1-2. B級冒険者からの挑発【2026.03.07 改稿】
【2026.03.07 大幅改稿】
リッドが何とも言えない表情でレセを見つめていると、彼女は先ほどからコロコロと変わっていた表情を微笑みに直して、澄んだ瞳のままに首をゆっくりと横に振る。
「決して、そんなことはありません。これは本部長が言っていましたけど、この依頼はリッドさんにしかできないだろうって」
レセが真剣な眼差しでリッドを見つめ、彼はその目を見つめ返して、不意に何かに納得した様子で数回分かりやすい瞬きをしてから縦に頷いた。
「へえ、本部長が、ね。ということは、だ。レセは初めから、これを俺に渡すつもりだったな?」
リッドは急に肩を竦めて、先ほどの重苦しい雰囲気から呆れた様子へと一変させて、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「あ……バレちゃいました? えへへ……ごめんなさい」
レセは自らが口走った内容にハッと気が付き、手で軽く口を覆ってからその手を動かして頬に添えて、誤魔化すようにチロッと舌を出す。
「出すのも早かったしな。まあ、長年のよしみだし、レセのいつものかわいい笑顔に免じて不問にするさ」
「えへへ……かわいい……ほんとですか? うふふ……どうしよ、顔が戻らない……んふふ……」
リッドの言葉に、レセの誤魔化しの微笑にニヤケと赤らむ頬が加わった。
「にゃあ!」
ペシペシペシ。
リッドの肩に乗ったままのウィノーは、彼の頭に高速で何度も猫パンチをした。
「おっと、ウィノーがレセを独り占めするなとお怒りのようだ」
リッドがおどけてその言葉を口にすると、レセが口に手を当ててクスクスと笑いをこらえるような声を漏らす。
「いつまで、レセちゃんを独り占めする気だ!」
その和やかな雰囲気の中に突如として、少し離れていたところで2人を見ていた男が、不機嫌をそのままぶつけるかのように叫び始めた。
リッドは何事かと声のする方を向いてみれば、男が彼のすぐ目の前まで近付いていて、その後ろに彼の取り巻きをしている男2人もついてきていた。
「あ、おはようございます、フォイルさん」
ようやく表情をいつもの笑顔に戻せたレセが、近付いてきた男をフォイルと呼んで、丁寧で業務的な挨拶をする。
フォイルは、フルプレートアーマーを難なく着こなせる屈強な身体を持ち、銀細工のような綺麗な灰色の長髪を垂らした色男だ。
「フォイル?」
リッドはフォイルを訝し気な表情で迎え、横目でちらちらとレセの方を見た。
「あ、フォイルさんはB級の——」
「レセちゃん! なんでそんな落ち目の相手をするんだ!」
フォイルはレセの言葉を遮って、リッドを軽く突き飛ばした後に、机越しに彼女へ顔を近付ける。
レセは思わず、屈み気味だった姿勢を逸らし気味にしてしまった。
「フォイルさん、リッドさんが落ち目って——」
「落ち目だろ!? いつも俺がそこのC級じゃ受けられないB級の難しい依頼をこなしているじゃないか! というか、そいつはC級どころか、E級やD級の簡単な依頼しかほとんど行かないらしいじゃないか!」
「それには理由があって——」
「どんな理由だろうと落ち目! 一方の俺は、今B級でも後々にA級も十分に狙える男だよ!? それに若いし、見た目も俺の方がいい!」
リッドは、レセの言葉を幾度となく遮って一方的に話すフォイルに、やれやれと呆れた顔を向ける。
「俺が悪かったよ」
「ああんっ?」
リッドが荒立てないように謝るも、フォイルの腹の虫は居所が良くならなかった。
フォイルはレセからリッドの方へと向き直り、対峙するように真っ向から並び立つ。
リッドが見上げるほどにフォイルは大きかった。
「依頼の受注とはいえ、長話になったことはすまないと言っているんだ。だけどな、そんなにがなるなよ、誰もが羨むような色男も台無しだぞ? たしかに強そうで、将来有望そうじゃないか。もっと落ち着けば、人望も厚くなるだろうさ」
リッドは、フォイルを相手に嫌そうな雰囲気を微塵も出さないようにして、すまし顔でフォイルの言いがかりを嗜めつつ、自分にも非があるといった言い方で丸く収めようとした。
「てめぇ、どの口で、上から目線を決め込んでいやがるんだ! お前が俺よりも上だって言いたいのか?」
フォイルは、増長した自信のままに性格と言葉の悪さを自らの口で証明していく。
「そうか。そう聞こえたのなら、それも悪かったよ。それにしても、若いと言うか、幼いと言うか……とりあえず、落ち着いてくれないか? 威勢が良いのは嫌いじゃないが、状況を見る目を養った方がいい」
「にゃあ……」
リッドの宥め方に、ウィノーが良くないとばかりに肩を落としたように頭を下げて、そのまま首を横に振る。
そのウィノーの反応どおりか、フォイルはさらに詰め寄った上でリッドの胸ぐらを掴んで、彼でもつま先立ちで届かないほどに持ち上げた。
「うるさい! 『血塗られた両腕のリッド』なんて大層な名前で呼ばれていたからって、調子に乗っているんじゃねえ!」
リッドがふと目線をフォイルの整った顔から、鏡のように曇りのない銀色の胸甲へと移す。
深紅の金属籠手と、白銀の金属籠手。
煤のような灰褐色の髪と、雪のような銀色の髪。
リッドは落ち着きを払った顔で再び、怒りに我を忘れた顔のフォイルを真正面から捉える。
「……調子に乗っているつもりはないな。それに、そのギルドから与えられた二つ名はもう何年も前の話だろう? 俺はもうA級じゃない」
リッドは全身を持ち上げられるも苦しむ様子もなく、淡々とした口調と冷ややかな目をフォイルに向けた。
一瞬、フォイルは背筋が冷えたかのように身震いをするも、さらに眉間にシワを寄せてリッドに睨みを利かせている。
「そうだとも! 今のお前を周りがどう呼んでいるか知っているか? 『ダンジョン仕舞いのリッド』なんだよ!」
崩壊寸前や暴走し始めたダンジョンの前に現れては全てを丸く収めるその所業から、リッドはいつしか非公式であるものの『ダンジョン仕舞いのリッド』の二つ名で呼ばれていた。
ここで、リッドはフォイルの言葉に首を傾げる。
「クローザーってことは、もしかして、ダスキーグレイはダンジョンってことか? ……『ダンジョン喰らい』か? たしかに今の俺にピッタリじゃないか……終わらせることは得意になったな……自分のこと以外はな」
リッドが自嘲混じりの言葉を呟き、俯かせた顔の表面に乾いた笑みを静かに浮かべる。
終わらせる。
そのリッドの何気ない一言が、フォイルを含む周りに一瞬息を呑ませることとなった。
「な、何をへらへらと笑っていやがる! てめえが元A級で、俺がB級だからってバカにしやがって! お前なんて『雑魚漁り』がお似合いだよ!」
フォイルがリッドへ圧を掛けるために大声で吠える。
「むむっ」
「バカにした覚えはない。あと、呼び名もそれでもいい。好きに広めてくれても構わない。二つ名なんて周りが勝手につけているだけだ。俺には何ら関係ない」
レセが眉間にシワを思いきり寄せている一方で、リッドはフォイルの言葉を全く気にした様子もなかった。
「強がってんじゃねえ!」
遠巻きにニヤニヤとしていた冒険者たちが徐々に冷めていく空気を察知してか、リッド相手に独り相撲状態の
フォイルから噴き上がる熱は上がる一方だった。
リッドは、レセや警備職員の様子を窺ってから、小さく溜め息を吐く。
「……それよりもいい加減離してくれないか? B級なら知っていると思うが、訓練施設や闘技場などの許可されている範囲以外での私闘は原則として禁止だ」
「うるさい! ……ぐっ!」
リッドが動いた。
リッドが金属籠手に覆われた掌を大きく開いて、一向に下ろそうとしないフォイルの右腕、彼のフルプレートアーマーの分厚い金属籠手を鷲掴みにしていき、ゆっくりと握り締め始める。
メキメキメキ。
フォイルの金属籠手が嫌な音を立てて、まるで粘土細工のように簡単にぐにゃりとひしゃげていく様を近くで見ていたレセは、自分の目を疑うかのように目をぱちくりと瞬かせていた。
「そうだ、あともう一つ、大人からの忠告だ。大人の女性に、馴れ馴れしい『ちゃん付け』はやめるんだな」
「ぬぐぐっ……」
フォイルの金属籠手は悲鳴が止まらず、リッドの鷲掴みにされた跡もくっきりと残り始め、フォイルの肉を徐々に圧迫していた。
フォイルも額から大粒の汗をいくつも垂らし、さらに腕に力を込めていくも、焦りか恐怖か、徐々に震えが大きくなって、息遣いも荒くなり、リッドの胸ぐらを掴む指の動きがぎこちなくなっていく。
ここで、リッドが急にレセの方を振り向いた。
バッチリと目が合ったレセは、不意打ちに頬を再び赤らめる。
「なあ、レセ、私闘は禁止だが、正当防衛なら構わないだろう?」
「え、ええ……正当防衛なら咎める理由もないですが」
「よかった」
「うぐっ……ぬあっ!」
レセの同意の声が聞こえた後、無表情のリッドがさらに力を込め、フォイルの金属籠手がさらに歪んでいって骨までも圧迫し始めると、ようやくフォイルは観念してリッドをぞんざいに放り投げた。
「ようやく離してくれたか」
一瞬、宙に浮いたリッドだが、身体を綺麗に捩って無理なく着地して何事もなかったかのように立ち上がった。
周りからどよめきと歓声が上がり、フォイルは苦虫を嚙み潰したような顔を隠さない。
「……ちっ! 俺だって、私闘が禁止なことくらい知っている! レセ……さんに、お前のような変な虫が付かないように——」
「お前の方がよっぽど変じゃねえか」
「ああん!?」
フォイルが歪んだ金属籠手を逆側の手で擦りながら、リッドをさらに非難しようと声を荒げていると彼の後ろから甲高い声で揶揄する言葉が放たれた。
彼はすぐさま後ろを振り向き、言葉の主を探していると、彼の足元にウィノーがちょこんと行儀よく鎮座している。
「にゃあ?」
ウィノーが円らでキラキラとした瞳をフォイルに向けている。
「…………」
「…………」
フォイルとウィノーがしばし見つめ合った後、ウィノーが首を傾げた途端、フォイルはさらに後ろで突っ立っている自分の取り巻きに近付いて、右手だけで取り巻きの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
「……お前か!」
「ぐえっ!? フォイルさん! 俺じゃないですよ!」
取り巻きの1人が首と手を全力で横に振っているため、フォイルはそのままもう一人の取り巻きの胸ぐらも左手だけで掴んで持ち上げた。
「じゃあ、お前か!」
「ぬおっ!? いやいや、俺でもないですよ!?」
フォイルが2人をまとめて持ち上げている姿に、リッドも思わず感心した様子を見せる。
「じゃあ、誰だって言うんだ? お前らの後ろに見えない人間でもいるって言うのか?」
「い、いや、そ、そこの猫から声が! そ、そう、声ですよ。そもそも、声が俺たちと全然違——」
「動物が喋るか! 見え透いた嘘を吐くんじゃねえ!」
「ちょ、フォイルさん、ここ、私闘禁——」
「ぐべえっ!」
「ぐべぇっ!」
フォイルは取り巻きを纏めて床へ叩きつけてしまう。
その瞬間、今か今かと待ち構えていた元冒険者の屈強なギルド職員がただちにフォイルと取り巻きたちを数人がかりで取り押さえ始めた。
「これ以上は時間の無駄だ。行くぞ、ウィノー」
「にゃあ」
リッドがウィノーを肩に乗せ、踵を返して扉の方へと向かう。
「あ、リッドさん、同行者のクレア様は東側の大教会で待っています! 迎えに行って、本人か司教様に声をかけてください」
「東の大教会か……まったくあの人の思いつきだな……」
レセの言葉に、リッドは振り返ることも言葉を返すこともなく、「分かった」という意味を込めて、頭の横まで手を挙げて軽くその手を3度ほど振っていた。
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