25話 新しい表情
旦那様の目に触れないよう、机にあった原稿たちを急いで片付ける。旦那様にソファへ座るように促すと、逆に手を取られてしまった。そのまま私が先に座るようにエスコートをされ、私が座った隣に旦那様が座った。
今まで一緒にお茶をしたことがなかったから気づくことができなかったが、レディーファーストをされたことに今更ながら緊張してしまう。パーティーとかでしてくれていたけど、家の中でもされるとは思わなかった。
過去はこういった時間どころか、彼と二人きりで過ごす時間などほとんどなかった。なので、レディーファーストを人前以外でされたのは初めてかもしれない。
お茶の用意をし終えたリリーは「ごゆっくり!」と言って部屋からすぐに出ていってしまった。
急な来訪に戸惑ってしまい、言葉が出てこない。
何を話そうかと思いながら、紅茶が入ったカップを手に取った。
「……それ、つけてくれているんだな」
それ、と言いながら手に触れたのは旦那様から頂いたネックレスだ。
ネックレスを触れるにあたり、彼の手が首元を掠める。少しくすぐったくて、カップの中の紅茶が少しだけ揺れた。
「は、はい……せっかく頂きましたし、気に入っているので」
「そうか、それならよかった」
優しく笑った彼の顔にドキッと心臓が跳ねる。
やはり、最近の旦那様の様子はおかしい気がする。
今まであまり話したことがないから知らなかっただけで、旦那様はこういった人だったのだろうか。それとも、私だからこういう風に妻として扱ってくれているのか……。
そこで思考を止める。自惚れてはダメと自分に言い聞かせながら話を続ける。
「旦那様の方のお仕事はどうですか?」
「ああ、この前外国に行ったおかげで新しい事業がうまくいきそうなんだ」
「本当ですか!」
「君に心配はかけたが……おかげで貿易の取引も多くなりそうなんだ」
楽しそうに仕事の話を旦那様を見て、彼は仕事を心の底から楽しんでいるように見えた。
きっと苦労もあれば、仕事において大変な時もあるだろう。それでも、それを表に出さずに仕事をこなしている彼は本当にすごい人だと思う。
「何か私にできることがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね」
何が彼の助けになるのかはわからないが、忙しい旦那様のために何かやりたいと思うのは何もおかしいことじゃない。
といっても、女の私ができることは少ないかもしれないけど……。
「ありがとう」
優しく笑いながら言われ、少しだけ顔が熱くなる。
旦那様の表情が以前に比べて明らかに豊かになっており、どう反応しても良いのかわからなくなる。
女性に対して冷酷で有名な彼が、このような顔を見せてくれることに嬉しく感じる。私だけの特権であると信じたい。
それに、以前はこんな表情を見せてくれたことは一度もなかった。いつ見ても無表情で顔色を一切変えず、冷酷で無慈悲と言われても仕方ないくらいの人だったのに、今ではこんなにも優しく微笑んでくれる。これだけでも十分な変化だ。
「早速だが、一つお願いをしてもいいだろうか」
「もちろんです、私にできることでしたらなんでも!」
まさかすぐにお願いをされるとは。
何をお願いしてくれるのだろうとワクワクとした気持ちで彼の顔を見る。
「これからも一緒にこうやって時間を過ごしたいのだが……いいだろうか」
遠慮がちに聞かれた言葉に、思わず呆気を取られてしまった。
今までの私たちは、一緒にお茶をすることなどなかった。そもそも、今までこのような休憩の時間を旦那様が取っていたのかすらも知らない。旦那様のことだから、休憩そっちのけで仕事をしていそうだ。
私としても旦那様と一緒に過ごせる時間があるのは嬉しいし、休憩を共にするのであれば彼が休んでいる姿を確認することができる。
「断る理由なんてありません。それに、私としては旦那様と一緒に過ごせるのは嬉しいです!」
「そうか……それなら、よかった」
ストレートに言いすぎたかと思ったが、旦那様は先ほどと同じように笑って答えてくれた。どうやらこれで顔を熱くしているのは私だけらしい。
表情は変われど、顔色が変わらないのはなんだか旦那様らしいかもしれない。いや、顔色が変わらないということは私の言葉をあまり意識していないという意味でもある。それはそれで悲しいというか、でも私の気持ちがバレてしまっても困るからこのままでいいのかもしれない。
「それなら、また仕事に行った時にでも紅茶やお菓子を買ってこよう」
「よろしいんですか?!」
声が少し大きくなってしまった。
最近、彼からの贈り物を受け取ることで分かったことだが、旦那様はとてもセンスが良い。流行を抑えつつ、私が好みだと思うものを贈ってくれる。
旦那様から何かいただくことに抵抗はあるものの、彼が選ぶものはどれも素敵でもらって嬉しいものばかり。なので、彼が買ってきてくれるのであればそれはとても嬉しい。
「もちろんだ。何か欲しいものがあればそれも言ってほしい」
「そ、そんな欲しいものだなんて……」
過去に戻りたてのころ、私はたくさんのものを欲しいと伝えた。私が欲しいと思ったものは過去に戻りたての頃に手に入っているし、新たに欲しいものなど思いつかない。
「本当に何もないのか?」
眉を顰めながら言っているからか、少し寂しそうな表情にも見える。そんな表情を見せられても思いつかないものは思いつかない。元から物欲があまりない方で、すでに本や棚が欲しいと言った時に十分すぎる贅沢をしたと思っている。自分から欲しいと思うものは、今のところ思いつかないけど、寂しそうな表情をする旦那様を見るのも良心が傷つく。
「うーん。あまり思いつかないのですが、強いていえば仕事道具でしょうか?」
「……そうか」
旦那様が思っていたような答えではなかったらしく、少しがっかりさせてしまったようだ。どんなものが欲しいといえば正解だったのだろう。もっと女性らしいものが欲しいと言えばよかったのかしら。
「てっきり化粧品とかドレスをお願いされるかと思ったが……そうだな、君らしいといえば君らしい答えだ」
「可愛くない答えを言ってしまいました、すみません」
「気にすることはない。それだけ君が仕事に夢中だということだ」
それは悪いことじゃない、と言われて照れくさい気持ちになる。
仕事熱心な彼に言われると、なんだか認められたような気持ちになった。
「今度何か仕事に役立ちそうなものを見つけたら君にプレゼントさせてくれ」
「ありがとうございます、嬉しいです! 楽しみにしていますね」
「ああ、楽しみにしててくれ。……俺はそろそろ仕事に戻る」
「わかりました!」
旦那様を見送るために立ちあがろうとすると、先に立ったウィリアムが手を差し出していた。その手の意味がわかったので、遠慮せずにその手を取ると立ち上がりやすいように軽く引っ張ってくれた。
なんだか、こういった触れ合いがあることに嬉しい気持ちと少しだけ気恥ずかしくなってしまう。彼にとっては当たり前のマナーだろうし、早く慣れたい。
「それじゃあ、また」
「はい、ありがとうございます」
静かに閉じられた扉を見つめ、少しだけ寂しい気持ちがやってきた。
好きという感情は厄介だな、と思いながら作業をするために机へと向かった。
読んでいただき、ありがとうございます。
更新が遅くて申し訳ないのですが、PV数やブックマーク、評価などが励みになっております。
これからもよろしくお願いいたします。




