1-5. 立ち塞がる邪悪な小人【2026.03.15 改稿】
【2026.03.15 大幅改稿】
太陽が天頂を過ぎた頃、青空の下でリッドたちはアーチ状の幌が付いた荷馬車に乗って、レッムーラの丘に向かって出発していた。
森の外縁をなぞるようにできた一本道は、見晴らしの良い草原と昼間でも暗い森の間にあって、風で擦れる葉の音に包まれていて、のどかで平和そのものだ。
「久々に町の外へ出ると、なんだか新鮮です!」
クレアは荷台の後ろ側から外を眺めるために、フード付きのタートルネックを着た上半身まで幌の外に出るほどに身を乗り出して、こげ茶色のロングブーツの靴底をリッドやウィノーに向けて四つん這いになっている。
「んー、草や花の香りが気持ちいいですね!」
クレアが草花の香りに鼻を嬉しそうに動かして、満面の笑みを浮かべていた。
「にゃあ」
目の保養か、目の毒か。
白地で厚布のスカートも付いているぴったりとしたロングパンツに覆われたクレアの大きめ尻が、馬車の縦揺れと別にご機嫌な様子で楽しそうに左右へとずっと振られていた。
凝視してニヤケ顔を隠さないウィノーと打って変わって、視線を外すリッドの表情はどこか居心地悪そうに冷めている。
「ピュ……クレアさん、頼むからやめてもらえるか? 生きて墓に着きたいだろ? 今回、弔いの花を持ってきていないからな」
リッドが言い間違えを隠すように、大げさな冗談を交えてクレアにそう言葉を掛けると、クレアは自分のはしゃぎように気付いたのか、ピタリと動きを止めて恥ずかし気に頬を赤らめ始めた。
「あ……はい、すみません。つい、はしゃいじゃって……」
クレアは恥ずかし気に目を逸らしつつ体勢を戻して、膝まで覆っているロングブーツの上にぺたりと座り込むと同時に、聖職者としての矜持も垣間見えるハーフローブをちょいちょいと指で整え、左わき腹のポーチやスカートの端をサッと手で直した。
「クレアちゃん、年ごろの女の子だしさ、タートルネックとか、ロングパンツとか落ち着いた感じの格好じゃなくてさ、肌ももうちょい見せて、色気とか女の子らしさとか、どう? せっかく、こんな、すっごいモノ持っているんだからさ!」
クレアは典型的な冒険者風聖職者の出で立ちなのだが、ウィノーが何の気なしにクレアの膝上へと乗りながら、心の声をそのまま、口から小声として漏らしてしまう。
「あぅ……ウィノーちゃん……褒めてくれている? のでしょうけど……えっと、その、ちょっと恥ずかしいです……」
クレアは顔を真っ赤にして俯き、ウィノーとどうしてかリッドの顔をちらりと目だけで窺っている。
「おい、ウィノー、話の中身を自重しろ。それと……御者もいるんだからな」
ちらちらと目配せしてくるクレアに応じて、リッドは助け舟とばかりに彼女の膝上で丸くなるウィノーを軽く小突いて窘めた。
「いてっ、分かっ……にゃあ」
ウィノーも不用心だと自覚したのか、途中から鳴き声へと変わっていく。
それとほぼ同時に、クレアが不意に近付くリッドの顔を見て顔を真っ赤にしていた。
「赤い金属籠手の旦那ぁ」
突然、御者が話しかけてきたため、リッドだけではなく、ウィノーやクレアまでビクッと身体を震わせてしまう。
「……どうした?」
リッドは声が上ずらないように一呼吸置いてから、ゆっくりとしたペースで御者に返事をする。
少しして、御者が少し不安げな表情のままにリッドの方へと顔を向けた。
「荷馬車が賑やかなのは歓迎ですがね、護衛もしっかりと頼みますよ? あっしは戦えませんし、馬車が壊されるのはもちろん、幌とかが傷付いても本当に困るんですからね? いつもの護衛と代わって、しかも、2日も待機させる代わりに、往復の護衛代も払わなくていいって、言いきったのは旦那ですよ?」
御者が契約確認も兼ねてか、今回の条件を不安とともに、まくしたてるように言い放つ。
「あぁ、任せてくれ。この道に出てくる魔物くらいなら、さすがに俺程度でも問題ない……誰も何も傷付けはさせないさ……」
リッドは、心配そうに再三確認してくる御者を宥めるためか、はたまた、何かを自分に言い聞かせているのか、ゆっくりと落ち着きを払った調子で、しかし、どうにも圧の強い口調で答えた。
「ま、まあ、旦那は元A級ですから、それは嘘じゃないでしょうけど」
御者は、ようやく納得したような口ぶりで前へと向き直る。
「あぁ、だから、任せてくれ」
リッドたちもまた、難を逃れたようにホッと胸を撫で下ろして、少しだけ静かになる。
「……あの、リッドさん、今回の場所なのですけど」
「ん? 地下共同墓地のことか?」
「はい、地下共同墓地は、ダンジョンになるくらいに広いのでしょうか」
間が持てないクレアが思いついたのは、依頼の話だった。
リッドはクレアの目を見てから、落ち着いた様子で彼女と相向かいのまま口を開く。
「そうだな。今回のレッムーラの丘にある地下共同墓地は、100年ほど前に今の王都に移ってからあるとされている古い墓地の1つだ。王都からも大人なら半日で辿り着けるから利用しやすかったのもあるだろう。まあ、天然の洞窟を利用した影響もあって、大きくできなくなった後はその上に地上共同墓地を作ったようだが」
「天然の洞窟がいっぱいに……それほどまでに……たくさんの人がお亡くなりに……」
クレアが心を痛めたように胸の前で両手をぎゅっと握り始めると、リッドが少し柔らかな笑顔を作った。
「クレアさん、君は少し勘違いしているかもしれないが、ここ数百年、この国は比較的平和だそうだ。小競り合いはあるが大きな戦争もなく、酷い飢饉や疫病もなかった」
「そ、そうでしたか。だとすれば、亡くなった方たちは安息ですね」
クレアが幾分か緊張のほぐれた顔をする。
「……もちろん、皆が幸せに生きられたかは別だがな」
そう呟くリッドは、赤い金属籠手に覆われた両手をボーっと見つめていた。
「おい、リッド、空気を重くするなよ。お前、クレアちゃんを安心させたいのか、不安にさせたいのか、一体どっちだよ」
「……すまない。不安にさせるつもりはなかった」
「まったく、お前に会話を任せると堅苦しくて我慢できねぇな」
尻尾を上下に柔らかく動かすウィノーは、呑み込めなかった言葉を口から出す。
「あ、いえ、私は……大丈夫ですから」
「そうか……話を戻そう。ここからはお粗末な話だが、2つに分かれてしまったことにより、新しめの地上共同墓地は訪れる者が比較的多い一方で、古くからある地下共同墓地は訪れる人も徐々に少なくなっていた。そのせいか、いつの間にやら屍霊や動く骨と死体たちが生まれる下級ダンジョンと化していたらしい」
リッドが肩を竦ませている。
「そうなんですね。それで、今はそのダンジョンが崩壊する危機に陥っていて、崩壊後に魔物が出てきて暴走する可能性がある、と」
「冒険者の勉強は一応しているようだな。崩壊や暴走は……長くなるからやめよう。ここは学校でもないし、俺は教師でもない」
リッドがクレアの呟いた単語に反応して説明をしようとしたが、すぐさま首を横に振って考えを改めた。
クレアが肯きつつも、ハッと何かを思い出したように目を開いて口を半開きになる。
「えっと、それじゃあ、もう一つだけ教えてください」
「まあ、いいだろう」
「どうして下級ダンジョンは下級ダンジョンなのでしょう?」
リッドの表情がしばらく笑顔のままで固まった後、少しばかり困ったような顔になる。
「……ん? えーっと、どういう意味で問いかけている?」
「あ、あの、いえ、その、ダンジョンをどのようして、上級、中級、下級の分けているのか。その分け方が気になったという意味です」
回答の代わりに難しい表情を返しているリッドを見て、クレアは少しあたふたしながら自分の質問を補足した。
「あぁ、帰ってこなかった冒険者の等級だよ」
リッドが真剣な表情で、先ほどよりも声を小さくして呟く。
「あえっ!? 帰ってこなかった!?」
クレアは目を丸くしてから、思わず大きな声を出してしまったために、慌てて両手で自分の口を塞ぐ。
ウィノーがリッドの顔を眺めつつ、訝し気な表情を浮かべる。
「そうだ。手ごろな冒険者を高額な報酬で釣って放り込んで、だな」
「組織ぐるみ!? ギルドがそのような非人道的行為を!?」
クレアは嫌悪より興味が勝ち始めて、いまだに口を両手で覆ったままも目を輝かせている。
「待て待て、リッド、冗談なら冗談らしく言えよ! クレアちゃん、本気にしているじゃんか!」
ここでウィノーが、クレアとの温度差に気付いていないリッドに注意した。
「ええっ!? 冗談!?」
当然、クレアがさらに驚く。
真剣な表情で淡々と話しているリッドの言葉を冗談だと、彼女は到底思えるわけもなかったからだ。
「……ちょっとした冗談を交えた方が堅苦しくないかと思って」
申し訳なさそうなリッドに、クレアも申し訳なさそうな表情で返す。
ウィノーは2人の雰囲気などお構いなしに鼻息を荒くする。
「不器用か! いや、お前は不器用だった! まず笑え! 高い声色で! 早くバラせ! しかも、もっともらしい背景付けまでしたら分からなくなるだろ!」
「すまない。きちんと回答すると、等級分けは、ギルドが調査依頼を出すのだが、一般的にダンジョンに出没する魔物の種類と、内包される魔りょ——」
「わあああああっ!」
リッドが説明しているその時、彼の言葉を掻き消すような御者の短い叫び声と馬のけたたましい鳴き声が聞こえてきて、その直後に馬車が止まる。
「きゃっ!」
予想外のことにクレアは踏ん張り切れず、馬車の前方へと吹っ飛んでいこうとする。このままでは頭から荷物へと激突して大怪我を負ってしまう。
「クレアさん、大丈夫か?」
しかし、リッドが咄嗟に動いてクレアを包み込むように抱き留めていた。
「は、はひ……ち、近ぃ……あ、ありがとうございましゅ」
至近距離、唇どうしが触れそうなほどに近づいた状態で、見つめ合うリッドとクレア。
真っ赤な顔でふにゃふにゃになるクレアが熱い眼差しでリッドを見る中、リッドは落ち着いた表情でクレアに映る別の面影を想起する。
「旦那ぁ! 魔物が出ました! ゴ、邪悪な小人です!」
慌てているはずの御者が手綱で馬をどうにか落ち着かせつつ、幌の中に向かって、はっきりとそう叫ぶ。
「分かった! クレアさん、話は後だ。ちょっと行ってくる。ここにいてくれ」
リッドは御者の言葉を聞いて抱き留めていたクレアを離すと、すぐさま馬車の中から消えてしまう。
「あ! 私も……えっ? ウィノーちゃん?」
ハッとしたクレアが立ち上がろうとする前に、ウィノーが再び彼女の膝の上にちょこんと乗って丸まってしまう。
「クレアちゃん、落ち着きなって。悪いことは言わないから、リッドの実力とか戦法を見てみなよ。絶対に外に出ないで、御者の横から外を見るようにして」
ウィノーが甲高い声でそう告げる。
「で、でも——」
クレアはその言葉に了承するわけもなく立ち上がろうとするも、微動だにできなかった。
「でも、じゃない。もしかして、提案だと思った?」
クレアの胸に突き刺さるようなウィノーの言葉は、甲高い声色に優しさの欠片もなかった。
「えっ……」
提案ではなく、命令。
そう悟ったクレアの動きは、それから捩ることさえなくなった。
「それでいい。見ることも勉強さ」
クレアはただ言われた通りに、ウィノーを膝に乗せて、リッドの後姿を見つめる。
「灰色混じりの普通の邪悪な小人がたった5匹か? しかも、白昼堂々と珍しいな。どこかに?」
一方のリッドは、既にようやく落ち着いた馬と色めき立つ邪悪な小人の間に立っている。
わざとらしくガントレットをガチャガチャと鳴らし、さらに鋭い眼光を目の前にいる邪悪な小人たちに向けて、自分が既に臨戦態勢であると言外に伝えていた。
「GEHYAHYAHYAHYA!」
「GUGEGEGE」
「GUU?」
「GYAGYA!」
「UGURU……」
邪悪な小人は小人と称されるとおり、大きさが人間の子どもと同じくらいしかない。
「それにしても、今回の個体は、腰蓑付きで羞恥心を持っているようだな。あと、武器が石や枝ということは、おそらく冒険者の武器を得たことがないな」
リッドの状況を把握しようとする呟きのとおり、現れた邪悪な小人は動物の毛皮や植物の葉を腰蓑にして、武器に木の太い枝や石を持っていた。
「GYUGYAAAAAA!」
「GAAAAA!」
隊列があるのか、木の枝を持つ2体が先行してリッドに向かって突撃した。
1体は突き刺そうとして突き出すようにし、もう1体は頭を割ろうとして大上段に振りかぶる。
「邪魔だ」
リッドは誰に言うでもなくそう呟いた後に、先行してきた邪悪な小人たちの攻撃を避けて、その頭を難なく鷲掴みにし、右手に1体、左手に1体、計2体の頭を自分の胸の前で勢いよくぶつけ合わせた。
ぐしゃり。
リッドの冷ややかな目の前で、さっそく2体が動かなくなる。
「っ……」
その瞬間に、クレアの目がこれ以上ないほどに見開いた中で、その瞳に一瞬だけ見えた無機質なリッドの横顔をいつまでも映し、彼女はまるで呼吸の仕方を忘れたように息を静かに止めた。
お読みいただきありがとうございました。




