4-18. 終止符を打つ悲恋
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楽しんでもらえますと幸いです。
ジュイオとの死闘が幕引きをして、リッドの放つ紅い光が落ち着いていくと、部屋が幕を下ろした舞台のように月光のわずかな光だけに包まれる。
「リッドさん!」
「リッド、大丈夫かニャ」
クレアとウィノーが、片膝を着いて息で身体を上下させるリッドへと近寄っていく。
クレアは一瞬だけ躊躇うも、リッドの身体に触れて支えようとした。
一方のウィノーは、リッドに心配そうな声色で小さく声掛けを連呼している。
リッドは強張った表情をほぐして微笑む。
「2人ともありがとう……特訓のおかげで、どうにか気絶は免れたな……」
リッドは師匠である大司教からの厳しい特訓を思い出して、気絶しなくなっている自分に驚きの声を隠さなかった。
「おかしいほどにタフね」
「そのおかしなタフさのおかげで、今回はリッドさんを担がなくて済みますねえ」
後から急がずにやって来たイライドとハトオロが、半ば呆れたようにリッドを見て各々自由に呟く。
リッドは、2人の言葉でどっと疲れが押し寄せてきたかのように、静かにうな垂れた。
「……2人は少しくらい労わってくれ」
リッドはゆっくりと立ち上がる。
その赤い双眸には、勢いよく走りだして両手を広げて抱きつくエミハマスと、口を半開きにして目を丸くしつつもしっかりと抱きとめるオティアンの姿が見える。
2人は無言でしばらく抱き合った後、ようやく周りの様子に気付いて、眉を八の字にして乾き気味の笑みを浮かべながらリッドの方へと近付いていく。
「リッド殿」
「リッドさん」
リッドの周りに全員が集まると、彼は勝利を分かち合うような表情をせず、ただ言いづらそうに数度口を動かした後にオティアンとエミハマスを見る。
「……余韻も情緒も何もなくて済まないが、もう2人に時間はない」
リッドからの非情な宣告。
ジュイオを含む大量のダンジョンの魔力や人の想いが吸収された結果、もはや湖上の孤城がダンジョンの体裁を整え続けることは一夜でさえ不可能だった。
2人は静かに落ち着いた表情で頷く。
「リッドさん、分かって、おります。いろいろと、ありがとう、ございました」
エミハマスはジュイオが最期にいた場所を見つめてから、リッドに訥々と礼を述べた。
「……エミハマス様、どうか——」
オティアンが名前を呼びながら肩に軽く手を掛けた瞬間、彼女はムッと頬を少し膨らませた上で眉間にシワを寄せた顔のまま、くるりと彼の方を向く。
「もう! オティアン、違うはずよ?」
どうしてエミハマスが怒り始めたのかが分からず、周り一同がキョトンとする。
「ち、違う、ですか?」
オティアンの問いに、エミハマスが髪を振り乱すほどに頭を縦に振る。
「さっき、エミーって呼んでくれたじゃない!」
「そ、それは……そうでしたな」
エミハマスがジュイオのことで痛ましく思っているのかと周りは思っていたが、当の本人は既にオティアンのことに心が切り替わっていた。
「もうエミハマスじゃ満足できないの! あなたにエミーと呼ばれるだけで、私の心はふわふわって、なるのだから!」
「そ、そうですか」
呼び方に文句を言うエミハマスを見て、オティアンがタジタジとばかりに瞬きを多くして苦笑いになる。
その後すぐに、エミハマスは改まったように真剣な顔でオティアンを見た。
「あのね、オティアン、私の最後のワガママを聞いて」
「最後と言わず、何なりと」
「ありがとう。あのね、私を本当のお姫様……あなたのお姫様にしてほしいの」
エミハマスはそうオティアンに告げると、彼に向かって、そっと左手を差し出す。
オティアンも彼女の仕草に合わせるようにすっと片膝を着いた。
「エミー……儂と番いになってくれないか。今世だけでなく、来世以降にも続く永遠の番に」
片膝を着いたままのオティアンが、エミハマスの目を見つめながら、彼女の左手にそっと手を合わせる。
指環など用意されているわけもない。
しかし、彼の完ぺきな所作から、周りは指環が左手の薬指に嵌められたとさえ錯覚する。
「……ちょっと古臭いプロポーズね」
エミハマスはそうオティアンに言ってのけるが、笑顔がダダ洩れで頬が茹蛸のように赤らんでいた。
しかし、オティアンは言葉を額面通りに受け取ったのか、顔を思いきりひきつらせた。
「古っ!? え、えっと……リッド殿、新しいプロポーズを教示願いたい」
「2人の空間に俺を巻き込むなよ……」
急に引き合いに出されたリッドが困り顔で数歩退いた。
途端に、周りからドッと笑い声が出てくる。
「ううん、いいの。そんなオティアンが好きだから、あなたのままの言葉が欲しいの」
エミハマスの言葉に、オティアンがホッと胸を撫で下ろした。
「ほっ……そうだ、儂がエミーと呼ぶなら、儂のこともオティと呼んでください」
「うふふ、嫌よ?」
「嫌ですと!?」
オティアンの提案は、笑顔のままのエミハマスに、虚しくも即時に拒否される。
男たちはざわつき、女たちはどことなく得心のいった表情で見ていた。
「ええ、だって、私が幼い頃に、あなたの名前をきちんと言えなかったときの恥ずかしい呼び方だもの。お慕いしております、オティアン様」
エミハマスが片膝を着いたままのオティアンに抱きつくために飛びついた。
その勢いに支えきれなかったオティアンは、エミハマスに押し倒される形で後ろへと倒れ込み、嬉しそうに彼の胸で落ち着く彼女をしっかりと抱き留めた。
「そろそろ時間だな……」
「あ……2人が……だんだん消えていく……」
リッドの言葉とともに、オティアンとエミハマスの輪郭が徐々にぼやけていく。
クレアは思わず涙を零した。
エミハマスがオティアンの手を握ったまま立ち上がって、クレアに近付いて耳打ちする。
「ねえ、クレア。ただ待っているだけじゃ、諦めたのも同じことよ」
「え?」
突然のアドバイスに、キョトンとしてしまうクレア。
エミハマスは一度視線をリッドに移し、彼と目線を数秒合わせた後にウィンクをした。
突然のウィンクに、リッドもまたクレアと同様にキョトンとした顔をしてしまう。
再び、エミハマスがクレアに耳打ちをする。
「好きだって気持ち、大事にして、ね。さ、オティアン、行きましょ。もう二度と離さないから」
「それは儂のセリフです、エミー」
2人の笑顔は輪郭を失い、霧散し、魔力と2人の想いがリッドの身体へと流れ込んでいく。
「……死んで亡霊になってもなお、お熱いことだな。ジュイオの諸々を受け止めるよりも大変だよ、まったく」
2人の幸福な熱が、リッドの胸の奥で焼けるような痛みとともに溶けていく。
「エミー……」
クレアは、虚空に、エミハマスが先ほどまでいた場所に手を伸ばして名残惜しそうに彼女の名前を呟く。
「……終わったな。結局、不器用な3人に振り回されっぱなしだった悲恋だったな」
リッドは運動後のストレッチとばかりに、肩を回したり、手を握ったり開いたり、足を伸ばしたり縮めたりして身体を動かしていた。
「あー、終わったニャ! もう疲れたニャ! もう一歩も歩けないニャ!」
ウィノーが大の字になって寝転んでそう叫ぶとイライドが鼻息を荒くして目をキラキラと輝かせ始める。
「私がウィノー様を抱っこしてお連れします! どこまでも!」
「イライド、助かるけど、少しだけ落ち着くニャ。どこまで連れて行く気ニャ」
「どこまでも!」
「ニャ……」
ウィノーの言葉などお構いなしに、イライドが興奮気味にウィノーを抱え込み始めた。
その様子を微笑みながら見ていたリッドに、ハトオロが声を掛けるために近付く。
「リッドさん、肩を貸しましょうか?」
リッドは膝を震わせているハトオロを見て、微笑みを苦笑いに変える。
「ハトオロ、俺はお前と寄りかかり合うつもりはないぞ?」
リッドはハトオロの膝を指差してから、小ばかにしたような呆れ顔をしてみせた。
ハトオロは肩を竦ませる。
「おや、冷たいですねえ」
リッドとハトオロが並んで、ウィノーをしっかりと抱えて出口へと歩き始めたイライドについていくように歩いていく。
「……私の気持ち……これが……そうなの……かな、エミー……」
クレアは、遠ざかるリッドの背を見つめていた。
高鳴る鼓動を鎮めるように、祈るように、その両手を胸に当てて。
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