞥する。
「あなたは正義感に溢れ、律儀で実直な点が美徳ですが、反面、何でも背負い込み過ぎる悪癖を持つ」
そんなリッドの様子を意に介した雰囲気も見せず、ハトオロが淡々とリッドにそう呟く。
「つまり、何が言いたい?」
浮遊している霊魂系の魔物たちを横目に警戒しつつ、リッドはハトオロの真意を図りかねて、低くくぐもった声で訊ね直している。
「転じて、一人じゃ考え込み過ぎると言っているんですよ。女房役のウィノーさんがいない今、別の誰かと話している方がいいのでは?」
リッドはグッと堪えるように口を一度結び、2度、喉を鳴らして飲み込んだ後に小さな溜め息を吐く。
「……お前じゃなければ、提案は即採用だったな」
「ひどいですねえ。でも、ほら、実際に話している方が急いでいても落ち着くでしょう?」
リッドに反論の余地はなかった。
先ほどの我を失っていた自分を思い出し、金属籠手の甲を見つめる。
「……はあ、お前と話すなら、せめて、俺のためになる話であってほしいよ」
「なるほど……ために、ね。では、即興ですが、ここで1つ。“死者だけが住む都市で、宴は永遠に続く。その宴の演者は意図せずに増える。死者だけが住むはずの都市に、矮小な悪は己が行いを隠すために生者でありつつも利用する。” なんて、どうでしょう? いつもよりは分かりやすいはすですよ」
ハトオロはまるで謎かけを楽しむかのように、自身の作った即興の語りをリッドに告げた。
リッドは面倒そうな表情を露わにして、鉢金周りの頭を強めに掻く。
「そういう吟遊詩人特有の言い回しが苦手なんだよ。だいたい、それがなんで俺のために……待て、今、地下共同墓地にいるのが、死者だけじゃないって言ったのか!?」
「まあ、そうなりますねえ。しかも、矮小なる悪の生者は、女連れもいないようで……きっと飢えた男たちですねえ」
冒険者ではない、しかも、悪党の男どもが地下共同墓地を悪用している。
リッドは、クレアへと這い寄る危険に背筋を凍らせた。
「そういうことはもっと早く言え! クレアが危険だ! 守らないと!」
リッドは、クレアの傍にいない自身の不甲斐なさに、歯を噛みしめながら先へと急いだ。
お読みいただきありがとうございました。




