1-4. 旧知に似た聖女見習いクレア【2026.03.07 改稿】
【2026.03.07 大幅改稿】
「よかった、よかった、ありがとう。では、クレアを呼んできますから、ここで少々待っていてください」
司教は隠しきれない安堵と感謝を言葉にして、聖女見習いを連れてくるためにゆっくりと立ち上がり、リッドの背後を取ったときと対照的に穏やかな足取りで奥の扉へと向かう。
じっと司教の動きを見ていたウィノーは、パタンと扉の音がした後、耳を数度動かして大欠伸をかきながらしなやかな身体を起こして少し捩っている。
「落ち着けよ、リッド。あの無茶をやった時と違うじゃん? 今回はE級ダンジョンで、依頼もD級、しかも、地下共同墓地のダンジョンならほぼ死霊系しかいないだろうし、聖職者にとっては独壇場もいいところだろ?」
ウィノーの視線はそのまま、俯き加減にうな垂れているようにも見えるリッドへと移っていた。
リッドはウィノーの視線に気付いてか、少しだけ顔を上げて、ウィノーに乾いた笑いを向ける。
「それはいくらなんでも、楽観的すぎやしないか?」
ウィノーは尻尾を揺らしながら、後ろ足だけで座り、前足を手のように動かして肩を竦ませるポーズを取った。
「もちろん油断禁物だけど、まさかリッドほどの男が、護衛する女の子1人いるだけでガチガチに緊張する場所でもないだろ?」
「……どうだかな。自分の身は自分で守れるが、周りまで守りきれる自信は……もうない。だけど、俺は二度とあんな目に遭うのはごめんだ」
リッドのぎゅっと握られている両手の拳は、固さをわずかにも失うことなく、彼のかすかに震える膝の上でじっと沈黙していた。
静謐な教会の中、リッドの周りは色や温度を失っていくように翳りを広げていく。
一方のウィノーは、長い尻尾を右へ左へとハタキのように振り始めた。
「はあ……すっかり慎重派に変わっちまって、オレとバカやって、周りに散々怒られたかつてのリッドが懐かしいぜ……そんな調子じゃあ、オレ、困っちゃうよん?」
ウィノーは四つ足で立ち直すと軽やかに動き始め、まるでリッドの周りに張り付く重苦しい空気を追い払うかのようにリッドの身体の周りを歩いた後に、前足を彼の膝の上に乗せる。
震えていたリッドの足は、まるで温かさと心強さを宿したように震えが止まった。
「ははっ……ウィノーを困らせはしないさ。そうだな……やると決めた以上、自信はなくとも、今度こそ守る……聖女見習いも、ウィノーもな」
リッドの瞳に力強い意志が灯り、笑みに余裕が浮かび始める。
「おぉ……オレまで? 男前~っ。そんなこと言われたら、ドキッとしちゃうじゃん? あれ? オレ、今、口説かれちゃってんの?」
リッドの重苦しい雰囲気に引き寄せられることなく、ウィノーは再び軽快に彼の周りをぐるぐるとしなやかに踊るように歩き回る。
そんなウィノーの姿に、ついにリッドは表情だけ緩み始める。
「ははは……お前が相変わらずで嬉しいよ。それより、聖女見習いの……クレアさんの前で、話せることは隠せるか?」
「もち、任せてよ。立派に自然なサイアミィズを演じてみせるさ。その方が自然とスキンシップ……じゃなくて、身近で守ることができるしな。たとえ、火の中、水の中、トイレの中、風呂の中、ベッドの中、クレアちゃんの服の中だとしても」
リッドの笑みには、思わず汗と苦みが加わってしまった。
「……させないが? というか、駄々洩れが過ぎるだろ」
「えぇ? 役得じゃん? 今のオレは愛くるしい猫様だよん?」
ウィノーの愉快な調子に、リッドの口の端も徐々に上がっていく。
「お前は人間のころから、いつもそうだ」
「そうそう、オレは人間のころから、いつもこうよ?」
リッドの顔が明るさを完全に取り戻し始めると、ウィノーはふふんと鼻を鳴らして、先ほどよりも元気よく楽しそうにしゃなりしゃなりと歩き回っていた。
ちょうどそのとき、奥の扉が音を立てて開き始める。
「お待たせしました」
「…………」
司教の声を聞いたリッドとウィノーが扉の方を向くと、司教と司教の背中に隠れるように無言でおずおずとした様子の少女が現れる。
「ほら、ご挨拶をするのですよ、クレア」
「は、はい……あっ! っと……危なかった……」
クレアは、司教に促されて勢いよく飛び出すと同時に、歩きやすそうな革靴で自身が纏っている白い大きくゆったりとしたローブを踏んづけてしまい、今にもこけてしまいそうな足取りでリッドとウィノーの前に何とか無事に立った。
彼女が眩いばかりの金色をしたセミロングの髪を揺らしながら、透き通るような色白の肌とひと際大きく目立つ水色の瞳を持つ顔を上げる。
「っ!?」
「にゃっ!?」
リッドとウィノーは、まるで幽霊でも見たかのように、目を丸くして口を半開きにしてしまう。
「……は、ははは、はじめまして、リッドさん! クレアと申します! 少し前から司教様の下で聖女見習いをしています!」
聖女見習いと名乗るクレアは、リッドとウィノーの反応を見る余裕もなく、ここが静けさを好む教会の中だということも忘れて、元気よく挨拶をしていた。
はにかむ彼女の顔はまるで絵画や彫像のようだ。
「ピュリ……フィ……?」
リッドが何かに弾かれたように立ち上がり、喉の奥から絞り出すような声で、ここにいないはずの者の名前を呟いた。
「ふぇ? ピュリフィ?」
クレアもまた自分に向かって唐突に告げられた知らない名前に困惑しているようで、長く細いまつ毛を数度上下に動かして鼓動を徐々に早めていく。
「ピュリフィなのか? いや、ピュリフィはまだあいつに……いやでも……でも……」
誰の目から見ても狼狽えているリッドは、おぼつかない足取りでクレアの方へと近付き、そっと彼女の両肩に手を掛けてから、目からこぼれそうなほどの涙を滲ませていた。
「えっ? あの、ちょっと……えっ? 泣いて? えええっ!? リ、リッドさん? あの、あの……えっと……」
突然のリッドの急接近と涙に、クレアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まり、桃色の少し薄めの唇を震わせて、目で司教に助けを求めていた。
「リッド、落ち着きなさい。その子はクレアですよ。顔は本当にそっくりですが、髪や瞳の色が違いますし、雰囲気も違うでしょう?」
リッドは司教の言葉にハッとして、見つめていた視線を逸らし、クレアの肩から手を離した後に震える身体で後ろへと振り返った。
「っ……クレア、すまない……本当にすまない……大事な人に……似ていて、つい……」
「い、いえ……ちょっとびっくりしましたけど、私は大丈夫です。司教様も言っていましたけど、そんなに……大事な人に……ピュリフィさんに似ていたんですね」
バツ悪そうなリッドの声に、頬を赤らめるクレアが自分の胸に手を当てながら、許しの言葉を口にする。
「ええ、本当にそっくりですよ。ウィノーもそう思いますよね?」
「う……にゃあ」
ウィノーは不意に司教に話しかけられて喋りそうになるも、首を傾げつつしっかりと鳴き声で対応した。
すると、司教が思い出したかのように、ポンと手を軽く叩いて、ニコリと笑う。
「あ、申し訳ないですが、クレアには、ウィノーが話せることを教えてありますよ」
リッドとウィノーが目を見開いて、バッと顔を司教へと向けた。
「はあっ!? 司教様!?」
「にゃっ!? 司教様!?」
素っ頓狂な声と甲高い声が同時に発せられると、クレアは彼らの驚きとは別に、両手を口で覆いつつ、瞼をこれでもかと開いて大きな瞳を潤ませている。
「わあっ! かわいい! 本当に、サイアミィズが喋った!? 腹話術とかじゃないですよね? かわいい! え、かわいい! すっごくかわいい!」
クレアが年相応の少女らしくはしゃいでいる様子で、かわいい、かわいいと連発したためか、言われ続けたウィノーが嬉しそうに尻尾をくねらせつつ鼻息を荒くする。
「ちょ、照れるぜ……この素敵なお嬢ちゃんもオレの魅力の虜になっちまったか……オレも罪な雄だねえ……じゃねえよ!? 司教様、なんでオレのことを喋ったんだ!?」
ウィノーは我に返って、ピンと尻尾を立てながら、司教に向かって声を張り上げる。
「クレアはとても真面目で秘密をきちんと守れる良い子ですから、仲間外れなんて良くありませんよ?」
司教はリッドとウィノーの訝し気な目を意に介していない雰囲気で、微笑んだまま淡々と理由を説明していく。
「そういうことじゃないと思うんだけどなあ……」
「ウィノーも、姉のように慕っていた女性に似た女の子と話せないのは、少々寂しいと思いますよ」
「し、司教様……オレの気持ちを考えてくれたのか……」
司教の言葉に、ウィノーがすっかり感動して、尻尾を左右に激しく揺らしていた。
「本当に、それだけですか?」
リッドが再び問うと、司教はリッドの肩をポンポンと叩きながら静かに、乾燥した吐息に掠れ声を混じらせて耳打ちをし始める。
「……ピュリフィに似たクレアが突如現れたこと、これは果たして偶然か必然か、あなたも気になりませんか?」
リッドが横目に一瞥したとき、司教の顔は笑みの欠片もなく、至って真面目な表情をしていた。
リッドはゴクリと喉を鳴らす。
「それはどういう……」
「……秘密を共有すると早く仲良くなれますからね。クレアと仲良くしてやってください」
少し間の空いた後に出てきた司教の言葉を聞いた瞬間、リッドは問いただすことを諦めて、近くの長椅子に腰を落として目を少し伏せた。
その横では、今もまだウィノーとクレアがキャッキャと楽しそうにしている。
「改めて、オレの名はウィノーだ。昔からリッドの仲間で、幼馴染で、一番の大親友だ。よろしくな!」
「はい、クレアです。ダンジョンは初めてですが、一生懸命にがんばりますので、よろしくお願いします!」
そのウィノーとクレアの雰囲気に、すっかり毒気の抜かれてしまったリッドは再び立ち上がり、クレアの前に静かに立った。
「……改めて、リッドだ。今回はよろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします! 今回、調査の際に墓地の浄化を担当します! もちろん、【屍霊浄化】は習得済みです!」
リッドが頷きながらも、クレアの頭のてっぺんから足のつま先まで見て、顔を少し険しくするので、クレアは思わず何事かと身構えた。
「じゃあ、早速行こう……と言いたいところだが、動きやすい服に着替えてきてくれるか。ダンジョンの調査は街の視察と全く違う。そのダボダボでいかにも走りにくそうなローブでは困ることになる」
「は、はい! き、着替えてきます!」
クレアはリッドのややぶっきらぼうな指示の通り、動きやすい服装に着替えるために踵を返して、堰を切ったようにどっと走り出して行ってしまう。
「クレア、教会内は走らないように……聞こえていませんね」
司教の言葉は残念ながら、あっという間に走り去ったクレアの耳まで届かなかったようで、虚空に霧消していく。
「はあ……綺麗で、かわいくて、ほんと、ピュリ姉の生き写しみたいだ」
「おい、ウィノー。ピュリフィはまだ生きているから、せめて、瓜二つくらいの言葉にしてくれ……」
リッドは浮足立っているウィノーにそう釘を刺すのだった。
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