28話 贈り物
屋敷に戻ると、ちょうどお昼時だった。
自室で古いドレスから室内用のドレスに着替えていると、着替えを手伝ってくれているリリーが話し始めた。
「今日は旦那様も一緒にお昼を食べるようなので、食堂で食べましょう」
「そうなの? わかったわ」
着替え終わり、髪の毛もアップスタイルを解いて三つ編みにする。高い位置で結んでいると頭が痛くなってしまうので、屋敷で過ごすときは基本的にダウンスタイルだ。
食堂へ向かえば、すでに旦那様が席に座って待っていた。
「お待たせしてしまい申し訳ありません」
「気にすることはない。君も朝から打ち合わせで疲れただろう」
「いえ、大丈夫です」
座ろうとすれば、旦那様が立ち上がって私の方まで来て椅子引いてくれたので、お礼を伝えながら座った。
運ばれてきた料理を食べながら打ち合わせがどうだったか話せば、旦那様は相槌を打ちながら聞いてくれたので、自然と頬が緩んでしまう。
「もしかしたら、新しい本が出せるかもしれないんです」
「本を出せても続かない作家も多いと聞く。君は優秀なんだな」
「旦那様にそう言っていただけて嬉しいです。こうやって書き続けられるのは旦那様のおかげでもあります。本当に、ありがとうございます」
「いや、俺は何もしていない。君の才能だよ」
「……ふふ、ありがとうございます」
褒めてもらえて嬉しくなってしまう。
食べ終わる頃には話したいことも話し終えることができた。きっとこの後は旦那様もお仕事に戻るだろうし、あまり引き止めてしまうのは申し訳ない。
先に失礼しようと思って席を立つと、逆に旦那様に引き止められた。
「実は、明日の夜会用のドレスが届いたんだ。見てもらえないだろうか?」
「本当ですか! ぜひ見たいです」
旦那様に手を引かれ、衣装部屋まで一緒に移動する。
ドアを開けてもらって中を見れば、綺麗なドレスがマネキンに飾られていた。派手なデザインではなく、小さな宝石や花の装飾が施され、儚さを感じられる繊細なドレスに目が奪われた。
「綺麗……」
「気に入ってくれただろうか?」
「もちろんです!」
うっとりとしてしまう。
こんなにも素敵なドレスを着ることができるだなんて、それだけで胸が弾む。夜会や舞踏会みたいな人の多い場所はあまり気乗りしないけれど、旦那様が選んでくださったドレスを着て参加ができるのなら苦ではない。
当日の旦那様が着るスーツも楽しみだ。
「喜んでもらえてよかった。それと、これも君に」
どこから出したのか、旦那様の手には細長い箱があった。少し戸惑いながらもその箱を受け取り、開けてみるように促されたので、結ばれているリボンをゆっくりと解いた。
箱の蓋を開ければ、中には綺麗な青色と緑色の宝石が埋め込まれている万年筆が入っていた。お互いの瞳の色のような宝石が静かに輝きを放っていて、上品さがひしひしと伝わってくる。
「これを、私に……?」
「この前、仕事で使えるものがいいと言っていただろう。これなら使えると思ったのだが、どうだろうか?」
「そんな、こんなにも素敵なものをありがとうございます。すごく嬉しいです!」
思わず涙が浮かんでしまう。
旦那様が私を思ってドレスを注文してくれたことも、私の仕事には何が役に立つのかを考えてこのプレゼントを選んでくれたことも、全部が嬉しい。
こんな風に、旦那様と関わることができて幸せだ。
過去では旦那様が私のことを考えてドレスを注文してくれたこともなければ、プレゼントを贈ってくれたこともない。旦那様が私のことを考えてくれるのが何よりも嬉しい。
「大事に使わせていただきます……!」
嬉しくて涙がこぼれそうな私の目に、旦那様の指先が触れた。
急なことに驚いていると、旦那様はただ微笑むだけで、どこか楽しそうに笑っていた。人の前で涙を流すなど、淑女であれば避けたほうが良いとは思うけれど、嬉しくてつい涙が浮かんでしまった。
「君に喜んでもらえてよかった」
旦那様の笑顔に胸の奥が締め付けられる。
昔はこんなふうに笑いかけられた記憶だってないし、こんなにも柔らかく笑う人だなんて思ってもいなかった。これからも、彼の笑顔をみることはできるだろうか。もっとたくさん見たいと思ってしまう私は結構、贅沢者かもしれない。
「明日は気楽な集まりとはいえ、疲れたり足が痛くなったら遠慮せずに言ってほしい」
「お気遣いありがとうございます」
衣装部屋を後にし、旦那様に自室まで送ってもらった。
まだやらなければいけない作業も多いけど、次の作品も期待されているからには頑張りたい。印税のおかげで資産も増えてきたし、私からも旦那様に何かを贈ることをしたい。
それに、投資にも挑戦をしたい。
大きな金額でやらなければ借金を抱えることもないだろうし、自分にとっても良い勉強になるだろう。今は精神状態がいいとはいえ、前世は病気で死んだのだ。精神状態関係なく病気になってしまえば、今世も早く死んでしまうことになる。
なので、少しでも可能性があるなら投資先を病院や薬の研究先にしたいと考えている。それでも病気になってしまっても、この先の未来で病気になる人が少なくなる可能性だってある。どちらにせよ、損はしない。
薬の売り上げや手術費用の一部をリターンとしてもらえれば私の懐も暖かくなる。
小説の執筆を続けながら管理をするのは大変かもしれないが、今はレオンを頼ることもできるし、最初の頃は利益など出にくいだろうから、そこまで大変なことにはならないはず。
(……私の病気は、不明な病だったもの)
診察をしてもらっても、病名をつけてもらえなかった。というより、病名がなかった。
過去に症例がない症状、精神からくる病だろうという推測だけで精神安定剤と鎮痛剤しか処方してもらえなかった。薬を飲んでも症状は良くならず、体の痛みに耐えながら必死に一日を過ごすだけの日々だった。
感染の可能性はないからと医者に匙を投げられてしまい、死ぬのを待つしかなかったあの日々を、また過ごしたくはない。
もし、私がまた同じ病に罹り完治することができなくても、将来的に他の人が罹ってしまったときに私の投資で救われる人がいるかもしれない。
そうと決めたら、薬の研究所や病院のリストが必要だ。
リリーにレオンを呼ぶようにお願いをし、部屋で待つ。その間に少しでも作業を進めようと思い、先ほど旦那様から頂いた万年筆を箱から取り出す。控えめに光る宝石が綺麗で、手に持つと馴染むような感覚がした。
しっくりとくるこの心地よさに、それだけで高級品であることがわかる。高いものを買っていただいたことに申し訳ない気持ちもあるけれど、その分大切に使おう。
さっそく文字を書いてみると、今まで使ってきたペンよりも随分と書きやすかった。紙の上をするすると滑り、文字もいつもより綺麗に書けている気がする。本当に、素敵なものをいただいてしまった。
作業を続けていると、ドアからノック音が聞こえた。
「奥様、レオンです。入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
静かに開けられたドアから見えたのはいつも通りのレオンで、私の呼び出しに戸惑う様子もない。
「急に呼んでしまってごめんなさい。レオンにお願いしたいことがあって呼んだの」
「なんなりと」
「薬や病気の研究をしている研究所や病院をまとめたリストが欲しいの。お願いできるかしら」
「……構いませんが、理由をお伺いしても?」
レオンの表情はあまり変わっていないけれど、目が少しだけ細まったような気がする。以前、お茶会の件でレオンからの印象は変わったと思ったけれど、さすがに今回のお願いは彼にとって不思議なものだろう。
「投資を始めようと思うの」
「ですが、奥様。お言葉ですが、利益のことを考えると投資先にしてはかなりリスクが大きく、リターンがないかと……」
さすが、旦那様のお仕事の手伝いをしているだけのことはある。
投資のことを理解しているし、リスクやリターンの話も通じる。でも、反対をされたからといって私が投資先を変えるかと言ったらそれは間違いだ。
「失敗しても寄付をしたと思えばいいし、成功すればリターンは大きいわよ」
「ですが、本当によろしいのですか?」
「ええ。旦那様には迷惑をかけないように自分のお金でやるし、借金を抱えるほどの投資はしないわ。それは約束する」
「……かしこまりました。では、まとめ次第奥様にお伝えします」
「ありがとう、よろしくね」
では、と言って丁寧にお辞儀をしてから部屋を出ていった。
この屋敷にいる使用人たちをまとめ上げ、指揮をし、旦那様の仕事を手伝っているレオンは執事としてとても有能だ。それゆえ、貫禄があって圧もある。普段は物腰が柔らかく、何事にも冷静な彼だけど、何かを物申すときは空気全体に圧を感じてしまう。だからこそ、この屋敷の使用人たちの礼儀が行き渡っているのだろうけど。
(でも、なんだかこれだけで疲れちゃったわね)
休んでいる時間はないけれど、明日の夜会のことを考えても作業量をいつもよりかは減らしてもいいわよね。
明日の夜会は舞踏会に比べれば気軽なものだと言っていたけど、貴族たちの集まりであることには違いない。きっと、旦那様はお仕事の話で盛り上がるだろうし、私も令嬢や婦人たちと話さなければならないだろう。正直、気が重い。
(……でも、これも旦那様のためになるわ。面白い話が出れば小説にも活かすことができるだろうし)
少しだけ前向きに考え、休憩をしたあとに作業を再開した。
この日は、明日のために早く眠りについた。
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