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ダンジョン喰らいのリッド  作者: 茉莉多 真遊人
幕間4

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69/70

4-Ex4. まだ届かない想い

約4,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 薄暗いダンジョンの最奥。魔物が蔓延る薄暗い洞窟を抜けた先には、灰色がかった土や岩でできた壁や天井、白黒のまだら模様が入り混じる石で敷き詰められた床があり、さらに入り口から奥まで等間隔に並ぶ松明が青い炎を揺らめかせている。


「到着ニャ」


 ウィノーは【惑わす屈折(ミスト・ヴェール)】を解除し、霧によって付着した水滴に愛くるしいはず顔の鼻筋が寄り、全身を激しく震わせて顔を前足で拭っていた。


 リッドもまた全身に付着した露を払うように、四肢を振り、マントを数度はためかせて、灰褐色の髪を何度も掻いている。


「これさえなければ完璧だな」


「いやいや、水も滴る良い男にいつでもなれる、オレ独自の完璧な魔法ニャ」


 ウィノーの言葉と裏腹な仕草に、リッドは半眼で受け流しながら、口をウィノーに向けることなく静かに一歩踏み出した。


「……来たぞ」


 リッドは静まり返っている部屋に入った瞬間、部屋の奥に鎮座する祭壇の方へとぶっきらぼうに言い放つ。


 次の瞬間に突如として、祭壇の奥に潜む2つの扉のうち1つが大きな音ともに開け放たれて、中からリッドたちが思わず目を覆うほどの眩しい光が部屋を真っ白に染め上げた。


「ほう、今回はそこまで苦労しなかったようだな。成長したか?」


 やがて、光が徐々に収まると、冷たいソプラノ声が祭壇の上方から静かに響く。


 リッドとウィノーが顔を少し上げて薄目を開けると、そこには神々しさを醸す淡く白い光を背に受ける少女の姿があった。


 少女のつり目がちになっている目の中に浮かぶ淡い空色の瞳が、まるで嵌め込まれている宝石かのように無機質な様子でじろりとリッドとウィノーの方を見つめている。


「ピュリフィ……」


 リッドは、燻るように暗く紅い瞳の中に映る少女の名前を口にした。


 聖女見習い、ピュリフィ。かつてのリッドの仲間(パーティー)の一人であり、リッドの恋人。だが、彼女の意識は身体の奥底に押し込められ、今は神を名乗る者が彼女のくすみの1つもない色白の美しい身体を支配している。


 ウィノーが咄嗟に前に出た。


「おい、自称神さまよお、来てやったんだニャ。客人には、茶の一杯でも出すもんじゃないかニャ?」


 ウィノーが厭味たっぷりに甲高い声を楽器のように鳴らしてサファイアブルーの瞳で睨みつけると、神は首を傾げて厚みの薄い桃色の唇の端を大きく歪ませて鼻で笑う。


「私のおかげで生き長らえているにも関わらず、相変わらず口の減らない者だな。そこらの泥水を啜らせていないだけマシと思え。このダンジョンは私の意のままなのだぞ?」


 神が言葉を吐き捨てつつ、薄い金色の髪を白い陶器のような細腕が掻き上げる。


「ピュリフィ……」


 神が意識せずに放った無機質のように冷たい印象の中にも小さな微笑を浮かべる仕草に、リッドは紅の瞳を滲ませながらも一瞬手を上げようとしたが、すぐさま引っ込めて拳を力いっぱいに握りしめて苦々しい顔でうな垂れた。


 ウィノーはリッドをちらりと見遣った後に、再び神へと視線を戻す。


「必ず定期的に来いって、付き合いたての彼女のように、駄々をこねるから来てやっているのニャ。それを忘れちゃあいけないニャ」


「忘れているのは、ウィノー、お前の方だ。この柔らかく美しい身体がどうなってもいいのか?」


「……やってみな? 今のままじゃ外に一歩も出られないお前が、話し相手もいなくなって、また引きこもりになるだけだぜ?」


「私を脅しているつもりか?」


「そりゃこっちの科白だぜ? 対等だって言ってんだよ、分かんねえのか? オレたちはお前の奴隷じゃねえぜ?」


 ウィノーも神も互いに顔に出るほど苛立ちを募らせているようで、ギリリと歯の軋む音が鳴る。


 そこでようやく、無表情になったリッドがウィノーより前に出て、神と見つめ合うように視線を交わす。


「無駄話はそこまでだ。ウィノーも、熱くなって語尾がなくなっているぞ」


「……すまないニャ」


 しゅんとするウィノーをちらりと見て、リッドは小さく微笑んだ後にさらに数歩前に進んでいく。


「お前は進捗が知りたいんだろ? だったら、さっさと見ろ。俺は、午後の茶会を開く(話し込む)つもりなんて毛頭ないからな」


 リッドのぶっきらぼうな物言いに、神はにんまりと悪戯を思いついた子どものように口の端を上げた。


「ほう。それはそれで寂しいじゃないか。長らく見ていない最愛の者が恋しくないのか? あぁ、せっかくだ、恥ずかし気な感じで一糸纏わぬ姿になってやってもいいぞ? それくらいのサービスは——」


 神が頬をチークでも塗ったかのように赤らめさせながら、白いローブにさっと手を掛け、するすると衣擦れの音をさせた瞬間、リッドの殺気が神を射貫く。


 神はピクリと跳ねてから手の動きを止めた。


「お前がしていいことじゃない。その申し出は、本当のピュリフィならいつでも大歓迎だ」


 リッドの顰め面を見て、神が不敵な笑みを浮かべる。


「ふはは、それは無理だが、安心しろ。こやつは今もなお、身体の奥底で意識を沈めているだけで消滅していない。あぁ、たまに意識を覚醒して、『リッドを苦しめないで!』と懇願はしてくるがな。はーっはっはっは!」


 先ほどの不敵な笑みから一転して、神が大口を開けて高らかに笑った。


「てめえ……」


 ウィノーが全身の毛を逆立たせて殺気とともに威嚇をするが、一方のリッドは先ほどの殺気を潜ませて、無表情のままに神の方へと近付いていく。


「ピュリフィ……聞こえるか? ありがとうな。だけど、俺も君が早く苦しみから解放されるように、必要なことをするだけだよ。だから、君のいない今ここで長居する理由もないし、したくもない」


 リッドは灰褐色の髪を揺らしながら首を横に振り、身をゆだねるかのように全身の力を抜いて、ゆっくりと目を閉じた。


 神はリッドへと近寄り、長く細いまつ毛が彼の肌を掠めるほどに顔を近付けて、そっと耳元に桃色の唇を寄せた。


「『あら、ここにいないからって、冷たいのね。私のことを身も心も愛してくれているのでしょう? だったら、もっと話しかけてくれてもいいのにね。それとも、新しい子に気持ちが移っちゃったのかしら? 私よりもかわいいものね』」


 まるでピュリフィが喋っているかのように、神は声色や抑揚を意識的にピュリフィのものに変えている。


 そして、新しい子。


 リッドは、神がクレアのことを言っていることに気付くと、それをたとえ頭で違うと分かっていてもピュリフィに言われてしまったのだと感じてしまうと、先ほどまでの余裕を保つための無表情が脆くも崩れ去り、唇を強く噛んで眉間にシワを寄せていた。


「おい、てめえ!」


 ウィノーにも聞こえていたようで、ウィノーは耳を激しく動かしながら再び威嚇を始める。


 だが、神はお構いなしのしたり顔で、リッドの周りを浮いた身体で回っていた。


「『そんなに怒ることないじゃない。声真似は私からのサービスよ、ただのサービス』」


 悪気はないと言った様子で、しかしながら半月を描くような悪意のある笑みを露わにする神に、リッドは目を閉じたままで溜め息を吐く。


「……声真似で人を揶揄うのは上手なようだが、人真似しても人の心までは理解できないようだな」


 神は一瞬、瞳が零れんばかりに目を見開いて、口で真一文字を描くも、すぐさま落ち着きを払った様子で笑った。


「……ふはは……矮小なる者たちの心など、どうして理解する必要があるだろうか」


「理解もできないのに、人の想いを欲するのは滑稽だな」


「滑稽とは、言ってくれる。人の想いそのものに興味などない。人の想いから得られる奇跡(ちから)、それこそが我の求めるものだ。矮小なる者たちとて、石や鉄(ざいりょう)に興味がなくとも、家や武器(ほしいもの)を求めるだろう?」


「お前が散々、矮小なる者と呼んでいる存在から作り出されたものを、か」


 リッドの度重なる追い打ちに、神は不愉快を隠さずに目を細めていたが、やがて、優しい顔でそっとリッドの頬に手を触れ、目を開かせるように少しだけ顔を上げさせた。


 再び淡い空色の瞳と紅の瞳が間近で視線を合わせる。


「『ふふっ……もうちょっとかしらね。そう、きっともうそろそろ満ちるわ。思ったよりも速くて、とても嬉しいわ。ありがとうね、リッド。私のためにがんばってくれて』」


 先ほどの声真似よりもずっとピュリフィに寄せ、リッドとピュリフィが2人きりの時にしか見せないような柔らかな微笑みを浮かべる神。


 リッドは一瞬頬を緩ませてからすぐに歯を食いしばり、天を仰ぎつつ不意に堪えきれなくなった涙を数滴、頬から顎へと伝わらせていた。


「……やめろ……もう……ピュリフィを弄ぶな……やめてくれ……」


 やっとのことで絞り出したようなひどく小さなリッドの声。


 リッドの悲痛な懇願は、静かに場の雰囲気を侵食していった。


「リ、リッド……つい喜んじまったお前は何も間違ってねえよ……」


 ウィノーは怒りも忘れ、情緒不安定気味のリッドの足元にそっと寄り添う。


 その逆に、神は満足げな表情で下卑た笑いを催しながら奥の扉の方へと下がっていく。


「いずれにせよ、もうそろそろだ。早く返してほしければ、早く溜めることだな。期待しているぞ、リッド」


 やがて、白い光とともに神が消え去り、青白い炎だけが灰色で味気のない部屋を不気味に照らした。


 リッドはしばらくして、金属籠手(ガントレット)を馴染ませるように腕を振るわせる。


「そろそろ行くニャ、リッド」


「あぁ……ピュリフィ、待っていてくれ」


 こうして、リッドは指先で頬に残っている滴の跡を消してから、冷静に熱い決意を新たにして、地上へと静かに戻るのであった。

お読みいただきありがとうございました。

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