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ダンジョン仕舞いのリッド  作者: 茉莉多 真遊人
第1話 墓場は鎮魂歌を願う
3/51

1-3. 旧知の司教との再会

約3,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 リッドが冒険者ギルドから出てしばらく東の方へと歩くと、外観からして荘厳な雰囲気を漂わせた建造物が目に入ってくる。


 それは国民なら誰でも知っている教会という建物だ。


 城壁に囲まれたこの国には大小さまざまな教会が存在する。国の中心に位置する城に隣接されている中央大聖堂があり、その下部として大聖堂の周りを囲むように東西南北の4区画で区切った中心に大教会があって、さらにその下部として各区画に点在する教会がいくつもあった。


 大教会は各教会の司祭が集まる場所であり、司祭の上に立つ司教の管理する場所、そして、複数人にも上る聖女候補を育てる場所でもある。


「最後に来たのは1年前か……だが、あのときに聖女候補なんて……」


 リッドが独り言をぶつぶつと呟いた後、ゆっくりと大教会の扉を開ける。扉がギギイと古めかしい擦れる音を立てて開かれると、内観は外観以上の厳かな様相を呈していた。


 入り口から奥まで続く暗赤色の絨毯、その絨毯の左右に配置される木製の長椅子、暗がりになる部分を灯す燭台、日光を取り入れるだけでなく絵画を模して神々しさを放つステンドグラス、奥に見える重厚なパイプオルガンと祭壇、それらすべてが一体となって、彼の目に入ってくる。


 彼はその凄みに毎回圧倒されてしまうのだ。


「おや、さっそくですか。やはり、巡り合わせがあるのでしょう。あぁ……その前に言うべきことがありましたね。おはよう、リッド、それと、今はウィノーだったかな。お久しぶりです」


 何か準備をしていた様子の人物がリッドとウィノーを出迎えるために、穏やかな笑顔で近付いてきた。その人物は見るからに老人であり、黒のない綺麗な白髪頭をして、浅く刻まれているシワが目元口元に多いことから笑顔が多いことも分かる。


 老人は首から足元まで一体になっている赤紫の服を着た上に、首から二の腕まで隠すほどの黒の外套を羽織っていることから司教だと容易に想像がつく。


「おはようございます、司教様」


「にゃあ」


「おやおや、1年前もそうですが、随分と穏やかで丁寧な言葉遣いをするようになりましたね。以前のように、おっさん、でもいいのですがね。まあもう、じじい、かもしれませんが。はっはっは」


 司教が先ほどの穏やかで静かな笑みから、冗談交じりの豪快な笑い方に変わると、リッドは落ち着いた大人っぽい雰囲気から、イタズラを指摘された少年のような苦笑交じりの表情へと変わっていく。


「子どもの時の話をしないでください。俺ももう25歳を過ぎて、落ち着いた大人です」


「はっはっは。まだまだ私の半分にも満たないリッド坊やがそのような言葉遣いをし続けられるとは、いやはや、歳を取ってみるものだと感慨深いものです」


「敵わないなあ……」


 司教から握手を求められ、リッドは求めに応じて右手を差し出しがっしりと握手をしたとき、司教の握り返す力に驚く。ただの聖職者が出せる握力を優に超えていたからだ。


「さてと、座りましょうか」


 握手の後、2人は近くの長椅子へと寄って並んで座り、2人の間にウィノーが丸くなっていた。


「本題に入る前に、ウィノー、他に誰もいませんから大丈夫ですよ」


「……あ、ほんと? 助かった」


 ウィノーが甲高い声そのままに人語を話した。本来、人種もしくは亜人種と呼ばれる種族以外が人語を話すことなどない。


 故に、その特殊性を隠すためにウィノーは普通のサイアミィズとして振る舞っている。


 そもそも、彼は昔、サイアミィズではなかった。


「段々と演技力が高まっていますね。1年前に会った時はうっかり人語を話していましたけど、今ならそのままサイアミィズでもいいかもしれませんね」


「じょ、冗談きついぜ、司教様……でも、最近、街で見かける動物の雌を可愛いと思っちゃうから、自分でも怖いんだよなあ……」


「どういう生き方にも一長一短、苦楽はつきものですよ。より多くの生き方を選べることはより多くの幸不幸に悩むことでもあります。動物にも動物のそれがあるものですよ」


 司教がゆっくりとした動きでウィノーの頭を軽く撫で始める。


「じょ、冗談だよな……? さっきから冗談で言ってくれているんだよな?」


「私、動物好きですから」


「えぇー……」


 かわいい動物と穏やかな老人という組合せは景色映えするが、肝心の会話の中身が友人どうしのおちょくり合いのような軽快さと仲が良いからこその若干の辛辣さを表していた。


「……さて、と。では、本題ですかね」


 教会の雰囲気を戻すためなのか、自然と沈黙が全員の周りに横たわり落ち着いてから本題に入る。


「はい。ギルド本部長名義での依頼書について、司教様が本当の発注主で間違いないですか?」


「そうですね。ほかは依頼書の通りです。正式な手続きを踏んでもよかったのですが、あの子が本部長になったのだから、直接お願いをしてみた、ってところです。せっかくの伝手ですから、使わない手もないでしょう」


 司教はリッドの問いに変わらず柔らかな笑みを浮かべている。司教が冒険者ギルドのギルド本部長をあの子呼ばわりしていることに、リッドは驚くこともなく何も違和感を覚えていないような様子で話を続ける。


「正式な手続きだと、俺に回せない可能性がありますからね。まあ、最低賃金擦れ擦れのダンジョンの調査なんて俺しか好んでしないでしょうけど」


 ギルド職員の手続きは完ぺきである。ギルド職員は日々マニュアルを遵守し、どの職員が受発注業務にあたっても問題が無いように運用されている。


 それ故に融通や応用が一切利かない。


 依頼の発注者が冒険者を指名することなどできるわけもない。そのようなことがまかり通ってしまえば、後進の育成遅延やギルド職員の業務量増大は元より、等級システムの在り方を崩しかねないからだ。


 ただし、どのようなシステムにも例外がある。


 それがギルド職員末端を通り越した上位職の判断である。乱発をすれば混乱を招くことは必至だが、その線引きを上手く綱渡りできるものだけが上位職として長く生き残れる世界でもある。


「そこまで理解しているなら話が早い。私が預かっている聖女候補、まあ、聖女見習いを連れて、地下共同墓地カタコムの調査を行ってほしいのです。いや、もはや、あなたが欲しているものを取るために、と言っても過言ではないですね」


 司教が持って回ったような言い回しをすると、リッドとウィノーがピクリと身体を揺らす。思わずリッドとウィノーの目が合ってしまうが、ウィノーが再び何事もなかったかのように丸くなって目を閉じる。


「……そうですか。でも、俺は……」


 リッドはウィノーと合わなくなった目をどこかに向けるわけでもなく、顔を上げずに前方の床を眺めるくらいの姿勢で少し呟いた後、言葉が続かずにしばらく沈黙する。


 しばらく待った後に、司教はリッドと同じような姿勢を取って口を開く。


「……リッド、あなたのせいではないでしょう。もしもあなたに一端があるのだとしても、それをあなたのせいとは言わない。いろいろなことが歪に積み重なって崩れてしまった結果であれば、それは誰か一人が背負うべき業ではないのです」


「司教様」


「それにまだ挽回できるのでしょう? なら、がんばってみなさい」


 教会全体が告解室のような雰囲気に包まれる。しかし、リッドは己の罪と思うものを赦されたいわけではなく、司教もまた赦しを与える秘跡の筋を辿るわけでもない。ただ、話の流れで、そのような雰囲気になってしまっただけのことだ。


「と、話が脱線しましたが、ともあれ、私の願いは、聖女見習いが聖女になれるかどうかに限らず、逞しくなってほしいということです。引き受けてくれますか?」


「にゃあ」


「……分かりました」


 司教が笑顔の種類を変えて、改めてリッドにお願いをする。そのお願いにリッドが答える前に、ウィノーの少し憮然とした鳴き声が発され、それに感化された彼が肯きながら了承する流れになった。

お読みいただきありがとうございました。

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