27話 回収
部屋で執筆作業をしていると、ドアの方からノックの音が聞こえた。
もうそんな時間だったのかと、気づくことができないくらいには集中していたらしい。急いでドアの方まで行き、開けると旦那様が立っていた。
「入ってもいいだろうか?」
「もちろんです! ソファに座っていてください。少しだけお待ちいただけますか? もう少しすればキリが良いので……」
「わかった」
旦那様をソファに座らせ、さっきまで作業をしていた机の方に向かう。座って作業を再開すれば、なんだか視線を感じる。
ちらりと旦那様の方を見ると、興味深そうに私の方を見ていた。そういえば、作業をしているところを見せたことはなかった。ずっと見られるのは恥ずかしいけど、早くキリの良いところまで終わらせて旦那様との時間を過ごしたい。
視線に耐えながらちょうどいいところまで書き上げる。視線がいいプレッシャーになって集中していたのか、気づけばテーブルの上にはお茶のセットが用意されていた。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
「大丈夫だ。君が執筆しているところを初めて見たから新鮮で良かったよ」
こちらへ、とエスコートされたのでその手を取り、旦那様の隣に座った。
旦那様と話をしながら静かにお茶を飲み、お茶菓子を食べたところでようやく気持ちが落ち着いたような気がした。書いている時は色々と考えながら書いているので脳が糖分を欲する。こういう休憩は大事だな、と思った。
「ところで、話が変わってしまうんだが……」
「なんでしょうか?」
いつものように雑談をしていると、旦那様が少し不安そうな表情をしながら口を開いた。
話を聞くため、手に持っていたカップを置き、彼の方に体を向けた。
「来週、ハロルドが主催する夜会があるんだ。この前の舞踏会とは違い、もっと気軽なものだとは思う。参加での返事をしてもいいだろうか?」
先日の舞踏会でお会いしたハロルド・チェンバレン公爵の姿を思い出す。
チェンバレン公爵と旦那様は仲が良い印象がある。二人の会話には遠慮がなかったし、きっと仕事仲間でありながらいい友人関係を築いているのだろう。仕事の話もしたいと言っていたし、きっと旦那様は参加をしたいはずだ。そこに私が断る理由なんてない。
「もちろんです」
「よかった。ドレスは俺の方で用意するから、君は気にしなくていい。当日までも作業があるだろう?」
「お気遣い、ありがとうございます。旦那様が選ぶドレスも楽しみにしていますね」
参加をする、と言った手前その発言を取り消そうとは思わないけれど、なんだか胸騒ぎする。前回お会いした人なのだからそこまで緊張はしないはずなのに、胸元あたりがモヤモとしてしまってなんだか落ち着かない。
「やっぱり、嫌だろうか?」
「そんなことないです! すみません、少しぼーっとしてしまいました」
「それならいいが……君に無理はしてほしくない。何かあったらすぐに言ってくれ」
「ふふ、ありがとうございます」
その後も雑談は続き、時間がほどよく経ったタイミングで旦那様は仕事へと戻っていった。
私も作業の続きをするために机へ向う。今書いているシーンは早く書きたいと思っていたシーンで、主人公である二人の気持ちが通じ合うシーンだ。直接的な描写はないけれど、二人がもっと深く理解し合って親密になる。友人や家族、恋人とも違うが二人にしかない仲の良さを書きたい。
ここをどこまで丁寧に書くか、そこがこの続編の肝になるだろう。
(……なんか私って、腐ってるわね)
同性同士の恋愛のような物語を書き、書くことを楽しんでいる。しかも、夫人や令嬢たちとの交流もそんなに好まないため、屋敷に引きこもっている。この時代の女性たちの活動を見ていれば、私は女性として腐っていると言えるだろう。それに私はもう結婚をしているし、過去の十年を足せば令嬢とは呼べるほど若くはない。
夫人ならぬ、腐人ね……。
自分で考えたことだが、自嘲するような表現に笑ってしまう。
今更だが、こんな作品を書いていることはリリー以外には言えない。
自分が好きだと言えるものを書いているけれど、これは世間的には“異質”な扱いをされてしまう。正体を隠して書いているからまだ大丈夫なだけで、女が職を持つこと自体、良しとされない時代だ。バレないように気をつけてはいるけど、小説家であることが世にバレてしまったらどうしよう、と不安になる。
とはいえ、まだ起こっていない問題について考える時間があるなら、その分で小説を少しでも書き進めた方が良いだろう。
一番の見せどころになるシーンをこんな気持ちで書いていては、読者にも気づかれてしまう。
(集中するのよ、アメリア)
背筋を伸ばし、姿勢を整えてから書き進める。
早くこの物語を読者に届けたい、その一心で書き進めた。
「できたわ……!」
手に持っている紙の束を持ち上げ、ページ数の確認をする。
想像よりもペンが進んでしまい、想像よりも多くなってしまった。出版をするにはギリギリの厚さになるだろう。
打ち合わせの予定はちょうど明日にある。夜会の前に書き終えることができてよかった。
ページ番号の通りに並べ替え、紐でまとめ上げる。あとは明日、これを新聞社に持っていけばいい。
時計を見ればもう夜の遅い時間だった。夜更かしをしすぎるとリリーに怒られてしまうし、夜会が近いことを考えれば少しでも肌の調子を整えるためにもう寝た方が良いだろう。
寝巻きに着替え、ベッドに入る。
書き終えた衝動なのか、目は冴えてしまっているが無理をしてでも目を瞑る。どうか、今回の作品もたくさんの人に読まれるといいな、なんてことを考えながら眠った。
翌朝、旦那様と朝食を共にしてから屋敷を出た。
古いドレスを着ることに納得がいっていないのか、お見送りに来てくれた旦那様は怪訝そうな顔だった。古いドレスを着ている理由は知っているからこそ、何も言えないのだろう。
「いってまいります」
「ああ、気をつけて」
馬車に乗り込み、新聞社の近くまで走らせてもらう。
馬車だけを見れば豪華なので、少し離れたところで降ろしてもらわないとこの古いドレスとのアンバランスさで目立ってしまう。
人気のないところで降ろしてもらい、あたりを見ながら歩く。
先日の舞踏会で、リーゼ嬢には私のこの姿がバレてしまっている。これ以上何かを言われて社交界で言いふらされたらたまったものではない。
人の気配がないことを確認してから新聞社の中に入れば、ソフィアさんが出迎えてくれた。そのまま打ち合わせを始め、おおまかな修正箇所や展開の相談をしていく。今回は急いでいるのか、表紙のデザインについての相談もされたので前回同様、主人公たちのイメージカラーで作って欲しいと伝えた。
「ところでアミーさん、新作は書いていたりしますか?」
「新作ですか?」
「はい。アミーさんの作品は好評で、この続編の売り上げも良ければ新しい作品も出そうと考えていまして」
「新作でしたら、過去に書いたものならあります」
思い出せば、最初の連載企画の応募している時に書き上げた男女の三角関係の物語がある。
自分が書きたいと思った作品ではなかったものの、わかる人にはわかるような同姓同士の絡みがある。作風としては問題がないはずだ。
「次回、それを持ってきていただくことはできますか?」
「わかりました」
「ありがとうございます。今回の原稿も、また赤を入れて近いうちにお返ししますので、加筆修正作業はあると思います。よろしくお願いします」
打ち合わせは終わり、自然と雑談になった。
最近の私と旦那様の中はどうなのかを聞かれ、顔に熱が集まってしまう。この前の会話で、ソフィアさんには私の恋心に気づいている。ソフィアさんからすれば私と旦那様の関係がどうなったのか気になるところだろう。
「実は、以前よりも話す機会が増えたんです。このネックレスも、贈ってくださって」
「まぁ! やっぱり、ウォーカー公爵様はセンスがいいのですね。そのネックレス、素敵だなと思っていました」
「ありがとうございます」
旦那様が褒められたので、自分のことではないのに照れてしまう。
このネックレスはお気に入りで、最近はずっとつけている。今度プレゼントをしてくれると言っていた仕事道具も楽しみにしている。
「ウォーカー公爵様が手掛けている事業たちは順調そうですね。海外に行ったという話もありますし、ウチとしても話題性があるのは助かります」
「そういえば、この前の記事で旦那様について書かれていたものを読みました。取り上げてくださってありがとうございます」
「いえいえ! 事業家や商人たちはウォーカー公爵様の動きを追うのに必死ですから。我が社としてもいい反響を得ることができました」
改めて、旦那様が事業家として有名であることを実感した。
そんなすごい人が私の旦那様であることを誇りに思う。その反面、こんな自分勝手に好きなことを書いている自分に申し訳なくなってしまう。
でも、こんな私でも旦那様は小説を書くことに応援してくださっているし、誇りだとも言ってくれた。それだけでも十分だ。
「あら、もうこんな時間ですね。そろそろ失礼させていただきます」
「そうですね。では、また次回の打ち合わせもよろしくお願いします!」
「はい、ありがとうございました」
お辞儀をしてから新聞社を出て、馬車までの道を少しだけ歩いた。
新作にも期待をされていることに胸を弾ませながら、馬車に乗り込んだ。
先日、タイトルを変更させていただきました。それと同時に作家名も変更いたしました。
物語の大筋は変わりません。
そして先日、多くの方がブックマークの登録をしてくださって嬉しかったです。
リアクションや評価も、すごく励みになっています。
これからもよろしくお願いいたします。




